第三話:居酒屋「チート」の残骸たち
初任給の銀貨は、思っていたよりもずっと「血の匂い」がした。 一ヶ月間、何百人もの夢を書類一枚で殺してきた報酬。九条蓮はそれをポケットに突っ込み、裏路地の掃き溜め――居酒屋『チート』の暖簾をくぐった。
店内は、安酒と「過去の栄光」が腐ったような臭いが充満している。
「おい店主! このマヨネーズ、味が薄いぞ!」 「ガタガタ言うな。本家(勇者一行)から特許使用料を引かれたら、こっちは油と卵の殻しか残らねえんだよ」
カウンターの隅で、全身鎧の男が錆びついた剣を抱えて咽び泣いていた。 「見てくれよ……二束三文だぜ、俺の聖剣。質屋のガキに『これ、今の魔王軍のバリア貫通規格に適合してないっすね』って鼻で笑われたんだ……」
蓮は冷めたエールを煽りながら、その聖剣を横目で見た。 かつては一国を救ったであろう名剣も、今やOSの更新が止まった旧型スマホ以下の粗大ゴミだ。
そこへ、店の扉が乱暴に開け放たれた。
「どきなさい、負け犬ども! 私は『全属性魔法』の継承者よ!」
派手な杖を振り回す少女。彼女の瞳には、まだ「自分は特別だ」という、治療不能な毒が回っている。
「サービスしなさい! 私が魔王を倒せば、この店を金貨で埋め尽くして――」
「お客様。その『全属性魔法』、ランニングコストは計算されていますか?」
蓮の冷徹な声が、店内に響いた。少女がムッとして蓮を睨む。 「なによ、あんた……。ただの事務員が私に――」
「――『翻訳不全』。強制起動」
蓮が少女の瞳を覗き込んだ瞬間、彼女の視界が歪んだ。 蓮が構築した「現実」という名の地獄が、彼女の脳細胞に高精細で焼き付けられる。
少女が見たのは、魔法を一発放つたびに「借用証書」が空から降ってくる光景。 『全属性魔法:一発につき魔石代・銀貨50枚。現在の全財産で、残弾数……0.3発』。 魔王に辿り着く前に、路地裏で杖を売り払い、ボロ布を纏って「魔法少女のなれの果て」として炊き出しに並ぶ自分の未来予想図。
「あ、が……っ……ひ、うう……っ!」 少女は杖を落とし、その場に崩れ落ちた。膝を突き、過呼吸気味に床を掻きむしる。
「……身の丈に合った注文を。ここは、あなたの夢を買い取る場所じゃない。ただの飲み屋です」
蓮は身分証すら見せず、再びジョッキを口にした。 少女は震える手で、最も安い「泥水のような薄いエール」を注文し、隅の席で小さくなった。
英雄たちの時代は終わった。 今この世界を支配しているのは、魔力ではなく、徹底的に管理された「予算」と「規格」なのだ。
【後書き】 はい、天界の発送課です! 九条くん、初任給おめでとう。
でもそのお金、魔防税と住民税でガッツリ引かれるから、あんまり豪遊しちゃダメですよ?
今回、ついに『翻訳不全』の本領発揮ですね! 「夢」を「金」に換算して突きつける……。
これ、天界で私たちがやってる査定よりエグいかも。
少女に見せた「未来予想図」、あれは私も見てて「うわぁ……」ってなりました。全属性魔法なんて、維持費だけで国が傾きますからね。
それでは、また!




