可哀想な私をお望みなんでしょう?
読んでいただきありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
「リアナ……何度も言わせないでくれ」
そう言って大げさに溜息を吐いてみせるのは、私の婚約者であるウィルバート・ヴァンス。
彼はヴァンス子爵家の三男で、私……リアナ・グレイストーンと同じ王立学園の二年生。
しかし、ウィルバートは魔術師科普通クラス、私は魔術師科特別クラスに在籍しており、同じ学園に通っていても校舎が別なので昼休みには私が彼のクラスへ足を運んでいる。
理由は昼食をウィルバートと一緒に食べるため。
だが、ここ最近の彼は私よりもクラスメイトとの時間を優先させるようになったのだ。
もちろん、婚約者より友人関係を優先させなければならない場面もあるだろう。
だけど……。
「マーガレットは食事のマナーがまだまだ覚束ないんだから、僕が側にいてやらないと」
「…………」
特定の女性を婚約者より優先させるのはいかがなものかと思う。
「私の覚えが悪いせいで……ごめんなさいウィル様」
そして、マーガレットはウィルバートの隣で申し訳なさそうな表情をしながら、親しげに彼を愛称で呼ぶ。
マーガレットはディロン男爵の庶子で、一昨年まで平民として母と二人で暮らしていたそうだ。
しかし、母親が亡くなったことをきっかけにディロン男爵家に引き取られ、貴族令嬢として王立学園に入学してきた。
そのため、貴族のマナーに疎く、よくトラブルを引き起こすと耳にしている。
そんなマーガレットの面倒をウィルバートが率先してみている状況なのだ。
「謝る必要はないよマーガレット。僕でよければいくらでも練習に付き合うから」
「本当ですか? ウィル様ってやっぱり優しいですよね。こんな素敵な方が婚約者だなんて……私、リアナ様が羨ましいです」
「ははっ、買いかぶりすぎだよ。どうにも僕は困っている人を見過ごせなくてね」
「だからリアナ様の婚約者に自ら名乗りを上げたんですよね」
そう言いながら、マーガレットは意味ありげに私の顔へちらりと視線を向ける。
「まあ、そういうわけだから……今日はリアナと昼食を一緒に食べられないんだ」
「わかりました。明日は……」
「明日のことなんて今はまだわからないよ」
「でも、それじゃあ……」
「リアナ。あまり僕を困らせないでくれるかな?」
「…………」
ウィルバートに威圧的な目を向けられ、反射的に私は口を噤む。
「……申し訳ありません」
「わかってくれればいいんだ。それじゃあ、また放課後に」
「はい」
私の謝罪の言葉と従順な態度に、ウィルバートは満足げに微笑む。
こうして、並んで去っていくウィルバートとマーガレットの背中を私は見送った。
そんな私たちのやり取りを、教室や廊下から他の生徒たちが興味深そうに眺めている。
婚約者を放置し、別の女性を優先する。
傍から見ればウィルバートが周囲から責められてもおかしくない状況。
しかし、周りから聞こえてくるのは……。
「ヴァンス子爵令息は相変わらず面倒見がいいな」
「彼が側にいるおかげでマーガレット嬢のトラブルも減ったらしいよ」
「さすが、グレイストーン伯爵令嬢の婚約者になるだけある」
そう、彼が咎められることはない。
なぜなら、ウィルバートは唯一私の婚約者に名乗りを上げてくれた優しい人だから……。
(はぁ……)
心の内で溜息を吐きながら、私は左手で自身の左頬に触れる。
指先には柔らかな頬の感触……ではなく、硬質な仮面の感触が伝わった。
それは、私の顔の左半分が白の仮面で覆われているからだ。
──仮面を着ける原因となったのは今から四年前、私が十二歳の頃に遡る……。
当時、私の側にはライラという侍女がいた。
侍女の中でも年若く、明るく朗らかな彼女が私は大好きだった。
主従関係でありながらも私はライラを姉のように慕い、彼女もまた私を妹のように可愛がってくれていた。
そんなライラが商会を営む若き実業家に見初められ、トントン拍子に二人の婚約が決まる。
そして、ライラの婚約者は商会をさらに大きくさせようとリューズ王国へ移住を決め、ライラも侍女を辞めて彼について行くことになった。
──ずっと側にいてくれると思っていたのに……。
大好きなライラとの別れを受け入れられず、私は何日も泣き暮れる。
「そんなに泣いてばかりいたら、ライラが心配してリューズ王国へ行けなくなってしまうよ」
「ライラの幸せのためにも笑顔で送り出してあげましょう。ね?」
そう両親に説得された私は、ようやく笑顔で「婚約おめでとう」とライラに伝えることができた。
すると、なぜかライラのほうが号泣していた。
それからしばらくして、仕事の引き継ぎを終え、長年暮らしていた侍女部屋の荷物も運び出されると、ついにライラと別れの日を迎える。
「ライラ……元気でね」
「お嬢様もどうかお元気で……」
邸宅のエントランスホールで別れを惜しむ私とライラ。
そんな二人を両親と使用人一同が見守る。
その時だった。
壁際に控えていた侍女のキャロルが、突然私たちに駆け寄ってきたのだ。
キャロルの瞳には明らかな憎悪が宿り、それがライラに向けられていると気づいた瞬間、私はライラを庇うようにキャロルの前に飛び出していた。
キャロルの両手から巨大で真っ黒な蛇が現れ、それが私の身体に巻き付く。
「お嬢様っ!!」
「リアナぁぁぁっ!!!」
ライラと母が同時に叫び、父はキャロルを取り押さえるよう即座に使用人へ指示を出す
しかし、取り押さえられるより先に、巻き付いていた黒い蛇が私の身体を離れ、今度はキャロルの身体に巻き付いた。
「あああああああああ!!」
その場に膝から崩れ落ちたキャロルは、自身の身体を掻きむしりながら絶叫する。
「の、呪いだ……!」
誰かの震える声がエントランスホールに響く。
この世界には魔力を使用し様々な事象を引き起こす『魔術』があり、それは人を癒す『癒術』や、誰でも特定の魔術が使える便利な『魔導具』などの分野に枝分かれしていった。
そんな魔術の分野に『呪術』という呪いに特化したものがある。
呪術は特定の相手を一生かけて苦しめるもの。
一生ものの効果だけにそのリスクも恐ろしく、失敗すれば術者自身に呪いが跳ね返るという。
そのため、呪術の使用は固く禁じられていた。
そのような恐ろしい呪術が伯爵家の幼い令嬢に放たれた……。
キャロルはすぐに捕縛されたが、返ってきた自身の呪いのせいで会話もままならない状態。
理由は明白で、キャロルが呪うつもりだった相手はライラであり、不発に終わった呪術は術者のキャロルへ跳ね返ったのだ。
後にキャロルの書いた日記が発見され、ライラを呪おうとした理由がライラの婚約者への横恋慕であったことが発覚する。
キャロルが買い出しで店を訪れた際、たまたまライラの婚約者が店頭に出ており、その時に一目惚れをしたらしい。
丁寧な接客を自分が特別だからだと思い込んだキャロルは、ストーカーまがいの行為までしていたようだ。
しかし、私が身を挺して庇ったおかげで、ライラに呪術は届かなかった……。
これで事件が終わればよかったのだが、まともに呪術を喰らった私の身体に異変が現れる。
呪いが触れた顔と身体の一部に蛇の鱗のような紋様が浮き出てきたのだ。
これは呪術の残滓と呼ばれるもので、呪いの効力はなく、私の身体には何の影響もない。
「なんと残滓が顔にまで……」
「しかも蛇の鱗だなんて……ねえ?」
「彼女はグレイストーン伯爵家の一人娘だろう?」
「ああ。可哀想に……」
だが、周りの大人たちは気の毒そうな表情で同情と憐れみの視線を私へ向けた。
そして、この事件をきっかけに、いくつも持ちかけられていた私への縁談が一斉に撤回されてしまう。
袖の長いドレスと仮面で鱗を隠してみるも効果はなく、両親は頭を抱えていた。
(だから、ウィルバート様から婚約の申し入れがあった時は本当に驚いたわ)
彼は呪術の残滓を纏う私を可哀想に思い、父親を説得して婚約を申し込んだのだという。
私の両親はこの申し入れを喜んで受け入れ、私とウィルバートの婚約はすぐに整った。
そして、ウィルバートの両親は息子の器の大きさと優しさを周りに吹聴し、それを聞いた者たちはウィルバートを褒め称えるようになる。
正直、この時まで私はウィルバートのことをあまり知らなかった。
友人から彼の話題が出たことも聞いたこともなく、どんな人物なのかもよくわからない。
そんな少し不安がある中で始まった婚約関係だったが、ウィルバートは穏やかで優しく、彼とならうまくやっていけるだろうと私も胸を撫で下ろす。
だが、王立学園に入学した頃から、私たちの関係は徐々におかしくなっていく……。
「仮面をジロジロと見られるのは辛いだろう? 前髪を伸ばして隠してみたらどうだい?」
「え……?」
「君の銀の髪は美しいし……そのほうがいいと思うな」
「でも……」
「そういえば、この間のパーティーに着けてきたイヤリングは少し派手だったね。薄紫の瞳の色とは合っていたけれど……あれじゃあリアナが悪目立ちしてしまう。もう少しシンプルなデザインのほうがいいんじゃないかな?」
「…………」
「そうだ、パーティーでの君の発言で気になるところがあったんだよ」
髪型や服装から私の言動に至るまで、ウィルバートが細かく口を出してくるようになったのだ。
最初は私も嫌なことはやんわりと断り、控えめながらも自己主張を続けていた。
だが、ついにウィルバートから決定的な一言が出てしまう。
「可哀想な君のためを思って言っているのに……。僕の言うことが聞けないなら婚約は解消したほうがいいのかもしれないな」
「そんな……!」
ただでさえ難航した婚約者探し。
ここでウィルバートに婚約を解消されてしまったらどうなってしまうのか……。
青褪める私にウィルバートは優しい声で囁く。
「リアナには僕が必要だろう?」
「………はい」
それからは彼の機嫌を損ねないよう、長い前髪で仮面ごと顔を隠し、極力目立たぬよう地味な装いを心掛け、ウィルバートの言葉は全て肯定する。
その結果、ウィルバートが他の女性を優先しても、私は何も言えなくなってしまったのだ。
(はぁ……)
私はもう一度、内心で溜息を吐く。
(別の人と食べるのなら、せめて前もって言ってくれればいいのに……)
昼食を一緒に食べるため、毎日自分の教室まで迎えにきてほしいと言い出したのはウィルバートだ。
それなのにこの仕打ち……。
一体何を考えてこのようなマネをするのかわからず、私の心にはウィルバートへの不満がどんどん溜まっていく。
すっかり昼食を食べる気分ではなくなった私は、そのまま学園の図書館へと向かった。
併設されているカフェテリアを通り過ぎ、図書館の二階へ続く階段を登る。
何となく、静かな場所で一人になりたかったからだ。
そのまま何を探すでもなく本棚と本棚の間をのんびり進んでいくと、一人の男子生徒の姿が見えた。
本を手に取るも、表紙とにらめっこをしてはまた本棚に戻すのを繰り返している。
そんな彼の姿には見覚えがあった。
数ヶ月前に我が校の魔導具師科へ留学してきたアーサー・フォレット。
少し癖のある艶やかな黒髪にきらきらと輝く黄金の瞳、そして褐色の肌はリューズ王国の民の特徴だ。
(たしかフォレット伯爵家の次男……だったかしら?)
そんなことを考えていると、私の気配に気づいたアーサーがこちらへ視線を向ける。
(あ………)
ばっちりと目が合ってしまった私は、仕方なく彼に声をかけることにした。
『何かお困りですか?』
『あ……リューズ語を……?』
『ええ。少しなら話せます』
だが、アーサーはふるふると首を振る。
「ワタシ、このクニのコトバ、ベンキョウシテマス」
片言ながら我が国の言葉で話すアーサー。
「それは余計な真似をしてしまいましたね」
「ん、ウレシカッタデス。アリガト」
すらりと背が高く、野性的で色気のある顔立ち。
なのに、たどたどしくも懸命に喋る姿はなぜだか愛らしさを感じさせる。
「このホン、ナニデスカ?」
「これは鉱石の本ですね。山で採れる石です」
「イシ……チガウのイシ、ホン、サガシテマス」
私はすぐ側の本棚から石に関連する本をいくつか抜き取り、アーサーに一冊ずつ手渡しながら説明をする。
なるべく彼に伝わるよう、言葉を噛み砕きながらシンプルに話すことを心掛けた。
「これは魔石の本です。鉱石と同じで山で採れる石です。魔力を溜めることができます」
「コレ! コレ、サガシテマシタ!」
我が国は鉱山資源が豊富で、魔石を使用した多種多様な魔導具の開発が進んでいる。
対するリューズ王国は魔術そのものの研究が進み、中でも『癒術』の質が高いと評判であった。
「アリガト。えっと……ワタシのナマエはアーサー・フォレットデス。マドウグのベンキョウをするためにこのガクエンにキマシタ。ナカヨクシテクダサイ」
どうやら自己紹介の定形文として言い慣れているらしく、先ほどよりスラスラと言葉が出てくるアーサー。
「私の名前はリアナ・グレイストーンです。魔術師科に在籍しています。こちらこそ仲良くしてくださいね」
「グレイチュ……グレイシュ……」
「リアナでいいですよ」
アーサーはグレイストーンという家名が言いづらいらしく、私の言葉にホッとした表情になる。
「リアナサン、ホン、ヨミにキマシタカ?」
「いえ、私は……」
「オヒルゴハン??」
併設されているカフェテリアの方向を指差しながら、アーサーは小首をかしげる。
「少し休憩をしたくて」
「キューケー……? ん、サボリデスね?」
そんな言葉をどこで覚えたのか……そう言ってアーサーはイタズラっぽく笑う。
そして、私に向けて手招きをすると、ゆっくりと歩き出した。
慣れた足取りで進むアーサーについて行くと、四階の奥まった場所にぽっかりと開けた空間があり、そこに四人掛けの机と椅子が置かれている。
「ココ、サボるオススメ」
そう言いながら椅子に座ったアーサーは、ポケットから小さな革袋を取り出し机の上に広げる。
「オヒトツドーゾ」
私もアーサーの向かいに座り、勧められた革袋の中身を覗き込む。
そこにはペチャンコのシワシワになった色とりどりの木の実のようなものが詰め込まれていた。
これはリューズ王国でよく食べられているおやつなのだという。
指先で一粒つまみ、思いきって口に放り込む。
思ったよりも歯ごたえがあり、噛むたびに口の中で甘みが広がっていく。
「甘くておいしいですね」
「コレ、タベルとカオ……ん? カオじゃない……」
何かを言いたげにアーサーは自身の頬をペタペタと触る。
「ほっぺた?」
「ん、チガウ」
「肌?」
「ソウ! オハダ、プリプリにナリマス」
「ふふっ!」
アーサーの言い回しがおかしくって、私は思わず声を上げて笑う。
こんな風に誰かの前で笑うのはいつぶりだろうか……。
私の身体に呪術の残滓が浮かび上がると、仲のよかった令嬢たちは急によそよそしくなり距離を置かれてしまった。
学園では周囲から腫れ物扱いされてしまい、親しく会話をするような相手はいない。
そして、ウィルバートには自身を優先させるよう強要され、私はそれに振り回され続けている。
「モット、オヒトツドーゾ」
「ありがとう」
この日をきっかけに、私は度々このオススメの場所へ顔を出すようになる。
だいたいがウィルバートに約束をすっぽかされた時で、お昼休みや放課後にここを訪れアーサーと他愛もない会話をして過ごす。
そのうち互いの専攻する分野について話すようになり、アーサーの知識の豊富さに驚かされることになったのだ。
(楽しい……!)
打てば響くような会話はウィルバートの隣では得られなかったもの。
もっと互いの知識と意見をぶつけ合ってみたいと思うものの、どうにも言葉の壁が邪魔をする。
私もリューズ語は話せるが、それは日常会話には困らない程度のものであって、やはり専門的な会話をするには足りていない。
アーサーも同じ気持ちのようで、もどかしそうな場面を幾度も見かけた。
(もっと本格的にリューズ語を学んでみようかしら?)
アーサーと過ごす時間が刺激となり、私にとって意味のあるものへと変わっていくのだった。
◇
これで何度目になるのだろうか……。
今日の昼休みも「マーガレットに付き添うから」という理由でウィルバートに昼食の約束を断られた。
だが、それももう慣れたもの。
反論もせずにあっさりと受け入れ、私はウィルバートとマーガレットを見送る。
そして、その足で図書館へと向かっていると、後ろから声を掛けられた。
「リアナサン!」
振り返ると、アーサーがぶんぶんと手を振りながらこちらへ走ってくる。
「イマからヒミツキチ?」
「ええ」
「ワタシもイッショシマス」
アーサーがサボるのに最適だと教えてくれた場所を、私たちは秘密基地と呼んでいた。
二人並んで図書館に入り、そのまま四階へと向かう。
「オモシロソウ、ホン、ミツケマシタ」
「翻訳はいるかしら?」
「ん、イッショ、ヨミマショウ」
そんな会話をしながら秘密基地へ到着した私たちは、いつものように向かい合って席に座る。
「リアナ!!」
そこへ聞き慣れた鋭い声がかかる。
「ウィルバート様……!?」
なぜかウィルバートが一人でこちらに近づいてくる。
その表情と態度からも彼が怒っているのは明白だった。
「どうしてここへ……?」
「カフェテリアに並んでいたら君が見知らぬ男と歩いている姿を見かけて……急いで追いかけてきたんだ」
どうやら、ウィルバートとマーガレットは図書館に併設されているカフェテリアで昼食を食べるつもりだったらしい。
「僕という婚約者がいながら別の男と二人きりになるだなんて、ひどい裏切り行為だ!」
「いえ、彼とは魔導具や癒術について話をしていただけで……」
「会話の内容なんて関係ない! 婚約者を蔑ろにする時点で君は間違っている!!」
「…………」
どの口が言っているんだと……そう反論しそうになる言葉を必死に飲み込んだ。
「なんだ、その態度は……」
しかし、ウィルバートには私の感情が伝わってしまったらしい。
「こんなふうに僕を裏切るつもりなら婚約の解消も……」
「申し訳ございません!」
言葉を飲み込み、感情を抑え込み、許しを請うために慌てて頭を下げる。
なんて、惨めなんだろう……。
ぐっと奥歯を噛み締めても、どろりと濁った感情が胸の奥から溢れ出てくる。
それでも私はウィルバートとの婚約を解消されるわけにはいかない。
その時、アーサーが動いた。
「ココ、オオキイコエ、ダメデスヨ」
顔の前で人さし指を重ね、バツを作りなが私とウィルバートの間に身体を滑り込ませる。
「なっ!? だいたい君は誰なんだ?」
「えっと、ワタシのナマエはアーサー・フォレットデス。マドウグのベンキョウをするためにこのガクエンにキマシタ。ナカヨクシテクダサイ」
「何が仲良くだ! 人の婚約者と二人きりになるなんて礼儀に欠けるだろう! 彼女は僕の婚約者なんだぞ!!」
背の高いアーサーを下から睨みつけながら喚くウィルバート。
「ワカラナイ。もっとユックリ……」
しかし、早口なウィルバートの言葉がうまく聞き取れなかったのだろう、アーサーは困ったように眉を下げている。
「チッ」
言葉が伝わらないことで怒る気が削がれてしまったらしく、ウィルバートは小さく舌打ちをすると私に視線を戻した。
そこへ「ウィル様ー??」と、ウィルバートを探すマーガレットの甘ったるい声が階下から聞こえてくる。
「マーガレット! すぐに行くよ!」
大声で返事をしたあと、ウィルバートは自身を落ち着かせるように軽く咳払いをした。
「それじゃあ、僕は戻らせてもらう。マーガレットを待たせているんでね」
「はい」
「放課後は必ず僕のもとへ来るように」
「わかりました」
これ以上ウィルバートを怒らせないよう、従順な態度で彼の言葉を受け入れる。
そして、ウィルバートはもう一度アーサーを睨みつけると、「どいてくれ!」と怒鳴りつけ、そのまま階段を降りていった。
「はぁ……」
ウィルバートが立ち去ったあと、私は大きな溜息を吐く。
そして、何も言わずにこちらを見つめるアーサーに頭を下げた。
「アーサー様。申し訳ありません」
しかし、アーサーからは思わぬ言葉が返ってくる。
「ドウシテ、ナニもイイカエサナイ?」
「え?」
「ナゼ、ガマンスル?」
「我慢だなんて……」
誤魔化そうとするも、黄金の瞳がひたりと私を見据えて離さない。
「リアナサン、カワイソウ」
「………っ!」
「カオにウロコあって、コンヤクシャにいっぱいアヤマッテ、リアナサンはとてもとても……カワイソウ」
「…………」
プツリと私の中で何かが切れた。
「あなたに何がわかるの?」
仮面を外し、長い前髪をかき上げた私は、顔面に浮かび上がる鱗を露わにする。
「この鱗はね、私が大事な人を守り抜いた証なのよ! 私は何も可哀想なんかじゃないわ! 勝手なことを言わないで!」
すると、アーサーは驚いたように目を見開いたあと、唇の端をつり上げてニヤリと笑う。
「なんだ。ちゃんと言い返せるじゃないか」
「は……?」
流暢な返答に間の抜けた声が出る。
「あなた……言葉……?」
「ああ。日常会話なら問題がない程度に喋れる」
「そんな……だったら、どうして喋れないフリなんて……」
「そのほうが便利だからだよ。どうせ何を話してもわからないだろうって奴の前では本性を出しやすいからな。ほら、さっきのあんたの婚約者みたいに」
「…………」
「だけど、あんたを騙す形になったのは悪かった。まさかこんなにも話が合うとは思わなくって……」
アーサーは罰が悪そうに頭の後ろをガリガリと搔く。
「それにライラさんから聞いてた印象とずいぶん違ったから、猫でも被ってんのかと警戒したんだ」
「え!?」
思わぬ名前が出て、私は驚きの声を上げる。
「ライラって、まさか……?」
「ああ。あんたの侍女だったライラさんだよ。今はディオン商会で働いてる」
ディオン商会とは、ライラの結婚相手が営む商会の名前だ。
なんと、アーサーの家が経営するフォレット商会とディオン商会は提携を結んでいるらしく、ライラとも面識があるのだという。
「俺がこの学園に留学するって話したら、ライラさんがあんたとの思い出話を聞かせてくれたんだ。美しく聡明で、それでいてとびっきり勇敢なカッコいい自慢のお嬢様だってな」
「…………」
「だけど、実際のあんたは仮面と髪で顔を隠して俯いてばかり……。あんた自身が鱗を恥じてないのなら、どうしてあんな婚約者の言いなりになるんだ?」
「それは……」
私は深く息を吸う。
「私が幸せにならないといけないからよ」
ライラを庇い、彼女を呪術から守り切った私は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
だけど、周りはそうじゃなかった。
顔や身体に鱗が浮かぶ私を見て、両親は一人娘の将来を憂いて大粒の涙を零す。
ライラも、自分を庇ったせいで私の将来に傷を付けてしまったと絶望する。
私自身がいくら平気だと訴えても、虚勢を張っているのだろうと余計に憐れみの目を向けられてしまう。
だから、私は両親に言われるがまま仮面で鱗を隠すしかなかったのだ。
そんな時、ウィルバートが私に婚約を申し込んだ。
父と母は泣いて喜び、この婚約が破談にならないよう私にきつく言い含める。
婚約の報せを聞いたライラは、私が幸せになれてよかったと安堵していた。
(ああ。私は『幸せ』にならなくちゃいけないんだ……)
ウィルバートと結婚し、子を産み育て次世代へと繋いでいく。
そんな貴族女性としての当たり前の道を私が歩まなければ両親は安心できず、ライラは罪の意識に苛まれ続けることになるのだと……そう、理解した。
「私が幸せにならなくちゃ、両親もライラも不幸になってしまう。だから、ウィルバート様との婚約を解消されるわけには……」
「それがあんたの『幸せ』なのか?」
「…………」
「もう自分でも気づいているんだろう?」
射抜くようなアーサーの視線。
わかっている。私はもうずっと前から……。
「でも、それじゃあどうしろっていうのよ……」
震える唇から弱音が零れ落ちる。
いくらこの鱗が平気だと訴えても、周りは私に憐れみの視線を向け、そのくせ私からは距離を置く。
そんな私の側にいてくれるのはウィルバートだけで……。
「誰かに憎しみを向けず、鱗に覆われた自分を誇らしく思うあんたの姿を俺は美しいと思ったよ。あんな婚約者の言いなりになってるあんたより、よっぽど幸せそうに見えた」
「………っ!」
アーサーの言葉に胸の奥が熱くなる。
この瞬間、私は初めて誰かに『大切な人を守った私』を認めてもらえたのだ。
「だから、あんたはあんな男に頼らず、自分で自分を幸せにするべきだ」
「でも、どうすれば……」
「俺が手伝ってやろうか?」
「え……?」
◇
放課後になり、私は約束通りにウィルバートの教室を訪れる。
教室にはウィルバートとマーガレットを含め、まだ数人の生徒が残っていた。
「遅いじゃないか、リアナ」
「お待たせいたしました」
なぜかウィルバートとマーガレットが並んで私の前に立ち、来月に催されるステップニー子爵邸のガーデンパーティーについて話始める。
ウィルバートの父……ヴァンス子爵とステップニー子爵は学生時代からの友人で、その縁もあってウィルバートもガーデンパーティーに招待されており、婚約者である私を伴って出席する予定だったのだが……。
「マーガレットはこれまでパーティーに参加したことがないそうだ。だから、来月のガーデンパーティーにマーガレットを連れていってやろうと思っている」
「それは……私の代わりに連れていくという意味でしょうか?」
「ああ。彼女のマナーもずいぶん上達したからね。実践の場が必要だと思ったんだ」
「婚約者の代わりを親族以外の女性が務めるのは……」
すると、マーガレットが私たちの会話に割り込んだ。
「あの、私、ずっとパーティーに憧れてて……。でも、平民出身の私を誰も招待してくれなくって諦めていたんです。そうしたらウィル様が機会をくださって……」
そのままマーガレットは潤んだ瞳を意味ありげにウィルバートへ向ける。
そんな視線を笑顔で受け止めたあと、ウィルバートは改めて私に向き直った。
「そういうわけなんだ。いいだろう?」
「ウィルバート様はお優しいんですね」
「いや、僕は困っている人を見過ごせないだけで……」
「その優しさを婚約者である私には向けてくださらないのに?」
「なっ……!?」
私の言葉にウィルバートは片眉を跳ね上げる。
「こんなにもマーガレットは困っているのに……君こそ思いやりがなさすぎるんじゃないか?」
「そうでしょうか?」
「さっきの図書館での件もこれで水に流してやろうと思っていたのに……。そんな態度ばかり取るのなら君との婚約解消を真剣に考えさせてもらうよ?」
ウィルバートの言葉に私の身体がびくりと揺れる。
だけど……。
「わかりました。解消で結構です」
「は………?」
「聞こえませんでしたか? 婚約を解消してくださって構わないと申し上げたのです」
「お、おい。そんなことをして困るのは君だぞ? 僕以外の誰が君と婚約を結ぶというんだ!? それに、娘の幸せを願う君の両親を裏切ることにも……」
「いいえ。両親の願い通りに私は幸せになるつもりです。だけど、その幸せにあなたは必要ありません」
きっぱりと言い切ったあと、私はそのまま微笑んだ。
「では、婚約解消の件は私から父に話しておきますので、ヴァンス子爵へはウィルバート様からお伝えください」
そう言って、私はウィルバートとマーガレットに背を向けて歩き出す。
「おい! リアナ!」
私の名を呼ぶウィルバートの声にも決して振り返らなかった。
そして教室を出て廊下を曲がると、どこから見ていたのか黒髪に褐色肌の男子生徒がパチパチと私に拍手を送る。
「見事な啖呵だったな」
「お褒めの言葉をどうも」
澄まして答えると、アーサーは愉快そうに目を細める。
「そんなカッコいいあんたにオススメの場所があるんだけど……」
「あら、新しい秘密基地かしら?」
「いや、ただのデートの誘い」
イタズラっぽく囁くアーサーに、私は声を上げて笑う。
そして、私とアーサーは並んで歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
僕……ウィルバート・ヴァンスにはこれと言って秀でたものがない。
いや、全く何もできない落ちこぼれというわけではない。
容姿だって悪くはない。
ただ、そのどれもが人目を引くほどではないというだけ……。
「ウィルは本当に優しい子ね」
そんな僕のことを母は優しいと言って褒めてくれる。
だからだろうか、僕の長所は優しいところなのだと、自身でも当たり前のように思っていたのだ。
「グレイストーン伯爵令嬢が?」
「ええ。顔にまで蛇の鱗のような残滓が浮き出ているそうよ」
ある日のこと、グレイストーン伯爵家で起きた事件の顛末を母から聞かされた僕は、強いショックを受けていた。
(グレイストーン伯爵令嬢……)
両親に連れられて参加したパーティーで、彼女を何度か見かけたことがある。
華やかな容姿のリアナはいつも友人たちに囲まれ、強い存在感を放っていた。
そんな彼女が呪術の残滓で苦しんでいるという。
(可哀想に。何か力になってあげられないだろうか……?)
そして、リアナに持ちかけられていた縁談が全て白紙になったことを知った僕は、彼女の婚約者に立候補することを思いつく。
僕の提案に父は難色を示していたが、母が味方になってくれたおかげで僕はグレイストーン伯爵家に婚約を申し入れることができたのだ。
グレイストーン伯爵も夫人も大喜びし、何度も感謝の言葉を伝えてくれた。
それに気をよくしたのか、父は僕を『器の大きな男』だと評して周りに吹聴し、母は『ウィルは優しい子だから』と誇らしげに触れ回る。
こうして、僕はリアナの婚約者になった。
(可哀想に……)
呪術の残滓を隠すため、リアナは常に長袖のドレスを纏い、美しいはずの顔の半分は仮面に覆われていた。
あんなに大勢に囲まれていたのに、今では僕以外に誰も寄り付かない。
(リアナには僕しかいないんだ)
可哀想なリアナのために、僕は婚約者として時間の許す限り側にいた。
そのおかげだろうか……いつの間にか僕の優しさが周りに評価されるようになっていく。
不思議な気持ちだった。
僕と会ったことのない人でさえ僕の存在を知っている。
そして、大勢の人たちが僕を好意的に評価してくれるのだ。
甘美な高揚感が湧き上がり、「もっと僕を見て称賛してほしい」という感情に囚われていく。
だが、王立学園への入学を控えたある日、僕は衝撃の事実に気づいてしまう。
「え……? 特別クラス?」
「ええ。ですから、ウィルバート様と校舎が離れてしまうんです」
特別クラスとは、優秀だと認められた一握りの者だけが在籍するクラス。
つまり、そこに選ばれたリアナは……。
(そんな……)
この時、ようやく僕はリアナが優れた才能の持ち主であることを知ったのだ。
いくら残滓のせいで外見に難が生じようとも、リアナの優秀さは変わらない。
それが『特別クラス』という目に見える形で証明されてしまったことに僕は動揺する。
なぜなら、彼女と同じ魔術師科を希望した僕は『普通クラス』に配属されたからで……。
暗にリアナの足元にも及ばないと言われたように感じ、僕は恥ずかしさとともに焦りを覚える。
(リアナは残滓が浮かんだ可哀想な令嬢で……いや、そうでなくっちゃ困るんだ)
リアナが可哀想だからこそ、そんな彼女を労る僕のことを皆が見てくれるのだから……。
学園に入学したことをきっかけに、僕は必要以上にリアナを貶めるようになった。
彼女の素晴らしさに周りが気づかないよう、わざと髪で顔を隠させ、地味な装いを強要し、彼女を輝かせるものを奪っていく。
そして二年生に進級すると、僕はマーガレットと同じクラスになった。
平民出身のマーガレットは貴族のマナーやルールに疎く、他の令嬢たちとよくトラブルを起こしていると聞く。
きっと、慣れない貴族の世界で困っているのだろう。
僕は率先してそんな彼女の世話を焼くようになる。
すると、マーガレットのトラブルは減り、僕の評価はさらに上がる。
それに、不出来なマーガレットの側は居心地がよかった。
そんな優越感と安心感を得るために、僕はマーガレットばかりを優先してリアナを蔑ろにし続けたのだ。
その結果、僕はリアナから婚約解消を言い渡されてしまう。
(そんな、まさか……。いや、そんなはずはない。リアナには僕が必要なはずだ。可哀想な彼女に手を差し伸べた僕しか……)
しかし、あっという間に婚約は解消され、リアナは学園を休学すると、リューズ王国へ短期留学に向かった。
(いや、僕にはまだマーガレットがいるじゃないか)
これからも彼女をサポートし、貴族社会に馴染めるよう僕が面倒を見てあげなければ……。
そうすれば、変わらず皆が僕を見てくれるはず。
そう、そのはずだったのに……。
「マーガレット、今日の昼食は……」
「ごめんなさいウィル様。私、他の方との約束があるんです」
「そ、そうなのか」
僕がリアナとの婚約を解消した途端、あんなに僕にべったりだったマーガレットの態度ががらりと変わる。
「それじゃあ、明日の昼食を……」
「ふふっ。明日のことなんて今はまだわからないって……ウィル様が言っていたんじゃないですか?」
「それは……」
自身がリアナへ放った言葉が返って来たことに愕然とする。
「マーガレット、一体どうしたんだい? 最近の君はおかしいよ」
「んー……だって、リアナ様はもういないですし……」
「リアナ……?」
なぜリアナの名が出てくるのか意味がわからない。
「リアナ様の反応を見るのが楽しかったのに、今のウィル様と一緒にいても……正直、つまんないんですよね」
「は?」
「そういうことなので、私はそろそろいきますね」
「待っ……!」
そのまま僕に背を向けてマーガレットは教室を出て行ってしまった。
それからしばらくして、マーガレットが婚約者のいる男子生徒ばかりを狙っているという噂を耳にする。
(それじゃあマーガレットが僕から離れたのは……)
リアナと婚約を解消した僕にはもう興味がないと……そう現実を突きつけられたのだ。
それからもマーガレットは次々とターゲットを変え、数多の令息を誘惑し、誘いに乗った令息の婚約者とトラブルを起こし続けている。
奔放なマーガレットの行動は学園中の噂の的となる一方、いつの間にかマーガレットの噂から僕の名前は消えてしまっていた。
そして、リアナと婚約を解消して半年が経つ頃には、もう誰も僕の優しさを称賛することはなく、話題に出されることすらなくなったのだ。
「おい、さっきの中庭の……見たか?」
「ああ。あの銀髪はグレイストーン伯爵令嬢に間違いない」
「留学から帰ってきてたんだな」
廊下を歩く男子生徒たちの会話を耳にした僕は、驚きに足を止める。
(リアナが……?)
何かに縋るようか気持ちで、僕は急いで中庭へ向かう。
(リアナ……リアナ……どこだ?)
広大な中庭を走りながら探し続けると、銀の長い髪を揺らしながら歩く女生徒を見つけた。
「リアナ!」
その背に向けて呼びかけると、彼女はくるりと振り向いて……。
「あら、ヴァンス子爵令息様。お久しぶりですね」
「っ!? リ、リアナ……なのか?」
「はい」
「顔の仮面は……?」
「邪魔だったので外してしまいました」
そこには、薄紫の瞳を柔らかく細めにっこりと微笑むリアナの姿。
だが、その顔のどこにも蛇の鱗は見当たらない。
「どうして!? 呪術の残滓は一生消えないと……」
「ええ。残滓が消えたわけではありません」
そう答えたあと、リアナは小さく何かを呟いた。
途端にリアナの左眉から頬にかけて蛇の鱗のような紋様が浮かび上がる。
「ひっ……!」
「ふふっ。驚かせてしまいましたね。これは『癒術』の一つなんです」
リューズ王国に短期留学をしたリアナは、友人の紹介で『癒術』の研究所を訪れ、様々な実験に協力をしたのだという。
その一つが、怪我や皮膚病の跡を消すというもの。
「正確に言うと消すのではなく、隠す術なんですけどね」
それが呪術の残滓にも有効なのかを実験し、自身でその癒術を扱えるよう訓練まで受けてきたのだという。
「これなら、仮面を付けずに済むでしょう?」
そう言って微笑むリアナは眩いほどに美しい。
「た、たしかにこれなら仮面は必要ないな。ははっ、よかったじゃないか」
「嘘つき」
「え?」
「だって、あなたは『可哀想な私』を望んでいたのでしょう?」
「何を言って……」
「そうじゃないとあなたは輝くことができないから」
「………っ!」
薄紫の瞳が憐れむように僕を見つめる。
「『可哀想な私』の婚約者だったから、あなたは優しい人だと周囲から思われていた。だから、あなたは私を可哀想なままでいさせたかったのね」
「僕は……そんなつもりは……」
「それじゃあ『今の私』の隣にあなたは立つことができるの?」
「…………」
まるで蕾が花開くように、これまで暗く鬱屈していた彼女は誰の目から見ても美しく輝いている。
そんなリアナの隣に立てば、僕の存在はより希薄なものへと変わるのだろう。
いや、リアナと常に比べられ、彼女に相応しくない自分を思い知らされ続けるのかもしれない。
(ああ、彼女の言う通りだ……)
最初はただ彼女を救いたいと……そう思っていたはずなのに。
(いつから僕は……)
何も言えなくなってしまった僕からリアナは視線を外すと、無言のまま僕に背を向けて歩き出す。
僕の視界は滲み、それを隠すように俯いた。
『可哀想なリアナ』が必要だったのは僕のほう。
僕一人だけの力では、誰の注目も浴びることができないのだから。
(だけど、可哀想な彼女はもういない)
そこへ、リアナの名を呼ぶ声が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げた僕の目に映るのは、褐色肌の黒髪の青年と寄り添い、堂々と歩んでいく美しい彼女の後ろ姿だけだった……。