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その日、オレ達は世界から消えた。

 

 オレ、本部凛(もとべりん)は平凡な人間だと思う。

 生まれてから二十年。嫌なことも楽しいことも人並みに経験してきたが、人より優れた何かを持っているわけでもなく、勉強も運動も趣味も何もかも人並み程度。恋愛に関しては最下層だが……。


 小学生の頃は友達からからかわれたり、殴られたり蹴られたり暴力を一方的に振るわれたこともあったけどオレ自身それをいじめだとは思わなくて、高校の時に知り合った友達に「それいじめじゃね?」 なんて言われた時は少し驚いた。


 暴力を振るわれても、変なあだ名で笑われても、放課後や休日に笑って一緒にモンハンなんかやっていた仲だった。オレにとってみんな大切な友達だ。いじめだとは思えなかった、嫌なことがあっても次の日には忘れていた。


 いい友達に恵まれた。特定の人と深くかかわることはなかったけどいろんな人と交友関係を築いていたからいろんな人に頼りにされることもあった。

 中学の部活動では仲の悪い部員同士の仲を取り持ったり、男女で険悪な関係の部活で唯一女子とも対等に話せていたことは今でも幸せな記憶として残っている。

 広く浅くの交友関係のせいで今も連絡を取り合うような仲の友達は数人しかいないがな。


「凛はさ、いい友達だよね」


 三十五戦全敗。これはオレの告白の話だ。

 オレだって一人の男なわけでエロい事は好きだし、クラスメイトの女の子とそういう関係に……なんて考えることが無い訳ではない。


 しかしオレの容姿は最悪。二重瞼に涙袋をこしらえたまぶたに黛色の瞳。これだけ聞けばイケメン俳優にも似たスペックを持っているだろう? なのにだ、オレが持てないのはこの瞳が優秀過ぎるあまり他のパーツのブサイクさが際立つのだ。加えて運動音痴にパッとしない成績と人見知り陰キャの低身長。

 オレにモテる要素など皆無なのだ。


 もし生まれ変われるのなら、オレ好みの中性的な容姿で低身長でも高身長でも映えるイケメンになりたいものだ。長いまつ毛に今と同じの黛色の瞳、サラサラと艶やかな髪を持ってにかっとはにかんだ時にブサイクにならないような黄金比の顔を持ったイケメンに。


 とまあオレがモテないという話は分かってもらえただろうが、別に恋人ができないことは不満とは思っていない。人生で一番の不幸はもう経験しているから、恋人がいない寂しさぐらいは何とも思わない。


 オレにとって人生で一番の不幸。それは高校生活の三年間、思い出すのも苦な嫌な記憶だ。


 何があったか? 信用していた女に裏切られてオレの心は壊された。小さなすれ違いが大きな怒りに繋がりオレに敵意を向けた。その結果どうなったか、うつ病と人間不信になった。


 飯は喉を通らなくて段々体から肉が落ちていき体重が四十を下回ったこともあった。

 学校に行けなくなって、次第に休みがちになって親に学校を辞めたいと相談したこともあった。


 ――そんなの甘えだろ? 


 考えられるか? 息子が必死に出したSOSをたった一言であしらわれたんだぞ?

 オレの親は古い思考の人間だった。いじめ、うつ病は甘え。

 子供の夢を否定し、外面優先で子供の意見は無視。


 そもそもオレが通っていた高校はオレの志望校ではなかった。親と教師に無理矢理行かせられたクソみたいな場所だった。


 じゃあどうして今のオレはこんな明るく君たちに自分の話をできているか。

 そんなの簡単だ。さっきも言っただろう?


 オレはいい友達に恵まれたから。


 人間不信になってからも、小学校からの長い付き合いのあった一部の友達とは関係は続いていた。うざいめんどくさいと感じていたが次第に閉じた心を開いていった。

 結果として、人に依存しやすく陰キャ度の上がっためんどくさい人間にはなったが、人間不信はもうなくなった。


 幸せも不幸も人並みに味わって、ごく一般的で平凡な人間がオレだ。


 けれど、そんなオレにも夢はある。

 オレには物語を作りたいという夢があった。

 アニメやマンガ、ドラマに映画。数多くの選択からオレは小説という道を選んだ。オレはいつか小説家になるとそう誓った。


 理由はいくつかあるけど、ある日たまたま表紙が好みだったという理由で買ったラノベ。その世界に惹き込まれたってのが一番の理由かな。あの世界と並ぶ、いや超える世界を作ることがオレの夢。


 突然だが今日は成人式の日だ。

 子供から大人に認められる日。中学の頃の同級生と再会できる数少ない機会。


 数年ぶりに再会する友人と会うのが楽しみで、心はどこか浮足立っていた。


「久しぶりだな。凛」


 細身で長身の爽やか系の少年は歩み寄って来た。

 オレの大切な親友の一人、本田悠(ほんだゆう)

 低身長のオレと並ぶとその差は三十センチ以上。

 頭一つ分の身長差があって、とても同い年には見えない。


「一年ぶりだね。ラーメン食い行ったのが最後かな?」


 小学三年の頃に出会って、喧嘩ばかりだったけど少しづつ。それでも確実に仲良くなっていった。

 最近は互いに忙しくて予定も合わず、会えていなかったけど昔から何も変わらない。


「本当はもっと遊びたかったんだけどな」


「仕方ないよ、一人暮らしで大学も大変だろうし」


 悠には大きな夢があり、その夢に向かって今も必死に努力している。その努力の邪魔は誰であっても許されない。


「じゃあ、他のやつにも挨拶したいし行くよ。この後の同窓会にも参加するんでしょ?」


「ん、あぁ」


「じゃあ、また後でだな」


 オレは悠と別れて、他のやつの元に向かった。


 黒く泥や砂の混じった雪を、白い新雪が覆い隠していく。

 風は穏やか、けれど身を凍らせるような凍てつく冷気は耳を赤く染める。ふぅと息を吐けば白い息が漏れる。指先まで震えて冬の寒さを改めて認識する。


 目の前にはもう既にたくさんの人が集まっていて、再会に喜ぶ温かい空気は雪すら溶かすように温かく心地よかった。


「あれ、凛じゃん」


 後ろから聞こえた声は、聞きなれた高い声。この声の主とは中学で出会った。


「久しぶり、モネ」


 中学時代同じ部活で汗を流した友人波川(なみかわ)モネ。彼女だった。

 オレが人間不信になった時に支えてくれた一人。オレが心の底から信用できる永遠の友達。


 友達以上でも以下でもないただの友達。恋人になることも多分ない。

 けど、その関係は消えないだろう。


 オレは彼女との縁は切らないようにしている。

 もしオレがモネを怒らせて縁を切ってしまったら病む。

 確実に病むともうわかる。優しい彼女を怒らせる方法は分からないけど。


 ……それにしても可愛いな。

 今まで見たことのない振袖姿で髪も結った彼女はオレの記憶の中の彼女より数乗分かわいく見えた。


「どう、振袖可愛いでしょ」


「……あーうん、可愛いよ」


 恥ずかしくて、絶対小バカにされると思って思わず顔を逸らす。

 それでも視界の端に移る彼女から目を離せなかった。


「最近、彼氏とどうよ」


「んー? 普通だよ。喧嘩もするけど良好。逆にそっちはどうなの?」


 小バカにされる前に話題を変える。

 オレの顔は真っ赤だけど彼女はそれを意にも返さない。


「あいも変わらず童貞のままっすよー。オレは魔法使いになるんだよ。現代知識を活かして無双する魔法使い。かっこいいよな」

 

「あと十年は、一人でいいってこと?」


 クスクスとモネは笑った。

 彼女は常に笑いオレからは根っこから明るい子のように見える。

 それでも彼女にも辛いと思う時期もあった。そのをオレに打ち明けてくれた時は嬉しかったな。


「そろそろ時間だね、また後でね」


 オレはモネと別れた。

 モネも同窓会に参加するんだろうし、寂しさは感じなかった。


 *


 成人式はつつがなく進んだ。数時間の拘束から解放されて、オレ達はそのまま同窓会に出席していた。

 スーツ姿や袴、振袖姿のばっちり決めた同級生たちはみんなオレの知っているみんなとは少し違っていた。


 肝心の同窓会参加者は中学二十五期生のオレ含めた百人が参加し、会場は市内一のホテルの宴会場で行われていた。


「凛、久しぶりだな」


 今回は座席に制限はなく、みんながみんな楽しみたい人と共に時間を過ごす形式。

 オレは幼馴染の五人で楽しんでいた。


「高校入ってからみんな揃うこともあんまなかったしな」


 幼馴染の一人は家が近所で小学生になる前からの付き合いで、他の四人も近所ということもありかなり仲良くなっていた。

 一時期、険悪だったのに今ではまた笑い合える仲間というのは嬉しいことだし、オレはこいつらに感謝しないといけない。


 会場を見渡せば、当たり前のことだが見知った顔ばかり。

 オレたちは心の底から再会を喜び、笑顔に溢れていた。


「あ、おい! あそこヤマちゃんいるぞ」


 ヤマちゃんと呼ばれた少女はオレの片想いの相手だ。名前は山里ゆうな。勉強も運動もできて、できないことにも諦めず努力を続けるオレの憧れの人でもある。


 小三の時に一緒に帰ろって言われてからずっと仲の良かった友達だったのだが、中学から一緒に帰ることもなくクラスも別々になることが多くて疎遠になっていた。


 今じゃ、恥ずかしくて話すことも難しい。

 それにしてもやっぱり可愛いな。モネにも可愛いと言ったが、ゆうなももちろん可愛い。 

 この同窓会で付き合えたり、ワンナイトとか起きないかなぁ。


 そんな感じで和気あいあいと進んでいた同窓会でそれは唐突に。突然に。オレたちを襲った。


 会場の真ん中から、いきなり黒い光が発せられたのだ。

 鉛のように真っ黒、影のように真っ暗。

 その闇を中心に大きな影が生まれているのだ。おかしな話だが、影なのに光なのだ。


「おい! 大丈夫か!」


 黒い光はそこにいた五人の少女を飲み込んだ。無常に、冷酷に。

 声をかけても、返答はない。


「何が起きてるの!」


 会場はたった数秒で地獄と化し、混沌と化した。

 光は徐々に大きくなり徐々に大きくなる速度も上がっている。


 オレの曖昧な目算じゃ一分もしないでここにいるオレたちは全員飲み込まれる。


「逃げろ!」


 誰かが叫んだ。多くの人間が部屋の外に繋がる扉に向かって走った。何人か、恐怖に飲まれて動けられなくなっている。黒に飲まれた者に叫ぶ者もいる。全員が必死にできることをした。


 でも、もう遅いのだ。

 冷静さの抜けた身体は想像よりも動けなくなるもので、目の前に佇む大きな扉を開けることができなくなっている。


 いやぁぁぁぁぁぁあああ!


 また誰かが叫んだ。もう誰が叫んだなんかどうでもいい。みんなもう諦めたんだ。命を、明日を、人生を……。


 オレだって諦めた。助かるわけが無いと。なのにどうしてだろうか。視界の端に彼女が見えてしまった。想いを向けていた山里ゆうな、彼女が。


「君だけは…」


 その場にへたりこんで絶望に伏す彼女に覆い被さるように、彼女を守るようにオレは立つ。そして、オレは黒い光に飲み込まれた。


 あぁ、これで終わりか。


 ***


「やぁ、おはよう!」


 気がつくと、声が聞こえた。幼い男の子の高い声。

  その姿を見ようにも目が開かない。体の感触がない。聴覚以外の五感が全て無くなった気分だ。

 水のない海をさまよっているような何とも言えない不思議な感覚。


「まず、一言だけ言おう。君たちは死んではいない」


  君たち……状況からして、同窓会に参加していたみんなもここにいるんだろう。 他の人の気配はしないし、声も聞こえないがそこにいるんだろう。


「ま、こんな状態じゃ不便だよね。ちょっと待ってね」


  瞬間、光に包まれた。

  その眩しさが無くなった時、視界が広がり周りには裸の同級生達が立っていた。


  都合よく、胸部や股間は黒いモヤで隠されてはいるが、それでも羞恥心は消えるはずがない。


  というか、ここはどこなんだ? オレたちは死んだのか?

  何も分からず、結局声の主らしき人影は見えない。今の状況ぐらいは教えて貰いたいものだ。


「ごめんね、僕は人の姿を作り出すことはできても、衣服とかは作れないんだ。ごめんね?」


  ウヒヒと嫌な笑い方が、辺りに響く。

 子供みたいで無邪気な笑い声が酷く不気味で気味が悪い。


「ま、早速本題に入るんだけどね? 君たちは死んでは無い。ただ、元の世界に戻ることは出来ない。なので今から君たちには第二の人生を歩んでもらいまーす!」


  ライトノベルやアニメでよく見た異世界転生。この場合異世界転移なのか? まぁこの状況じゃどっちでもいいか。

 よく見てきた、展開だけど自分がいざ異世界転生の当事者になると言われると、心が踊るなんて言えない。この感情を説明するとしたら簡単。恐怖だ。


 いきなり謎の光に襲われて飲み込まれて、目が覚めたら謎の場所で理解のできない話を聞かされて、混乱が困惑が恐怖を生む。

 そして感情は伝播する。一人が怯えれば他の人にも恐怖も、怯えも全てが伝わる。そうやって肥大化していく恐怖にあっという間に飲み込まれた。


  異世界転生すれば魔法が使えるかもしれない、剣が振れるかもしれない。夢の世界だ、誰しもが一度は憧れる魔法を使えるなんて最高だ。

 この状況でなければの話だが。こんな状況で夢だなんだと言えるはずがない。


 身体が指先までガタガタと震える。

 額にすーっと汗の粒が流れるように感じた。実際にはこの体に汗なんて流れてはいなのだがそう錯覚する。


「ふざけるな!」


 一人が怒号を響かせる。それに続いて他の人たちも次々と怒号を響かせる。次の瞬間、声は聞こえなくなった。代わりに聞こえたのは、銃声にも似た破裂音と恐怖に塗れた叫び声だった。


「君たちに拒否権は無いの。黙って聞け」


 一人、一番最初に声を上げた生徒会副会長だった男は首から上が消えていた。


「安心して死んでは無い。ただしばらくの間何も出来なくなっただけだよ」


 ニコニコとまた笑みを浮かべる。

 その時ようやく、全員が理解した。もうオレ達に自由なんて贅沢なものは存在しないんだと。


「オレ達が異世界に行くことは理解できた。その上でいくつか疑問があるんだ」


「理解力の高い子は嫌いじゃないよ。何? なんでも聞いてあげるよ」


「どうしてオレたちなんだ? と言ってもあの黒い何かに飲まれたからなんだろうが、あれはなんなんだ?」


「実は僕も完璧に状況を把握している訳じゃないんだ。今回はイレギュラー中のイレギュラーだからね。でももし何か分かって君たちとまた会うことがあったらその時に教えてあげるよ」


 何もわからなかったけれど、オレたちが不運な目にあったことだけは理解できた。


「ただ何も分からないままって言うのもあれだし、少しだけ話てあげると。君たちの世界で神隠しって言葉があるだろう。神隠しにあった子の一部には異世界に連れ去られてしまった子がいるんだ」


「オレたち以外にも転生者がいるってことか」


「そゆこと! 本当はもっと話を聞いてあげたかったんだけど、ボクも万能じゃなくてね。そろそろ時間だ」


 そういうと、次々に同級生達は消えていく。

 また叫ばれると面倒なのか口は塞がれて言葉が出ない。


「放火後連合! またいつか、一番東の土地で再会しよう!」


 放火後連合、それはオレ達が中学の時に結成した幼馴染たちのグループだった。

 口は塞がれて声が出ないはずなのに、その声ははっきりとオレの耳に届いた。


 異世界でも、オレたちの絆は消えないんだ。


「またいつか!」


 拳を振り上げ再会の誓いを立てる。いろんな所から拳が上がる。

 メンバー全員の拳が上がり。それは一つまた一つと消えていった。


 そして、オレも消えた。


 オレの異世界での第二の人生が、今始まった。

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