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虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~  作者: 星名柚花


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20/55

20:あなたと同じ世界を

「ミラさん」

 私は涙を拭い去り、しっかりとした声で呼びかけた。


「……はい」

 いままで俯いていたミラさんが顔を上げる。


「正直に言って、私に悪魔王の呪いが祓えるかどうかはわかりません。けれど、出来る限りを尽くします」

「ありがとうございます! よろしくお願いいたします!!」

 ミラさんは勢いよく頭を下げた。

 この反応には、私のほうが戸惑ってしまった。


「……浄化できます、と断言したわけではないのに。こんな曖昧な返事で良かったのでしょうか」

「もちろんですよ。むしろ、安請け合いしないからこそ信頼できます。リーリエ様は私たちの望みを託すに相応しいお方だと確信しました」

 ミラさんはニコニコしている。


「……そう言われると頑張らざるを得ませんね。期待に添えられたら良いのですが……努力します」

 頬を掻き、小声で言う。


「申し訳ありません、いまなんと仰いましたか? 精霊たちの声のせいで聞こえなくて」

 ミラさんはずいっと顔を近づけてきた。


「ああ、いえ、努力しますと言っただけです。お気になさらず」

 慌てて手を振ると、ミラさんは身体を引いた。


「そうですか。……ねえあなたたち、悪いけれどちょっと黙っててもらえないかしら。いま大事なお話中なのよ」

 精霊たちが発する騒音に耐えられなくなったらしく、ミラさんは顔をしかめて虚空を睨んだ。

 彼女の視線の先には七体の精霊たち。

 あの精霊たちはミラさんが馬車に入ってきたときから、空気を全く読まずに手と手を取り合い、歌いながら踊り呆けている。

 どうやらあの精霊たちが発する歌声に邪魔されて、私の声が聞こえなかったようだ。


 こんなに大勢の精霊たちがいると、精霊たちが発する声は大量の情報として一気に頭の中に流れてくるため、瞬時の取捨選択が求められる。

 それは一種の特殊技能と言えるかもしれない。

 聞こえてくる全ての声にいちいち耳を傾けていたら情報を処理しきれず、頭がパンクしてしまう。

 必要のない声は雑音として聞き流す。それが身を護る術だ。


 私はもう慣れたものだけれど、ミラさんはここまで大勢の精霊たちに囲まれた経験はないらしい。

 眉間に刻まれた深い皺が、情報の処理に苦戦中だと語っていた。


「こっちは真面目に懇願してるっていうのに、あなたたちときたら、調子外れな歌を歌って踊って騒いで。おかげで雰囲気ぶち壊し、真顔を保つのも苦労するのよ――ああ、わかった、わかったからいっぺんに喋らないで! 喋るなら内容を整理して、一人ずつ喋って! 耳が痛い。頭が混乱する……うう。よくこんな騒音の中、リーリエ様は平気でいられますね……大変じゃないですか……?」

 ミラさんは両手で頭を抱え、情けない顔を私に向けてきた。


「いまはもう慣れました。でも、聖女として覚醒した最初の一週間は、ひっきりなしに囁きかけてくる精霊たちの声でノイローゼになりそうでしたよ」

 苦笑する。

 慣れるまでのあの日々は、あまり思い出したくない記憶だ。

 夢の中でさえ魘された。


「ですよね!? こんな大勢の精霊たちにいっぺんに話しかけられたら誰だって気が狂いますよ! よくぞこれまで正気を保ち、イリスフレーナに来てくださいました!」

 ミラさんは再び身を乗り出して私の手を握り、激しく上下に振った。

 薄々わかっていたことだけど、ミラさんは随分と感情豊かな女性らしい。


「フィルディス様もエミリオ様もよくこの騒音の中で平然とされておられますね! さすがは大聖女様のお連れ様! なんという鋼の精神なのでしょう! その山の如き不動の落ち着き、見習わせていただきます!」

 ミラさんは私から手を離した。

 きりっとした表情を作って膝の上で両手を揃え、姿勢を正す。


「いや、誤解しないでくれ。おれたちにはそもそも精霊の声が聞こえてないんだ。姿も見えてない。存在そのものが認識できないんだ」

「イリスフレーナの人たちは生まれつき精霊と共にあることが当たり前らしいけどさ。ルミナスでは違うんだよ。有形精霊と交信できるのは聖女だけ」

 フィルディス様たちの言葉を受けて、ミラさんは「ああ!」と声を上げた。


「そうでしたそうでした! イリスフレーナが特別なんでしたね! 忘れてました! では、イリスフレーナに着いたらお二人に『精霊眼』をお渡ししますね!」

「『精霊眼』?」

 聞いたことのない単語だ。

 エミリオ様もミラさんの隣で不思議そうな顔をしている。


「眼鏡の形をした魔法道具です。『精霊眼』を装着すれば、誰でも精霊を認識できるようになるんですよ。ちなみに開発したのは私の曽祖父です。何を隠そう、その功績によってイルダ家は男爵位を授けられたのです。いまでは子爵になりましたけどね」

 ミラさんは腰に片手を当て、得意げに胸を張った。


「そんな便利な魔法道具があるんですか!?」

 私が歓喜する一方、エミリオ様は顎に手を当てて呟いた。


「ふうん。ぼくたちにも見えるようになるのか。じゃあ、リーリエが虚空を見つめてブツブツ独り言を言ったり、夜中に一人で笑ってる姿を見て『こわ……』とか思わなくて済むようになるんだね。良かった」

「そんなこと思ってたんですか!?」

 地味にショックを受けてしまい、声が裏返った。


「遠慮せずいま何をしているのか聞いてくださればよかったのに……精霊が何を言っているかもちゃんと通訳しましたのに……」

 さっきとは違う意味で泣きそうだ。

 エミリオ様の目に、ただの不審者として映っていたなんて悲しすぎる。


「気にしなくていいよ。多少本音が混ざってるかもしれないけど、それ以上にエミリオはリーリエをからかって楽しんでるだけだ」

 フィルディス様は私の腕を軽く叩いて笑った。


「これで同じ世界を共有できるな。楽しみだ」

「……はい。私もです」

 私は気持ちを切り替え、笑い返した。

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