第1話:勇者(在庫あり)
「はい、次の方ー。整理券番号、10万24番の方ー」
無機質な呼び出し音で、九条蓮の意識は覚醒した。
白い光も、女神の優しい声もない。 目を開けると、そこはコンクリート打ちっぱなしの巨大なホールだった。見渡す限り、自分と同じようにキョロキョロと辺りを見回す日本人たちが、牛丼屋の昼時のように列を作っている。
(俺、死んだのか……?)
直前の記憶は、駅のホームからの転落。確かに死んだはずだ。なのに、目の前に広がる光景は天国というより、確定申告シーズンの税務署に近い。
「あ、10万24番さんですね。こっち座ってください」
窓口にいたのは、事務服を着たエルフの女性だった。 彼女は疲れた目でパソコン(魔導式)の画面を睨みながら、蓮に書類を突きつける。
「転生手続きですね。死因は……『駅での転落』。はい、よくあるやつー。じゃあ、サクッと鑑定しちゃいますね。そこの水晶に手置いて」
「あ、はい」
蓮は流されるままに水晶に触れた。 ファンファーレも鳴らず、コンビニのレジのような「ピッ」という電子音が鳴り、一枚の紙がプリントアウトされる。
「えーと、九条蓮さん。付与スキルは……**『完全翻訳』**ですね」
「完全、翻訳……?」
「はい。あらゆる言語を理解し、意思疎通ができるスキルです。あー、またこれか。今週だけで50人目なんですよね、このスキル」
エルフの事務員は、あからさまに「ハズレ」という顔をして、書類にハンコを叩き押した。
「あの、これって強いんですか? 俺、魔王を倒す旅に出たりとか……」
蓮がおずおずと尋ねると、事務員は眼鏡の位置を直し、深くため息をついた。
「九条さん。はっきり言いますね。今の異世界、勇者は在庫過多なんです」
「在庫……過多?」
「ええ。魔王討伐のメインクエストは、大手ギルドのベテラン転生者が向こう10年は予約済みです。内政チートも、ハーレム要員も、もう席が空いてません。あなたの『翻訳』スキルも、戦闘には使えないので冒険者としての採用率はほぼゼロです」
彼女は、蓮の額にペタリと付箋を貼った。そこには手書きで**『区分:その他』**と書かれていた。
自分が選ばれた主人公ではなく、単なる「余剰在庫」に過ぎないという事実。 だが、蓮の心に湧いたのは絶望ではなく、奇妙な納得感だった。
(……だよな。現世でもパッとしなかった俺が、死んだだけで主人公になれるわけないか)
社畜として磨り減った精神は、この理不尽な状況を驚くほど冷静に受け入れていた。
「じゃあ、俺はどうすれば? このまま路頭に迷うんですか?」
「通常はそうなります。……が」
事務員は少し声を潜め、一枚の求人票をカウンターの下から差し出した。
「実は今、『冒険者ギルド』の総合受付で欠員が出てるんです。あなたのその『言葉が通じすぎる』スキル、クレーマー対応……いえ、お客様相談窓口には最適なんですよ」
「クレーマー……?」
「待遇は公務員並み。福利厚生完備。どうです? 無職の勇者として野垂れ死ぬより、安定したギルド職員として生きませんか?」
蓮は求人票と、自分の手のひらを見比べた。 剣も魔法もない。あるのは「話が通じる」だけの地味な能力。そして目の前には、喉から手が出るほど欲しい「安定」の二文字。
「……お願いします。俺、その仕事やります」
「契約成立ですね! いやぁ助かりました、昨日の担当者がモンスター客に心を折られて逃げ出しちゃって」
事務員のエルフは、今日一番の笑顔を見せた。 こうして、九条蓮の異世界生活は始まった。 剣の代わりにマニュアルを、盾の代わりに営業スマイルを装備して。
第1話:あとがき
いやー、九条さん。記念すべき十万件目(一桁惜しい!)の発送、無事に完了しました。
最近の地球、ちょっと事故多すぎじゃないですか? おかげでこっちは毎日サービス残業ですよ。働き方改革って言葉、天界にも導入してほしいものです。
さて、今回彼に授けた**『翻訳不全』っていうスキルですけど。 これ、実はただの翻訳スキルじゃないんです。 相手がどれだけ「俺は選ばれし勇者だ!」とか「ハーレム作りたい!」なんて寝言を言っても、その『残酷な真実』を脳内に直接、超高画質・超高解像度で叩き込んじゃう**っていう、かなり性格の悪い能力なんですよ。
「言葉が通じる」んじゃない。「言い逃れを許さない」んです。 異世界のキラキラした夢をぶち壊すには、これ以上ない適性だと思いません?
現場の職員からも「話が通じない転生者が多すぎて胃が痛い」って切実なクレームが来てたので、九条くんにはバリバリ働いて、在庫……もとい、転生者の皆様を『現実』という名の檻に叩き込んでほしいですね。
それでは、彼の(絶望に満ちた)社畜生活、温かく見守ってあげてください。 女神でした!




