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第8話

「ただいまー」


 殿下に家の前まで送ってもらい屋敷に入ると、侍女たちが慌てて出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ。お早いお帰りですね」

「殿下に急用ができたの。お父様達はまだ?」

「はい。予定通り二日後に帰られるはずです。旦那様方にご連絡しますか?」

「ううん、大丈夫。ゆっくり過ごしたいだろうし」

「畏まりました。それとご不在の間にお嬢様宛にお手紙が届いております」

「ありがとう」


 手紙を受け取って部屋戻って差出人を確認するとダヴィからだった。何だろうとペーパーナイフで封を開けると、内容は明日に騎士団のトーナメント大会があるから予定が合えば見に来てほしいというものだった。


 最近ダヴィが忙しそうでお話しすることができなかったから私の休暇の予定を知らなかったのだろう。タイミングよく戻れて良かった。


 手紙にはこの大会で見習いは外れるらしく、トーナメントの結果次第では将来部隊長を任されるらしく、文字からはダヴィのやる気が伝わってくる。


 これは絶対観に行かねばと、私はすぐにダヴィに返事の手紙を書いた。




◇◇◇




「勝者! ダヴィット・フィールド!」


 審判の声が会場に響き、観客の歓声が沸き立つ。大勢の観客の中で私も大きく拍手を送る。


 ダヴィは対戦相手に深々と頭を下げて控室に戻っていくのが見えたので、私は席を立ってダヴィの元へと向かった。控室をノックするとドアを開けたダヴィは嬉しそうに笑って招き入れてくれる。


「見に来てくれてありがとうございます!」

「当たり前じゃない! 大事な後輩の舞台だもん」

「…………大事な後輩、か」

「?」


 ダヴィの顔に影が落ちたように見えて首を傾げると彼は横に首を振った。さっきの試合で少し疲れているのかもしれない。


「次の試合勝ったら決勝に上がれるんです。そしたら冬に試合があって。それにも来てくれますか?」

「もちろん! 大きな応援旗でも作ろうか」

「いえ、それは恥ずかしいので……それでもし、勝てたら、その時は……」

「……ダヴィ?」


 珍しく言葉を詰まらせ俯く彼に、やはりどこか調子悪いのだろうかと声をかけようとしたその時。


『皆様長らくお待たせいたしました! これより準決勝を始めさせていただきます!』


 天井のスピーカーからダヴィと相手の名前が呼ばれ、ダヴィは短く息を吐いていつもの顔になる。


「この続きはまた後で!」

「? うん。頑張って!」

「はい! 行ってきます!」


 ダヴィは拳を力強く握ってステージへと走っていく。私はその背中を見送り、ステージ近くの出入り口から彼を見守る。


『それでは、準決勝試合開始!』


 審判の声でゴングが鳴り、歓声が上がる。ステージの二人は剣を打ち合うが、ダヴィは相手の剣を防ぐことに精一杯といった感じで攻撃に出れていないように見える。


 体格差もあり完全に押し負けているように見えて、ダヴィの顔にも焦りが見える。


「こりゃダヴィの奴、難しいかもな」


 と近くにいた警備の騎士が呟いたのが耳に入り、それがとても悔しくて私は大きく息を吸い、


「ダヴィットーー! がんばれーーー!!」


 私は全部の息を使って大声で叫ぶ。すると側にいた騎士達は突然大声を出した私にギョッとしたのが分かった。


 頑張って大きな声を出したけど、広い会場の大勢の歓声の中では私の声など掻き消えてしまったかもしれない。


 その時、ダヴィは後ろに大きく下がって全速力で相手へと突っ走る。一直線の動きに「そりゃダメだ」と騎士の声に私は手をギュッと握った。


 相手は大きく剣を振り上げて突っ込んでくるダヴィ目がけて振り下ろす瞬間、ダヴィは直前に目にも止まらぬ速さで右に避けた。


 その速さに相手の剣は止まることができずダヴィに当たることはなく振り下ろされ、ダヴィの剣は相手の腹部の鎧に当たっていた。



『決勝進出はダヴィット・フィールド!!』



 審判の声に会場は今日一番の歓声が上がった。


 ダヴィが相手に頭を下げてこちらに向かってくる。騎士は彼の頭をグシャリと撫でて「よくやったな!」と褒めるとダヴィはお礼を言って私のほうへフラリと向かってくるので腕を広げて抱きしめる。


 ダヴィも私の背中に腕を回してギュッと強く抱く。久しぶりに抱きしめる彼の体は学生時代から立派に成長していて、男の子から男の人になっているのだと実感した。


「お疲れ様。決勝進出おめでとう!」

「……先輩」

「ん?」

「先輩の声、聞こえましたよ」


 ダヴィの言葉に目を丸くする。あれだけの人の歓声の中で私の声が彼にはちゃんと届いてくれていた。そしてそれが彼の活力になってくれたのだと知ってこんなに嬉しいことはない。私は鼻がツンとしたけどなんとか我慢する。


「……そっか。良かった!」


 私は照れ隠しに思い切り彼の背中を叩くと「痛いです先輩」と文句を言われてしまった。私たちは笑いあって体を離すと、ダヴィは真剣な顔で私を見てくる。


「さっきの続きなんですけど」

「うん」

「決勝戦が終わった後、時間をくれませんか。話したいことがあるんです」

「話したいこと? 今じゃダメなの?」

「はい……まだ心の準備ができてないので。先輩にかっこいいところを見せて話したい」

「? 分かった。そこまで言うんだからちゃんと勝ってよ」

「はい。絶対勝ちます」


 力強く頷く彼の顔はどこか覚悟の決まった男の人の顔をしていた。


 よし、と私は拳をダヴィのほうへ出すと、ダヴィは驚いた顔してすぐに嬉しそうに彼も拳を前に出す。


 それは学院の剣術クラブで教えられた、試合の前の士気を高めるために仲の良い者同士で行うという伝統のやり方。


「頑張れダヴィット・フィールド!」

「はい!」


 私たちは力強くお互いの拳をぶつけ合った。



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