13:心と忠誠を君に捧ぐ
「……あの伝え方じゃ駄目だったか。弱ったリーリエにつけこむようなことはしたくないと思って気持ちを抑えたのが仇になったな」
フィルディス様は苦笑して、そっと私の頬に触れた。
「心に決めた人っていうのはリーリエのことだよ。出会ったときからずっと、おれはリーリエのことが好きだった」
射るような強い眼差しを向けられ、大きく心臓が跳ねた。
海を思わせる青い瞳に私が映っている。――私だけが。
美しい瞳に囚われたような心地で、私は身じろぎ一つできず、続く彼の言葉に耳を傾けた。
「二年前の戦場では毎日のように人が死んだ。あの地獄のような戦場で、それでもリーリエは笑顔を忘れなかった。辛いときでも人を励まし、献身的に人に尽くした。聖女という言葉の意味を初めて知ったよ。あまりにも美しくて、惹かれずにはいられなかった。気づけばいつもリーリエを探している自分がいた。おれもリーリエに恥じないような男になりたいと思った。高潔な騎士になって、正義のために、人のために剣を振るうと己に誓った。でも……」
フィルディス様はそこまで言って口をつぐみ、手を下ろして目を伏せた。
「今日のは駄目だとエミリオに怒られたよ。人助けは良いが、それでお前が死んでどうするんだって。お前はもう騎士じゃないんだから身体を張って見知らぬ他人の命を守る義務はない、お前が死んだら誰がリーリエを守るんだって。ぼくはお前に頼まれたから同行してやってるだけでリーリエの面倒を見る義理はない、甘えるなってきっぱり言われた。目が覚めたよ。心のどこかで『おれが死んでもエミリオがいるから大丈夫』だなんて思ってたけど、そんなわけがなかった。おれは馬鹿だ。一人で勝手に突っ走って、一番泣かせたくない人を泣かせてしまった。本当に、反省してる。あんな風に泣かせてごめん」
フィルディス様は許しを乞うように私を見つめ、私の手を握った。
私はフィルディス様の手を握り返した。許します、の意思を込めて。
「シーナさんを助けたフィルディス様は立派です。でも、次はちゃんと、ご自分の命も守ってくださいね」
「ああ。気をつける」
「……と言いつつ、似たようなことがあればまた一人で突撃されそうですよね……」
簡単に想像できてしまい、私は微苦笑を漏らした。
「そうだな。多分おれは一人だと暴走する。騎士として染み付いた癖が抜けず、他人のために自分の命を賭けようとすると思う。おれには制御役が必要だ。だから、これからはリーリエがおれの主になってくれないか?」
「主、ですか? それは、ええと……どうやって? フィルディス様の肩を剣で叩いて、騎士叙勲の真似事でもすればよいのでしょうか?」
「いや、形式的な儀式は必要ない。ただ、おれを自分のものだと、自分だけの騎士だと認めてくれればいい。リーリエが主となってくれるなら、おれの忠誠と剣はリーリエに捧ぐよ。どんなときでも最優先で守ると誓う」
低く透き通った声が、私の鼓膜を震わせる。
「……もう一人で突撃しない。私を置いて死なないと約束してくれますか?」
もう二度とあんな光景を見なくて済むのなら、主でも何にでもなりたい。
「死んだらリーリエを守れないからな。絶対に勝てる、その確信がない相手とは戦わない。どうしても戦わなければならない場合は事前にリーリエの許可を取るよ。今度は勝手に傍を離れたりしない。約束する」
「……本当に、私で良いのですか?」
最終確認のつもりで問う。
「リーリエ『が』いいんだよ。他の人間にこんなことを言ったりしない。おれが心から愛し、仕えたいのはリーリエだけだ」
甘い言葉に、頬が熱を帯びた。
「……わかりました。どうか私の騎士になってください、フィルディス様。これからも私の傍にいて。いついかなるときも私を守ってください」
「もちろん。命をかけてリーリエを守ると誓うよ」
フィルディス様は私の左手にキスを落とした。




