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第9話

「今年も来たわね……」


 私の手ある綺麗な刺繍が施された白い封筒には、王家の封蝋が押されている。


 ついに来てしまったのだ。舞踏会シーズンが。


 舞踏会シーズンは最初に開かれる王家の舞踏会から始まるのが慣わしだ。貴族全部の家に招待状が届き、よほどのことがない限り欠席するなど許されない。


 一昨年デビュタントを迎えた私は去年父と共に参加したのだが、その煌びやかな会場で踊る陽キャの空間にもう喪女には耐えられなかった。


 常に笑顔を絶やさず、噂を種を探し、上位貴族の家のお近づきになろうと媚を売る貴族たちが怖かった。

 

 まぁ、下位貴族の男爵家に近寄ろうとする人なんていないから父と楽しく料理を楽しんだのだけれど。


 ただ、ユーリ殿下に声をかけられた時は周りの殿下を狙う淑女たちの鋭い目が一気に私に集まって、その時の恐怖は一生忘れないだろう。


(またあれがあるのかぁ……)

「お、届いたか招待状」


 はぁ、と深くため息を吐いて朝食を口にしているとハンスが遅れて現れて食卓につく。うちに招待状が届いたということはハンスの実家の伯爵家にも当然届いているだろう。


「今年のパートナーは決まったのか?」

「ううん。去年はお父様と行ったから今年もかなぁ」


 婚約者のいない子息令嬢は家族と参加することになっている。一人で行けば笑い物になり貴族の暇つぶしの種になるからだ。本当怖い貴族社会。


「なら俺と行くか?」

「ハンスと?」

「そ。俺も相手いないし。去年は母方の従姉に捕まったんだけど、そいつにも相手が見つかってお役御免ってわけ」


 ハンスは頬杖をついて「な?」と笑いかけてくる。確かにハンスなら気を使う必要もないし、足を踏んでも恐ろしくない。それにいつまでも父親同伴というのも恥ずかしい。


「ならお願いしようかな」

「よし!じゃあドレス楽しみにしてるからな」


 ハンスの言葉に言葉に詰まる。ドレス、どうしよう……。




 ◇◇◇




 ドレスどれを着ようかと悩んでいた私に父が「ドレス新しく買おう」と言ってくれて、それならうちの御用達のデザイナーに作らせようとハンスが言い出した。


 オーダーメイドのドレスなんてバカ高いから「既存のでいいから!」と止めたのだけど、パートナーとしてエスコートする記念に贈らせてくれと言われてしまってはもう断ることはできなかった。


 張り切るハンスによって私が付け入る隙もなく出来上がったのはオレンジ色のドレス。アクセントで白のフリルがついていて、すごく可愛い。


「お、似合ってるな」


 準備が終わったタイミングでハンスが部屋に入ってきてドレス姿を上から下までじっくり見てくる。なんだかすごく恥ずかしいんだけど……。


 そんな彼の胸元のタイは私のドレスに合わせてオレンジ色。私が見ていることに気づいたハンスはきゅっとタイを締め直してウインクを飛ばしてきた。


「恋人みたいだろ?」

「……バカップルって思われるわよ」


 前世でもお揃いの格好をしているカップルを見るたびにバカップルだなぁ、なんて思っていたけど、まさか自分がすることになるとは。呆れる私にハンスは笑って私の手をとって馬車へと乗り込んだ。





 王城に着き、ハンスの腕と取って登城する。いつも来ているの入る場所が違うだけでこんなにも緊張するものなのか。無意識にハンスの腕に回す手に力が入る。


 舞踏会が行われる大広間への道を歩いていると、警備に当たっている騎士の中にダヴィの姿を見つけた。あちらも気づいたのが目が合い、小さく手を振るとダヴィは口角を上げて微笑んでくれる。


 こういう場所で見るとダヴィがすごくかっこ良い騎士に見えるな。


「あれ、あいつ……」

「この前一緒に出かけた後輩の子だよ。騎士になったの」

「ああ……」


 城下で会った時はダヴィが私服だったのでハンスはすぐに気づけなかったらしい。


 ハンスがダヴィに目線を向けるとそれに気づいたダヴィもハンスを見る。その間で火花が散ったように見えたのは気のせいだろうか。



 大広間に入るとすでに大勢の貴族が談笑していて、入ってきた私たちに視線が集まる。


 油断してはならないと背中に手に力が入ると「俺がいるから大丈夫だ」とハンスの安心する声が聞こえてほっと緊張が緩む。


 それから知人への挨拶回りが始まる。ずっと笑顔でいないといけないからこれが一番面倒なのだ。


 それにしてもハンスは顔が広いのか色んな人に声をかけられる。ハンスがそつなく言葉を交わしている間、父親と挨拶にきた令嬢が隣に立つ私を見て「なんだこいつは」といった品定めの視線を向けてくるので私は頑張って笑顔を貼り付けてやり過ごした。



 挨拶回りもひと段落ついた頃。わっと会場から拍手が上がり、顔を向けると国王両陛下、そしてユーリ殿下とクリス殿下が現れる。


 いつもとは違う王族の正装をして皆に手を振っている姿に、殿下は遠い存在なのだと実感した。いつも気さくに接してくれているから忘れていたけれど、普通なら私なんかが話しかけて良い方じゃないのだ。


 知らぬうちに落ち込んでいると、広間を流れる演奏が変わっていることに気づいた。皆がパートナーと曲に合わせて踊り出す。


 ダンスなんて踊りなれていないから、失態を晒さないようにハンスにダンスの練習に付き合ってもらっていた。そのおかげか彼の足を踏むこともなく何とか踊りきる。


 ふう、と胸を撫で下ろしているとハンスを狙っていた淑女たちが「ハンス様、踊ってください!」と彼を取り囲む。ついでに私に牽制の視線を送って。


「ハンス、私ちょっと休んでる」

「あ、ああ。悪いな」


 ハンスに声をかけて彼女たちに笑みを送り、ウエイターから飲み物をもらって壁の端に避難して踊るハンスを眺めていると、チラチラとこちらを見てくる男性たちの視線にきづいた。


 確かに見た目は美少女の私だが、中身はこれなので話しかけられてもまともに話せないわ。と逃げるようにバルコニーに移動する。


 中は人の熱気で暑く、涼しい風が熱った体を冷やしていく。バルコニーから見える夜の庭園を一人眺めている。


「こんばんは、レディ。良い夜ですね」


 後ろから男性に声をかけられて肩が跳ねる。笑顔、笑顔……。


 私は指で口角を上げて笑顔を貼り付けて振り返り、話しかけてきた男性の顔を見て「へっ」と間抜けな声が出てしまった。


「ゆ、ユーリ殿下……!」

「こんなところに一人でいると危ないだろう、アニエス」

「大丈夫ですよ。私に声をかける人なんていませんし」

「現にここにいるじゃないか」


 困ったように笑う殿下は私の隣に立って顔を覗いてくる。格好もだが、いつもと雰囲気が違って心臓がドキドキしている。


 風が吹いて隣から殿下の香水とともにお酒の匂いが漂ってきた。


「殿下、結構お酒飲まれてます?」

「ん?ああ、付き合いでな。酔い覚ましに風に当たってくると逃げてきたんだ」


 ふう、と殿下は息を吐きながら胸元を緩める。酔っていることもあって普段は感じない大人の色香に、なんだか見てはいけないものを見てしまった気になって慌てて顔を背けると髪が揺れた。


「これ、付けてきてくれたのか」


 これとは髪を飾る髪飾りのことだと分かり顔を殿下のほうへと戻す。ドレスに白も入っていることだし贈っていただいたこのバレッタも合うだろうと侍女に付けてもらったのだ。


「はい。ドレスに合わせるのは初めてなんですが似合ってますか?」

「ああ。すごく似合っている。今日来ている女性の中で一番綺麗だ」


 殿下は愛おしいものを見るかのように目を細めて言い過ぎなぐらいに真っ直ぐ褒めてくるものだから、「あ、ありがとうございます……」と俯きながらお礼を言う。この赤い顔が殿下に見えていないことを祈るしかない。


「そういえば今日は男爵と来ているのではないのだな」

「え?あ、はい、先日お店で紹介した従兄と。お互い相手がいないのでちょうどいいなってことになりまして」

「そうか、彼か……」


 殿下はさっきまでと違い眉間に皺を寄せて私の髪をクルクルと弄ぶ。「どうかしましたか?」と聞くと殿下は苦笑いを浮かべる。


「いや……君が他の男と一緒にいるというのはどうも落ち着かなくてな」

「え?」


 どういう意味かと目を向ければ殿下は真剣な顔でこちらをじっと見つめてくる。手すりに手を乗せる私の手に殿下の手が重なり、熱の籠った瞳に見つめられると目を逸らすことができなくて時間が止まったかのように見つめ合っていると。


「アニエス!」


 大声で呼ばれて慌てて振り返れば、いつからいたのか怖い顔をしたハンスが立っていた。ハンスは私たちに近づいて殿下に頭を下げる。


「お話しに割り込んでしまい申し訳ありません殿下。そろそろ私たちはお暇をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」

「……ああ、もうこんな時間だのな。アニエス嬢、引き留めて悪かった。気をつけて帰りなさい」

「は、はい……失礼いたしますユーリ殿下」


 殿下に背中を押され、慌ててお辞儀をしてハンスの元に駆け寄る。去り際、振り返ると殿下は何か言いたそうな、そんな表情でこちらを見ていて私の心臓はドクンと音を立てる。



 馬車にハンスと乗り込んで動き出す景色を眺めていたが、私の頭は殿下のあの言葉が離れなくて私の心臓は帰り着いても落ち着くことはなかった。


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