29:エミリオを探して
王女を救った大聖女ということで、私はラザード様から様々な特権が与えられている。
その一つが、王宮にある各種専門施設や機関への立ち入りだ。
塔の前には黒いローブを身に纏った魔導師たちが立っていたけれど、私は所持品検査も身体検査も何もされることなく通された。
聞き込みの結果、エミリオ様は七階の大講義室にいると知って階段を上る。
大勢の精霊を引き連れて歩く私を、魔導師たちが驚いた顔で見ている。
こうした視線には慣れたものなので、私は気にすることなく七階へ向かった。
「ややっ!? 精霊の大群! その金色の《聖紋》は! あなたはもしや噂の大聖女リーリエ様では!?」
五階に着いたとたん、眼鏡をかけた女性の魔導師に捕まった。
栗色の髪をお下げにした彼女――イヴさんは今年官僚試験に合格したばかりの魔導師見習い。
二つ年下の妹が聖女で、将来は《聖紋》について研究したいのだと熱を込めて語ってくれた。
「あの、そろそろ……」
イヴさんと廊下で立ち話をし始めてから既に三十分は経ったのではないだろうか。
そろそろ話し疲れたし、喉も乾いた。
あれほどたくさんいた精霊たちも長話に退屈したらしく、その数は十体ほどに減っている。
「あっ、すみません! 質問攻めにしてしまいました! 貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございました! おかげさまでとても有意義な時間を過ごせました、もし宜しければ今度一緒にお茶でも飲みましょう!」
握っていたペンとメモ帳を下ろし、イヴさんは深々と頭を下げた。
「はい、是非」
私は微笑みで応じ、再び階段を上り始めた。
七階に辿り着き、光が降り注ぐ廊下を歩く。
『大講義室』と書かれた目的の扉はすぐに見つかった。
――講義の邪魔をしては駄目よ。いい子だから、静かにしてね。部屋には入らないで。
私は精霊たちに念押ししてドアノブを掴んだ。
縦長に開いた隙間から、そっと部屋を覗く。
広い部屋は階段状になっていた。
整然と並べられた机には黒や赤や緑のローブを纏った魔導師たちが座り、真剣な面持ちで前方を見ている。
イヴさんが教えてくれたのだが、黒のローブは魔導師『見習い』で、緑のローブは修練中の『魔導士』、赤のローブは熟達した『魔導師』という意味らしい。
彼らの視線を追って、私は前方に目を向けた。
図形と文字で半分が埋まった黒板の前にはエミリオ様が立っていた。
――えっ!? エミリオ様!?
私は驚愕に目を剥いた。
てっきり優秀な魔導師の講義を聞いているのだとばかり思っていたのに、まさか教鞭を振るっているとは!!
「――では次に、イリスフレーナの王宮を守る結界について個人的な意見を述べます。現行の結界は四大精霊の助力と大気中の魔素を複合利用することで常時起動されています。古代より受け継がれてきた魔導式による堅牢な結界は、幾世代にもわたりこの国を守ってきたことでしょう。しかし、私が見た限りでは、いくつかの問題があるように思えます」
エミリオ様はチョークを手に取り、黒板に新たな図形を描き始めた。
「結界は複数の防御層で構成され、それぞれの層が独立して機能する設計になっています。一見すると合理的に思えるかもしれませんが、この構造には大きな欠点があります。たとえば、ここを見てください」
エミリオ様は図形の一部分を指さした。
「この層が破られた場合、外側の防御層は内部層への干渉を阻止する術を持たず、内部層が単独で防御せざるを得なくなる。このように各層が孤立している構造では、一点の突破が全体の崩壊につながりかねません。また、精霊の力に依存しすぎている点も問題です。何らかの要因で精霊たちが衰弱した際、大きく弱体化する恐れがあります」
大真面目に話しながら、エミリオ様がこちらを見た。
エミリオ様は表情を変えることなく、すぐに他の人に目を向けたので、扉から覗く私に気づいたかどうかはわからない。




