25:悪魔王を封印しました
「アンネッタ王女を救ってくださり、誠にありがとうございました」
「よくぞイリスフレーナに来てくださった。リーリエ様はこの国の光となることでしょう」
「ぜひ一度、私の領地にもいらしてください。歓迎いたします」
「悪魔を祓い、王女を救ったリーリエ様の功績を詩にして広めようと思います!」
誰もが大げさなまでの感謝の言葉を投げかけた。
あなたこそ本物の聖女だと、素晴らしいと、王宮中の人たちが私を讃えてくれた。
――ただ見ているだけでは聖女として失格だ!
私は意を決して、アンネッタ様の傍に跪いた。
「リーリエ様、まだ体調は万全ではないでしょう? 無理をしてはいけません。ここはわたくしにお任せください。これはわたくしの務めですから」
アンネッタ様は戸惑ったような顔を向けてきた。
そもそも私がここにいるのは、ラザード様やアンネッタ様の意思ではない。
私自身が、悪魔王が封じられた結晶が見たいと我儘を言ったせいだ。
ラザード様は悪魔を祓えるほどの力を持つ大聖女の価値を十分に理解しながら、それでも私の体調を気遣い、無理せずゆっくり休むように言ってくれた。
倒れるまでこき使われたルミナスとは大違いだ。
だからこそ、私はこの国の人たちのために役に立ちたいと思う。
「ご心配ありがとうございます。しかし、もう大丈夫です。アンネッタ様が目の前で頑張っておられるのに、ただ見ているだけなどできません。どうか私にも祈らせてください」
「……わかりました。大聖女の力添えをいただけるなど、願ってもないことです。どうかよろしくお願い致します」
「はい」
私は目を閉じ、両手を組んだ。
今日の体調は万全。
この三日間、過剰なほど気を遣ってもらい、滋養のあるものをたっぷり食べさせてもらったおかげで、元気溌剌だ。
――だから、ありったけの神聖力を結晶にぶつける!!
瞬間、昨日聞いた悪魔の断末魔のような叫びが私の脳髄を揺さぶった。
「!!」
アンネッタ様は反射的な動きで両耳を押さえ、身を縮めた。
私の神聖力は結晶の中にいる悪魔王にもしっかり届いたようだ。
――よし、効いてる!
手応えを感じた私は、その勢いのまま神聖力を立て続けに放つ。
三度目の攻撃を加えた頃には、悪魔王の悲鳴は聞こえなくなっていた。
悲鳴を上げる元気を失ったのかもしれない。
「……す、凄い……」
耳を押さえていた手を下ろし、アンネッタ様は呆然としたように呟いた。
悪魔王が弱っている間に、私は結晶に絡みついている金色の糸に触れた。
物理的に指で触れたわけではない。ただ、意識として触れた。
一つ一つの糸をしっかりと撚り合わせ、束ね、さらに編み込んでいく。
芸術品のように細かく編み上げた糸で、私は結晶を硬く硬く縛り付けた。
――さあ、どうかしら?
実験結果を確認する科学者のような気分で目を開けると、結晶の表面から黒さが消えていた。
蠢いていた禍々しい模様も、もうどこにもない。
ただ、紅に煌めく巨大な結晶がそこにあるだけだった。
「……な……なんということでしょう。あれほど強かった悪魔王の気配を感じなくなりました。恐らくこれは、レムリア様が悪魔王を封印したときと同じ状態です。レムリア様は赤い水晶に悪魔王を封印したと文献に書いてあったのです……きっと、もう私の祈りは必要ありません……聖女の祈りが必要になるのは、少なくとも、あと百年は先ではないでしょうか……」
アンネッタ様は愕然としている。
「それは何よりです。私がレムリア様に匹敵するほどの強固な封印を成し遂げられたのは、死してなお悪魔王を封じようとする歴代の聖女たちの祈りがあったからです。私はただ、彼女たちの想いを、祈りを束ねただけ。この国に生きた聖女の皆さまは国を愛し、愛される素晴らしいお方だったのでしょうね。アンネッタ様を見ればわかります。私は他国から来た人間ですが、この国の平和が長く続くことを切に祈ります」
微笑むと、アンネッタ様はくしゃっと顔を歪め、感極まった様子で抱きついてきた。
「女神様ー!!!」
「私は女神ではありませんよ!?」




