06:思いもよらない言葉
「どうしてって言われても。リーリエのことが好きだから、それ以外の理由なんてないよ」
「え?」
さらりと告げられた言葉は大きな衝撃を私に与えた。
好きだなんて、家族にもレニール様にも言われたことがない。
好きというのは、半年間、苦楽を共にした戦友として?
それとも……いや、まさか。そんなわけがないわよね。
心の中に浮かんだ可能性を瞬時に否定していると、フィルディス様は穏やかに微笑んだ。
「二年前に一度戦場を共にしただけでも、好感を抱くには十分だったよ。他の聖女たちはみんな怯えて遥か後方の天幕に引きこもってたのに、リーリエは危険を顧みることなく、おれたちと最前線を駆け回ってくれた。リーリエのおかげで何人の命が助かったことか。あのときの八面六臂の活躍ぶりはいまでも語り草だよ。聖女どころか女神だと言う奴もいるくらいだ」
「そんな……私が無理を通せたのは、エミリオ様やフィルディス様が適宜援護してくださったからですよ。私に近づこうとする魔物はフィルディス様が斬り、遠距離から狙撃しようとした魔物はエミリオ様が魔法で撃ち落としてくださった。お二人が守ってくださったから、私は存分に癒しの力を使うことができたのです」
照れながらそう言うと、フィルディス様は笑った。
「命懸けで頑張ったのはリーリエなんだから、遠慮せず自分の手柄にしていいのに。謙虚だな」
草原を渡る風に吹かれて、艶やかな黒髪が気持ちよさそうに揺れている。
深く澄んだ青の瞳はサファイアのように美しい。
通った鼻筋も薄い唇も人形のように整っている。
国宝級の美形と草原で二人きり。
いまさらながら状況を理解して、おかしな脈が生まれた。
「ええと。その。では、二年前からずっと、フィルディス様は私のことを気にかけてくださったと思って良いのでしょうか」
「ああ。リーリエに関する情報はなるべく集めてた。リーリエとの婚約中にレニールがエヴァと浮気してたことも知ってたよ。レニールは本当に、ろくでもない男だ。あれが王太子だなんてふざけてる」
フィルディス様は苦々しげに吐き捨てた。
「……レニール様とエヴァが愛し合っていたのは公然の秘密でしたからね……」
苦笑することしかできない。
私が《聖紋》を失ったことで意中の恋人エヴァと婚約できたにも関わらず、レニール様はエヴァと共謀し、私に冤罪を着せて国外追放しようとした。
それは何故か。自身の非道を正当化するためである。
国のために尽くした私をあっさり捨てたことで、レニール様は良識ある一部の人間から非難されていた。
そこで『リーリエは義理の妹を虐め抜いた挙句、毒を盛るような悪女だったから浮気したのも婚約破棄したのも仕方なかった』という言い訳を作ろうとしたのだ。
私としては堪ったものではない。
私はそんなに嫌われるようなことをしたのだろうか。
救護団の活動ばかりに力を入れて、レニール様を放置したのが悪かった?
いずれ王妃になる身として、国のために尽くそうとしただけなのに、私は間違っていたのかしら……。
「リーリエ」
考え込んでいる私をどう思ったのか、フィルディス様は不意に足を止めて私の手を掴んだ。
驚きで思考が霧散し、私は同じく足を止めて彼を見つめた。
「リーリエは真面目で善良だから、これだけの仕打ちを受けるからには自分にも何か問題があったんじゃないか、とか考えそうだけど。そんなことは全くない。おれが断言する。リーリエに落ち度なんかなかった。誰よりも一生懸命、人のために尽くしてた。おれは知ってる。ちゃんと見てたよ。見てて心配になるくらい、本当に、リーリエはよく頑張ってた」
「………」
まさかそんなことを言われるとは思わず、私は呆然としてしまった。