26:偉業を成し遂げた後で(1)
「早速、リーリエ様の偉業を陛下に報告してきますわ。きっと素晴らしい褒美が授けられるに違いありません。どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。それでは、失礼いたします」
アンネッタ様は廊下で待機していたミラさんたちを引き連れ、上機嫌のまま去った。
近衛騎士らしく真顔を保っていたミラさんは一人振り返り、アンネッタ様からは死角となる位置で手を振った。
私も微笑んで手を振り返し、自分の部屋に向かって歩き出す。
『リーリエ、おかえりー』
『お疲れ様ー』
『どうだった? 悪魔王ってやっぱり怖い?』
回廊に出た途端、大勢の精霊たちがわらわらと集まってきた。
私が「危険だからここで待っていて」と言ったのだ。
悪魔王を封じたことを伝えると、精霊たちは口々に褒めてくれた。
けれど、すぐに精霊たちの話題は逸れていく。
『あっちにたくさんの本があったよー。隣の建物には絵とか像があった! 建物の中にも外にも、いっぱい人がいた! ここよりいっぱい!』
――そう、あなたは図書館と博物館に行ってきたのね。
王宮の外周区域は一般開放されていると聞いた。
宮廷魔導師たちが常時起動している守護結界に包まれ、騎士たちに厳重警備された王宮内よりは人が多いに決まっている。
『今日も本を読んでくれる?』
――いいわよ、何の本が良い?
私は夜になると、精霊たちのために本を読み聞かせることがあった。
難しい本だと知能の低い精霊たちがわからないと文句を言うので、大抵読むのは幼児向けの絵本だ。
私の周囲にいる精霊たちは私と感性が似ているらしく、物語の結末は大団円を望む。
特に、家族や周囲の人間から虐げられ、不幸だった貧しい少女が努力の末に素敵な王子様と結ばれるおとぎ話は全員から好評だった。
この子はリーリエに似てる、と言われたこともある。
『さっき城下町に行ったら、人間を乗せて大きな精霊が空を飛んでたの!』
――それは凄いわね。力ある精霊は実体化できるらしいから、その精霊はきっと大精霊なのでしょう。
脳内で精霊たちと会話をしながら足を進める。
すれ違った侍女や貴族たちは畏敬の籠った目で私を見つめた。
恭しく礼をしてくる相手には、落ち着きと気品をたたえた微笑みを返す。
表向きは完璧な聖女の振る舞いだ――けれど、その内心はというと。
――神話に出てくる悪魔王の封印を成し遂げるなんて、私って実は凄いのでは!?
などと浮かれていた。
もちろん、封印を成し遂げられたのは私一人の力ではない。
歴代の聖女たちの祈りあってこそだ。
それでも、私がイリスフレーナにしばらくの平和をもたらしたのは事実なので、少しくらいは自画自賛しても罰は当たらないはずだ。
きっとラザード様は私を褒めてくれるだろう。本当に褒美が貰えるかもしれない。
しかし、一番褒めてほしい人は別にいる。
「ねえ、あなたたち。フィルディス様を見なかった?」
私は声に出して尋ねた。
『フィルディスなら王宮の中庭にいたよ。綺麗な女の人とお喋りしてた』
「……そう」
声のトーンが落ち、軽かった足取りが通常へと戻る。
王宮に滞在し始めた初日からわかっていたことだけれど、フィルディス様は女性人気が高い。
それはエミリオ様も同じだ。
二人とも抜群の美形なので、注目の的になっていた。