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「B・P・S・D」  作者: 富嶽
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第11話 ステルス追尾機雷とキムチの香り

7月8日、火曜日の午前10時前。

リハビリの先生・北川さんが来る予定だった。僕はそれに備えて共有スペースに椅子を取りに行った。


その瞬間、ヤツが現れた。

赤城――もはや施設内で僕の最大のストレッサーだ。

無言で僕を見つめ、ドアの前に立って動かない。まるで旧日本軍の“歩兵ストッパー”だ。

僕は気付かないフリをしてベッドに寝転がり、スマホをいじった。すると赤城は僕の部屋のドアを勝手に閉めて、スッと戻っていった。

こっちがドアを開けてやってんだ。恩を仇で返すとはこのことだ。


リハビリ中、北川さんと外を歩く段になった時、赤城もなぜか出てきた。

北川さんが僕の靴の減り具合を見てくれていると、赤城が横から割って入る。


「足が上がっていないから、その様な減り方をするんや。俺は右が悪いから右側が減る。」


……訊いてねぇ。


この日は職員の寺崎さんが入浴介助で来ており、北川さんは駐車場で待機中。だからある程度、他人の目はあった。

それなのに彼は、今までしなかったような行動――覗き見、ドアの開閉、割り込み――を次々とやってきた。

ついに、僕のATフィールドが侵食され始めた。ネルフ本部だったら非常事態宣言だ。


その後も赤城は、共有スペースと自室を行ったり来たりしては、バンッと何かを叩いていた。

もしかしてストレスを感じているのは、彼のほうなのか?

いやいや、僕が昼と夜に自室で食べている理由も、赤城のせいだ。

「キムチ臭い」と職員に言われたのをきっかけに、僕は人目を避けて食事を取っている。


午前11時50分頃、昼食が運ばれてきた。

職員の前山さんが理さんの部屋に食事を運ぶと、赤城が訊いてきた。


「あの人、部屋で食べてるんか?」

「小松さんは目が見えないから、自室で食べているんですよ」


なるほど、人のことには興味があるらしい。僕に対しても。


午後6時半、散歩から帰ると駐車場に職員の車がたくさん停まっていた。会議中のようだ。

鼻歌を口ずさみながら玄関に入ると、またしても赤城がソファーに座っていた。

「ただいま~」と声をかけても無視。

それどころか、僕が靴を履き替えて立ち上がると、間髪入れず15センチの距離でついてきた。

部屋のドアまで。

ステルス型追尾機雷か。


7月9日、水曜午前8時10分。

またしても、僕がドアを開けようとした瞬間に赤城が共有スペースに出てきてウロウロし始めた。

足音で奥へ行ったのを確認して、僕は外へ脱出。

彼は、リュックの音や鍵を取る音にまで反応している気がする。

耳がいいのか、暇すぎるのか。


午前11時半頃、理さんがまた転倒したようで、職員たちが慌てて介抱に来た。

赤城は「大丈夫か?」とばかりに彼の部屋へ見舞いに行っていた。

珍しく“優しさ”を見せたかと思えば――


午後4時半、僕が夕食を食べていると赤城がまたやって来た。

「何処行ってたんよ?」「家に帰ってたんか?」「ドンキ行ってたんか?」「いくら使ったんや?」


……尋問か?


僕が「イオンに」「100円か200円しか使わんよ」と答えると、「よう金あるな!」ときた。

もう、ほっといてくれ。


午後5時10分。

靴を履いていると彼が隣に座り、またしても聞いてくる。

「その靴、どうしたんな?」「金あるなら貸してくれや(笑)」


冗談でも気分が悪い。


さらに気づいた。

彼の話題は、いつも古い。最近の話や時事ネタが全くない。

僕がどこへ行ったか、いくら使ったか、そればかり。

つまり彼の関心は「今」の世界じゃない。僕の「行動記録」だけだ。


もし本当に会話がしたいなら、僕が喜びそうな話題――

熊野古道やハイキング、道中の風景の話でもすればいい。

それなのに、ただジロジロ見て、ついて来て、ウロウロする。

観察してるクセに、話題の焦点がズレている。


7月10日、木曜日。

職員の寺崎さんが宿直だった。

そのせいか、朝は玄関と部屋の鍵を開けただけでバイタルチェックはナシ。

出勤の津山さんも別館には来ず、僕はバイタルをスルーして外出。

……赤城のせいで、職員の動線すら乱れている。


午後5時10分、また夕食後の散歩に出ようとドアを開けた瞬間、

奴も出てきた。

僕は部屋に戻り、奴が部屋に戻るのを確認してから外出。


そう、今日は実家でのんびりしてきた。

なのに帰宅した瞬間に彼の圧があると、現実に引き戻される。


7月11日、金曜。午前8時。

キムチ臭を逃がすためにドアと窓を開けていたら、やはりヤツが来た。

部屋を覗き込み、「ちょっと出てこい!」

無視してスマホをいじっていると、「○×△ボケ!」と悪態をついて部屋に戻る。


……僕はもう、自室の換気も自由にできないのか?


午前11時、コーヒーを沸かしていると、また足音。

ドアを閉めると「閉めた!」と呟いてウロウロ。

再びドアを開けてベッドに寝転ぶと、ドアの前に立って「スマホ○×△」と一言。


午前11時40分。

昼食が届いた。僕は共有スペースで食べていたが、

職員が戻ると同時に赤城も出てきて、僕の周りをウロウロ、ついには左横に立って見下ろしてくる。


午後4時20分、外出から戻ると、

今度は肘が当たるほどの距離で接近してきた。

ポケットに手を入れたまま――不穏な距離感だ。


夕食を自室で食べようと共有スペースに出ると、また睨んできた。

僕が自室に戻ると、ドアをバーンと開けて戻っていった。


そのくせ職員の前山さんの前では、にこやかに演技する。


怒りたいのは、こっちだ。


とうとう、僕はドアの内側に水の入ったペットボトルを置いた。

猫なら寄ってこないらしいが、果たして赤城には効くのだろうか。

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