27:偉業を成し遂げた後で(2)
「王宮の中庭って、具体的にどこかしら。案内してくれる?」
『いいよー。こっちー』
背中に羽根が生えた精霊に導かれて、私は回廊から中庭に出た。
春の花が美しく咲き誇る中庭には多くの精霊たちがいた。
花を育てたり、水路を流れる水を清めたり、庭師と一緒に雑草を取り除いたり――王宮にいる精霊たちは、今日も人間と共に働いている。
でも、私の目を奪ったのは働き者の庭師や精霊たちではない。
東屋の近くでフィルディス様とドレスを纏った女性が談笑している姿だ。
『精霊眼』を外したフィルディス様は穏やかな笑顔を浮かべ、見知らぬ美女の言葉に耳を傾けている。
緑髪の女性は顔を赤らめ、フィルディス様に一生懸命話しかけていた。
何だか良い雰囲気の二人を見て、心の中にもやもやとした感情が生まれた。
――私が命懸けで悪魔王の結晶と向き合っていた間、フィルディス様は楽しく女性とお喋りしていたのか……。
とはいえ、私がアンネッタ様と共に『封印の間』に行ったことをフィルディス様は知らない。
心配をかけたくないからと、言わなかったのは自分だ。
よって、フィルディス様は全く悪くない。
ここで不満を抱くのは自分勝手が過ぎる。
楽しそうな二人の邪魔をしては悪い、立ち去るべきだ。
頭ではわかっているのに、笑い合う二人を見ていると、心の中のもやもやは膨れ上がるばかり。
「フィルディス様」
ついに理性が感情に負けて声をかけると、フィルディス様と女性は揃ってこちらを向いた。
「あら、リーリエ様。フィルディス様、さっきのお話、よろしければご検討くださいね。それでは、わたくしは失礼いたします」
女性は軽く一礼してドレスの裾を翻した。
罪悪感を覚えつつも、私はフィルディス様に歩み寄った。
「すみません、お話中にお邪魔して……今日は『精霊眼』をかけられていないんですね」
「ああ……ちょっとな。精霊たちの話を聞くのが辛くなってしまって」
フィルディス様は微苦笑を浮かべた。
「わかります。私も最初の頃は慣れるまで大変でしたから」
私はしみじみと頷いた。
こうしてフィルディス様と会話しているいまも、私の耳には絶えず精霊たちの声が聞こえている。
ただの環境音のように脳内処理できるまでは相応の時間と努力が必要だった。
「ところで、あの女性とどんなお話をされていたんですか?」
どうにも気になって尋ねる。
聞いては駄目なことだったら、フィルディス様は受け流してくださるはずだ。
「もうすぐ春を祝う祭りがあるだろう?」
「はい」
イリスフレーナでは日々さまざまな祭りや行事が行われているが、中でも四季を祝う四大祭りは特別だ。
春には『百花祭』、土の精霊が花を咲かせる。
夏には『炎舞祭』、火の精霊が夜空を彩る炎の舞を披露する。
秋には『収穫祭』、風の精霊が収穫を祝う歌声を響かせる。
そして冬には『雪輝祭』、水の精霊が氷と雪で像を作り上げて街のあちこちを飾る。
これらの祭りは人間と精霊の絆を深める大切な行事であり、国中の人々と精霊が一緒になって楽しむそうだ。
「一緒に行かないかと誘われた」
「えっ」
「彼女は王室御用達のバレル商会の娘で、王都で一番大きな武具屋を開いているらしい。付き合ってくれるなら精霊の力が込められた特別な剣をあげると言われた」
フィルディス様は現在剣を佩いてはいない。
いくら大聖女の知己といえど、さすがに軍人でもない者が王宮内で剣を下げるのは駄目だと言われたのだ。
しかし、剣士にとって剣は命。
たとえ持ち歩くことが許されずとも、貴重な剣なら欲しいに決まっている。
あの女性は剣士の心を動かす最も効果的な方法を知っていた。
「……行かれるんですか?」
不安になって、私は両手を握った。
一緒に祭りに行けば、あの積極的な女性は巧みな話術でフィルディス様の心を掴むだろう。さっきもフィルディス様は楽しそうだった。
「どうだろう。考えてみる。それより、おれに何か用事があるんじゃないのか?」
明答を避けられたことで不安がますます強くなるのを感じながら、私は答えた。
「実はさっき、アンネッタ様と共に『封印の間』に行ったのです。悪魔王の封印を確かなものにしてきました。あと百年は聖女が祈らずとも平和が続くはずです」




