12:どうにも落ち着かない
どうにも落ち着かず、精霊たちに「しばらく一人にしてほしい」と頼んで私は部屋を出た。
洒落た形の照明が吊り下がる廊下を進み、フィルディス様の部屋の前で立ち止まる。
……眠っておられたらどうしよう。
やっぱり明日にするべき?
夜に異性の部屋を訪れるなんてはしたないと思われるかしら……。
部屋の前まで来ておきながら、この期に及んであれこれ悩んでいると、唐突に目前の扉が開いた。
びくっと肩を跳ねさせるのと同時、黒の部屋着に身を包んだフィルディス様が出てきた。
私は一言も発していないけれど、気配で気づいたのだろう。
フィルディス様は異様に勘が鋭い。
さすがは元・《剣聖》様と言うべきか、ほんのわずかな衣擦れの音でも聞き逃さない。
「誰かと思ったら。どうしたんだ?」
フィルディス様は不思議そうな顔をしている。
迷惑がられてはいない……と思いたい。
「こ、こんばんは、フィルディス様。その、少しお話したいと思いまして。お邪魔しても良いでしょうか? お嫌でしたら階段横の休憩スペースにでも……」
「嫌なわけないだろ。リーリエならいつでも大歓迎だよ。どうぞ」
フィルディス様は温かく私を招いてくれた。
「お邪魔します」
勧められるまま、私はテーブルを挟んで彼の向かいの長椅子に座った。
螺鈿細工が施されたテーブルにはお菓子やフルーツの乗った籠があった。
彼もいくつか食べたらしく、お菓子の包みが減っている。
「お茶でも淹れようか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
「そうか。じゃあ、話って?」
「まずはお詫びします。さきほど私は精霊に聞いてしまいました。フィルディス様がシーナさんに告白された、と」
「え」
精霊が盗み聞きしていたとは思わなかったらしく、フィルディス様は蒼い目を丸くした。
「申し訳ございません。いくら旅を共にする仲間とはいえ、個人的な物事に介入するのはマナー違反です。ここはあえて知らないふりを貫くべきなのでしょう。わかってはいるのですけれど……どうしても気になってしまって……このままでは眠れそうになくて……」
俯いて身を縮める。
恥ずかしくて、フィルディス様の顔を見ていられない。
「もちろん、シーナさんの告白にどう答えるかはフィルディス様の自由です。フィルディス様がシーナさんと共に居たい、ソネットに留まりたいというのなら無理に引き止めることはしません。たとえフィルディス様がどのような選択をしようと受け入れますので、そこはご安心くだ――」
「……意外と脈ありかも……」
言い訳のように早口で言葉を並べ立てていると、フィルディス様が何か言った。
しかし、彼の台詞は私の台詞と被っていて、全く聞き取れなかった。
「いまなんと仰いました? すみません、聞き取れなくて」
「いや、なんでもない。ただの独り言だ」
フィルディス様はごまかして立ち上がり、何故か私の傍に腰を下ろした。
柔らかいソファが彼の体重で沈み、少しだけ身体が傾き、その拍子に肩が触れ合った。
「シーナの告白は断ったよ。『おれには心に決めた人がいる』って言ったら、シーナも納得してくれた」
「……そうなんですか」
安堵する一方で、気になった。
心に決めた人とは誰のことなのだろう。
「あの。心に決めた人がいるのなら、この先の旅に付き合わせてしまうのは申し訳ないような……」
《聖紋》は戻ったけれど、私はこのままイリスフレーナに行くつもりでいた。
精霊王国と謳われる国に憧れる気持ちはいまも変わっていない。
むしろ、精霊が見えるようになったからこそ、どんな精霊がいるのか気になるし、人々がどんなふうに精霊と関わっているのか知りたい。
一番気になるのは精霊との契約だ。
契約とは、一体どんなことをするのだろう。