22:私は負けない
「時間をください。アンネッタ様を蝕む呪いの力は強大です。慎重に、確実に解かなければなりません」
ラザード様は深く息をつき、絞り出すような声で言った。
「頼む……」
短いその言葉には、国王としてではなく、一人の父としての切実な祈りと懇願が込められていた。
「お任せください。しばらく私を一人にしてください。たとえ何があろうと部屋に入ってこないでください」
「わかった。出るぞ、皆」
ラザード様たちは退室したけれど、フィルディス様とエミリオ様はその場から動かなかった。
「……頑張って。としか言えないのが歯がゆいね」
エミリオ様は何ともいえない表情で苦笑した。
「おれは部屋の外にいるから。何かあったらすぐに呼んでくれ」
「はい。頼りにしています」
微笑むと、フィルディス様は頷いた。
「ほら、行くぞお前たち。駄々をこねるな。リーリエを困らせるだけだ」
フィルディス様は渋る精霊たちを引き連れて部屋を出た。
扉が閉まる音。
これで私は意識のないアンネッタ様と二人きりになった。
――さあ、ここからが勝負。
オルゴールを見据えて深呼吸する。
両手を組み、神聖力を解き放つ。
まっすぐに放たれた金色の光はオルゴールにぶつかり、弾けた。
その瞬間、堪らぬとばかりにオルゴールに憑いていた悪魔が悲鳴を上げた。
オルゴールから赤黒い靄のようなものが噴き上がり、空中で固まっていく。
やがて形を成したそれは、ダニと蜘蛛を足して割ったような、不気味な姿をしていた。
悪魔は全身から邪気をまき散らしている。
やはりこの悪魔がアンネッタ様を蝕む呪いの根源だ。
私は続けて神聖力を放ち、悪魔を空中で拘束した。
対抗するように、悪魔は凶悪な邪気を放った。
「っ……ぐ……!」
まるで血の気を吸い取られるような――否、魂そのものが削られていくような感覚。
とても立っていられず、私は絨毯に座り込んで身体を丸めた。
それでも悪魔の拘束が解けなかったのは、ひとえに気力によるものだ。
悪魔を野放しにしてしまっては、また悲劇が繰り返されてしまう。
「う、うぅ……」
見えない大きな手で握り潰されているかのように、胸が苦しい。
呼吸をしようとしても空気が喉を通らない。
必死に息を吸おうともがくたび、悪寒が全身を駆け巡った。
皮膚が――痒い。痛い。爪を立てて掻きむしりたい衝動に駆られる。
無数の虫が這い回っているかのような不快感に、吐き気がこみ上げてくる。
冷や汗が噴き出し、全身をべったりと覆っている。
それなのに、体温は容赦なく上がり続けている気がする。
焼けるように熱いのに、骨の芯まで凍えるような寒さ――相反する感覚が身体を引き裂いていくようだ。
悍ましい邪気が私を侵し、五感を奪っていく。
まるで底なし沼に引きずり込まれていくように、意識が闇の底へと沈み込んでいく。
霞む視界の中で、アンネッタ様は寝台に横たわったまま動かない。
私は彼女を助けるためにここに来たのに。
お任せください、なんて大見得を切っておいて、結局、助けられないのか。
私では力不足だったのか。
私もアンネッタ様のようになってしまうのか。
私は――私は……。
――大丈夫。リーリエならできるよ。
フィルディス様の言葉が蘇り、私はカッと目を開けた。
「……私はっ……負けない……!」
負けて堪るものか、という強烈な意思が腹の底から湧き上がってくる。
ラザード様とシルヴィア様は私に礼を尽くし、「どうかアンネッタを頼む」と頭を下げた。
ラザード様たちだけではない。
皆が私に期待している。
私は期待に応えたい。
そのためには、呑気に倒れてなどいられない……!!
苦痛にあえぎながらも、私は手をついて上体を起こした。
そして、震える手をもう一度組み直し、全身全霊で神聖力を放った。