安保さんの「演説」、名誉國民、ほか
〈柏餅何かの表象であると見 涙次〉
【ⅰ】
光流、「ぴゆうちやん」を車椅子の膝に乘せて、カンテラ事務所前に- 近頃、こちらから由香梨を呼び出す事にしてゐる。少々気恥づかしくはあるが。(僕は由香梨ちやんのボーイフレンドだよ、と意志表示してゐるやうではないか!)
ところが、いつもなら盛んに吠え立てる、ロボット番犬のタロウ(何せ「ぴゆうちやん」は妖怪なので)だが、眠りこけてゐて、光流・「ぴゆうちやん」拍子拔けである。每度、その吠え聲で、由香梨は光流の出迎へと氣付くのである。
「ぴゆうちやん」、(病氣ナノカナ、たらうチヤン)と、タロウの顔をぺろり、舐めた。タロウ、薄つすらと目を開けるが、直ぐにまた眠りに落ちてしまふ。このやうに、心階政氣の殘していつたものの余波は、まだ續いてゐた。全く、恐ろしい【魔】であつた。
【ⅱ】
東証1部上場と共に、「(株)貝原製作所」は、それ迄の「下町精密機械部品工場」としての顔を、「精密機器部品の総合商社」へと變へた。重役(専務取締役)として勤める安保さん、彼は現役に拘るので、それは悲しい變貌なのであつた。
貝原會長は代表取締役を兼務してゐる。共に、低成長の時代を働き拔いてきた、仲間だと、安保さんは思つてゐる。その會長が、ことカンテラ一味の話になると、顔を曇らせる。社長の坐は空席である。安保さんは實質上№2。「無頼の」カンテラ一味との交はりを已めれば、直ぐにでも安保さんを社長に据へたい、貝原氏であつた。
【ⅲ】
安保さん、思ひ切つて會長室のドアをノックした。
「やあ安保さん。精勤ご苦勞様です」-「會長、實は、カンテラ氏とその仲間たちの事について、お話が...」-「だうぞ」
こゝで安保さん、一大演説をぶつのである。
「カンテラ氏は不遇な事に、生身の人間ではなく、アンドロイドとしてこの世に生を享けました。だが、彼本來の『善性』が、彼をいぢけさせず、だう世間に叩かれやうと、眞つ直に、【魔】退治に当たつてゐます。私はそれを天晴れだと思ふのです。」
「また、此井功二郎氏、會長もご存知な通り、彼は官僚としての安泰な將來を棄て、カンテラ氏の『片腕』として奉職してゐます。彼もまた自らの『善性』に導かれて行動してゐる、のは明らかであります。」
「また、多士濟々のカンテラ氏の仲間たち、世にあつてはその才能ゆゑに、これもまた不遇である筈の面々をカンテラ氏は上手く、纏め上げてゐます。そこに彼の眞面目あり、と私は思つてをるのです。」
「私は、どちらを取る、と問はれゝば、カンテラ一味を、と答へる事に躊躇はありません。以上が昨今、私の頭脳に浮かんだ事であります。失礼致しました」
それで安保さん、會長室を辞去し、カンテラ事務所へ、日産シルビア昭和63年式を駆つて、急いだ。
【ⅲ】
枝垂は、やいのやいの云ふ輩が消え去つたので、また冥府の、惠都巳の許を訪れてゐた。氷水の風呂に浸かりながら、「哲平。また來てくれた~。嬉しい~」と惠都巳は云ふ。彼女の母親、女手一つで彼女を育て上げたのだが、この女性としては矢鱈画數の多い名前に代表されるやうに、兎に角、知的な方向に偏つた、嚴格な教育を惠都巳に施した。彼女の語尾が伸びる「甘へ聲」は、その反動であつた。レイプ事件後、自らの命を持ち堪へ得なかつた事も、そんな母の教育方針が祟つた、と云へるか。
閑話休題。枝垂に冥府國王・ハーデースから、直々の「お招き」があつた。「この度は、魔界の者、殲滅の功を稱へて、汝、名誉國民とする」下賜があり、純金のインゴットをどつさり、枝垂は押し頂いた。殲滅、と云つてもそれはカンテラ・じろさんの功である。ハーデース、またの名を「プルートー」古代ギリシア語で「富める者」の意。冥府は、近親憎惡か、お隣りの魔界とは對立してゐたのである。
枝垂は、そのインゴット、本來収めるべきカンテラ・じろさん、そして世話になつた怪盗もぐら國王に渡さうと思ひ立つた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈金塊は地下にある物豊富なる滋養ありけむ地下の物たち 平手みき〉
【ⅳ】
さて、こゝで「ニュー・タイプ」なる魔界の新潮流を迎へ、カンテラがぴりぴりしてゐる事は云つて置かねばなるまい。だが、「世に盗人の胤は盡きまじ」で、それは、カンテラにとつて、次なる仕事を約束してゐたのも確かである。どの道、やがてはさう云ふ者らに滿ちる魔界であるだらう、とはカンテラ、以前からその動向を探りつゝの、斬魔業であつた。「ニュー・タイプ」-更に手強い敵-まあだうとなれ、カンテラ、その熟慮を棄て、裸一貫の積もりで、彼らに立ち向かふ事を決めた。
【ⅴ】
安保さん、急ぎタロウの世話。だうやら、タロウ、手厚い看護(?)もあつてか、以前通り、しやきしやき動く、タロウとなつた。
然し、「ぴゆうちやん」またの來訪で、タロウに顔を舐められたのには、少々驚いた。これは光流も同じ。タロウはロボットだつたが、そして「ぴゆうちやん」は魔物だつたが、互ひに動物の感性を以てして、付き合つてゐる。
安保さん、それを確認すると、社の方へ、慌たゞしく帰つて行つた。
【ⅵ】
貝原會長からは、カネではなく、長文の「詫び狀」が届いた。カンテラ、じろさん、一應目を通し、まあ追加の金子は枝垂から貰つた事だし、文字通り「たゞ」の善意を受け止める事にした、と云ふ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈鍾馗様武者人形の顔や良し 涙次〉
以上、「ニュー・タイプ【魔】」時代に突入した、カンテラ一味周邊を。ぢやまた。チャオ!!