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第20話

 あれからユーリ殿下とは何も変わらず、上司と部下の関係の日々が流れていた。


 これが当たり前なことなのに。そう理解しようとしても、想いが通った夜のことを私はずっと引きずっている。





「アニエス。今夜の夜会に私の代理で行ってもらえないか」


 仕事が休みの今日、いつもとは違ってゆっくり食べていると一緒に食べていた父に唐突にそう言われた。


 今日は出かけず溜まっている本を消化しようと思っていたから用事はない。


「大丈夫ですけど」

「ありがとう。私もハンスもどうしても外せない用事ができてしまってね。主宰には私から連絡をしておくからよろしく頼んだよ」

「はい」


 今夜開かれる夜会の主催者は父の昔からの友人で私も良くしてもらっていた。久しぶりに会えるのが楽しみだった。




 ◇◇◇




 侍女たちに準備をしてもらい夜会の会場に入る。舞踏会とは違って夜会は大人の場所って感じがしてドキドキする。


 周りを見渡すと他の人と話している主宰を見つけて、話終えたタイミングで声をかける。


「こんばんわ子爵様。父が来れなくなってしまい申し訳ありません」

「おお! 久しぶりだねアニエス嬢。彼とは時々会って酒を飲んでいるから気にしなくていい。是非とも夜会を楽しんでくれ」

「はい。ありがとうございます」


 子爵は他の人に声をかけられて、私の肩をぽんと叩いて去っていた。


 とりあえず今日の目的は済んだとほっと肩を撫で下ろし、用意されている飲み物を手に取って部屋の隅に移動する。


 元喪女にはこのキラキラとしたこの世界はきつい。みんな煌びやかに着飾っているなぁ。お金かかってそう。


 誰にも声をかけられないように影を薄くして終わったらさっさと帰ろう。


 同じ年頃の令嬢たちは一生懸命に未来の旦那を見つけようと頑張っているのにこの差は何なんだろうか。まあ、私は結婚はする気はないけど。


――そう思ってたんだけどなぁ。一人の男性が心に棲みついてしまったおかげでぽっかり穴が空いてしまって寒い。


(殿下、今頃何してるのかなぁ……)


 一人お酒でも嗜んでいそう。それとも神様の力で殿下も新しい女性と出会って楽しいひとときを過ごしているのだろうか。


 そんなことを考えて心臓がズキンズキンと突き刺すように痛み出す。神様の提示した期限まであと半年以上ある。それまでずっとこの痛みを感じなきゃいけないのか。


 はぁ、と憂鬱な気持ちを吐き出した時、会場がざわっと騒いだ。


「クリス殿下よ!」


(えっ)


 黄色い声を上げる淑女たちの声に顔を上げると、そこには確かにクリス殿下が主宰の子爵と会話をしていた。


 彼がこの場にいることに驚いた。彼はあまりこういう煌びやかな場所を好まないと作中でヒロインにそう話していたからだ。



――ヒロインはヒーローと、あるべき姿へ。



 神様のあの言葉が脳裏に浮かぶ。もしかしてこれも神様の力なのだろうか。父とハンスが来れなくなったのも彼と出会わせるため? 神様の力、最強すぎない?


 本当に大変な存在に目をつけられてしまった……


 私は少しでも抵抗しようと壁の柱に隠れて息を潜めていたのだけれど、これも彼の力なのか頬を染めている女性たちに囲まれていたクリス殿下が私に気づいてこちらに近づいてきた。


「そんなところで何をしている」

「え、いや、その……ここが落ち着くので……」

「……そうか」


 殿下は明らかに変な女を見るような視線を向けてきたので愛想笑いをする。


 そして何を思ったのか、殿下は私の隣に立って動こうとしない。彼を囲っていた淑女たちの視線が突き刺さって痛いのですが。


「あ、あのクリス殿下?」

「なんだ」

「せっかく来られたんですから皆様とお話しされてはいかがですか? 殿下のことお待ちしているようだし」


 ね、と微笑みながら心の中で早くどっかいけと念じたのだが、殿下は私をチラッと見てグラスに口をつける。


「構わない」


(私が構いますけどー!)


 そう思っても口に出せるはずもなく、「そうですか……」と私も彼女たちの視線を浴びながら飲み物を口に運んだ。


 学院時代は会話どころか挨拶も避けていたというのにこのイベントは一体何なんだろうか。


 これも神様の仕業なんだろうなぁ、と横目で彼を盗み見る。端正な顔立ちは王族の血筋なのだろう。あ、鼻のラインがユーリ殿下と似てる。


 社交的なユーリ殿下と違って彼は冷たい雰囲気があるためヒロインも最初は怖がっていたが、彼が優しい心の持ち主なのだと気づいてだんだん彼に惹かれていき、彼もヒロインに惹かれていく。


 神様はどうしても私にそのルートを歩かせたいのだろうけど、私には無理な話なのだ。じっと見ていると視線に気づいた殿下と目が合ってしまう。


「なんだ」

「いえ、なんでも……」


 私は慌てて目線を逸らすと、子爵がこちらを見ていることに気づいた。子爵は驚いた顔をしていたが、お茶目にウインクをして親指を立てて笑っている。絶対勘違いしてる。


(……もう帰りたい)


 けど王子を横にそんなこと言えるはずもなく、ぐいっと煽ってグラスを空にしたタイミングでウエイトレスが新しい飲み物を渡してくれた。お礼を言ってまた口に運んだのだが。


「嫌そうだな」

「!?」


 思わず口に含んでいた飲み物を吹き出しそうになり、慌ててハンカチを口に当てて咳き込む。そして隣の彼に顔を向ければ殿下は意地の悪い顔で笑っていた。


「私がここに居て嫌なんだろう。令嬢たちもずっとこちらを敵意剥き出して見てくる」


 さすがの洞察力と言っていいだろう。さすが王族だ。……でも。


「……分かっててここに居るなんて性格悪いんじゃありませんか?」


 私が嫌がっていることを分かっていてここに居座っているなんて本当に性格が悪い。こんなキャラだっただろうか。


 思ったことをそのまま口に出してしまったけど、殿下は気にすることなく小さく笑った。


「三年間も同じ学院にいて今頃気づいたのか?」

「学院時代は話したことないじゃないですか」

「それはお前が避けてたからだろう」

「…………」


 それも気づかれていたのか。王族鋭すぎないか? それにしても、それを知っていてこうやって近づいてきたということは……。


「やっぱり性格悪いですね、殿下は」

「ふっ」


 殿下は鼻で笑う。こうやって話していると、殿下はただの友人として私と接してくれているような感じがしてすごく居心地が良かった。




 それから私たちは壁の花となって話に花を咲かせている内に夜会は解散となった。


 馬車まで送ってくれるということで言葉に甘えることになり、その道中は殿下も本を読まれるということでまた話が盛り上がってしまった。


「本当に送っていかなくていいのか」

「はい。クリス殿下と一緒だと父が驚いてしまうので」


 ユーリ殿下の領地にお邪魔した時もクリスマスパーティーに誘われた時も、父が顎が外れるんじゃないかと思うぐらい驚いていたので。


 まあその父も神様に記憶を消されてそのことはあまり覚えてないみたいだけど。


「……前はそんな目をしていなかったな」

「え?」


 なんのことかと顔を向けると、殿下は「何でもない」と首を横に振って馬車に乗るように促した。


「それではクリス殿下。今夜はありがとうございました」

「ああ。また話しかけてもいいか」

「はい、勿論です。またお話しできるのを楽しみにしています」


 周りには人がいたので社交辞令だと思い、私も同じように返して馬車に乗り込んだ。


 馬車が家路を走り出し、窓の外の夜景を眺める。


 ここずっと心の中モヤモヤとした気持ちがあって落ち込んでいたが、クリス殿下のお陰で久しぶりに心から楽しめた夜になった。


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