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第17話

「さむ……!」


 仕事先であるお城に着いて馬車を降りた時、突き刺すような冷たい風が吹き抜けて身振りする。


 息を吐くと白い息が漏れ、空は分厚い雲がかかっていて太陽の光が差し込んでこないため寒さが身に染みる。


「ではお嬢様。いつもの時間にお迎えに参りますので」

「ありがとう。よろしくお願いします」


 送ってくれた使用人にお礼を言い、馬車が見えなくなるまで見送ってからいつものように使用人出入り口から中に入ろうとした時、中庭のほうから賑やかな話声が聞こえた。


 何だろうとその方向に行くと、そこには大勢のお城の使用人たちが植栽に何やら取り付けているのが見えた。


「あらアニエス! こんなところで何してるの」

「あ、おはようございます」


 後ろから名前を呼ばれて振り返ればそこには顔みしりのメイドがいた。


 一年前、殿下の元で働くことになった時、突然現れた私に侍女たちからすごい質問攻めにあったのだ。それから時々お茶をするような仲になった。殿下の情報目的だけど。


「人の声が聞こえて気になって。飾り付けですか?」

「そうよ。もう少しでクリスマスだからイルミネーションの準備に駆り出されたのよ」

「大変ですね……」

「そうなのよ!」


 電飾の装飾を持った彼女は朝イチで面倒なことをさせられていることに不満を漏らして苦笑いする。


「そういえばアニエス、あなたクリスマスはどうするの?」

「クリスマスですか?」

「貴族たちは毎年クリスマスに王城でパーティしてるじゃない?」

「あー……」


 私は毎年準備で駆り出されてるんだけどね! と彼女は言う。クリスマスに新年の準備と、使用人の彼女たちには休みがないらしい。お疲れ様です。


 彼女が言うクリスマスパーティーとは、王様が貴族たちを招待してクリスマスパーティを開いてくれるのだ。舞踏会のように堅苦しいのではなく、気軽に楽しめるようにと。私は一回も参加したことはないけれど。


「私は特に予定は……」

「ダメよそんなの! 時間は一瞬で過ぎていくのよ! 今を大事にしないと!」


 ね! と至近距離で念押しをされ恐る恐る頷くと彼女は満足そうに笑った。そして同僚に呼ばれた彼女は手を振って去っていった。朝からあれだけ元気ならば忙しさも乗り切れるだろう。


「クリスマス、か……」


 書庫室に向かいながらぽつりと呟く。


 去年は昼にダヴィと街のクリスマスツリーを見に行って、夜には遊びに来たハンスと父とで三人で豪華なディナーを楽しんだ。でも今年からはそれができない。


 そして私にはまだ残っている問題があるのだ。殿下の告白の返事をまだできないでいる。殿下はいつでも良いからと言ってはくれたが、ずっと待たせるわけにもいかない。


 歩きながら悩んでいると、気づけば書庫室に着いてしまった。


「……よし!」


 意気込んで部屋に入るとすでに殿下が仕事をしており、その机にはものすごい書類のタワーができていた。この世界でもこの時期は一年で一番忙しい。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。早速で悪いんだが、これ持っていってもらえるか」

「はい。あの……少しよろしいでしょうか?」

「ん?」

「その……殿下はもうクリスマスのご予定はありますか」

「クリスマス?」


 脈絡もない質問をされて殿下の頭の中でハテナが浮かんでいるのが分かる。


「今のところ予定はないが」

「その……よければその日に私に時間を作っていただけないでしょうか」

「……それは今じゃダメなのか?」

「はい……。クリスマスにお伝えしたいことがあります」

「……わかった」


 殿下は私の言いたいことを理解してくれたのか、少し時間をおいて頷いてくれた。その返事にほっと胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます。それじゃあすぐにこれ持っていきますね」

「アニエス」


 用事は済んだので部屋を出ていこうとすると、後ろから殿下に呼び止められた。


「クリスマス、どうせならここのパーティに参加しないか?」

「ここって、王城のですか?」

「そう。どうかな」

「……はい、分かりました」

「良かった。アニエスのドレス姿楽しみにしてるよ」

「……そんな大したものではないので。それでは行ってきます」

「ああ、よろしく」


 大量の書類を持って部屋を出て、未だ騒ぐ心臓を落ち着かせようと何度も深呼吸をする。



――決戦はクリスマスパーティだ。




 ◇◇◇




「お嬢様、着きましたよ」

「ありがとう」


 使用人にいつものように送ってもらって馬車を降りる。そこは今夜殿下に待ち合わせの場所にと指定された、いつも使っている王城の使用人の出入り口だ。中に入ろうとした時、タイミングよくドアが開いた。


「やあ、こんばんわ」

「……殿下。そこを利用されると使用人たちが驚きますよ」

「大丈夫大丈夫。さあ行こう」


 呆れたように言うと、殿下は何ともないというように笑って私の手を引き向かったのは、王城の中ではなく中庭のほうだった。


「パーティに参加されるんじゃないんですか?」

「んー? パーティは人が多いしゆっくり話もできないだろう? それに、こんなに空が綺麗な日に引き篭もるなんて勿体無いじゃないか」


 殿下の言葉に空を見上げれば雲ひとつない満点の星空が輝いていた。確かにこんな日に電気の下にいるのは勿体無い気がする。


 殿下に手を引かれて歩いていくと中庭の侍女たちによって飾られたイルミネーションを素通りして、その先にある四阿に辿り着いた。


「こんなところに四阿があるなんて知りませんでした」

「普通は中庭のところでみんな立ち止まるからこんな奥まで来ないからな。内緒だよ?」


 殿下は自身の口元に人差し指を当てて薄く微笑む。その妖艶さに心臓が騒いでしょうがない。


「ここに座ろうか」


 殿下がハンカチを座面に敷いて私にそこに座るよう促す。ありがたく使わせてもらい座ると、肩にふわりと殿下のジャケットをかけられる。


「あ、ありがとうございます」

「レディに寒い思いをさせるわけにはいかない」

「ふふ」


 ウインクを飛ばしてくる殿下に笑みが溢れる。四阿からもイルミネーションが見えるので二人並んで暫くそれに見入っていると、風が吹いて手元に白いものがふわりと落ちてきた。


「雪……?」

「ああ、本当だ」


 空を見上げるといくつもの白いものがふわりふわりと落ちてくる。


「今日は特段冷えると思ったら」

「ホワイトクリスマスですね」

「そうだな」


 私たちは微笑みあう。室内にいたらこんな素敵な神様の贈り物に気づくことはできなかっただろう。イルミネーションに照らされた雪も素敵だ。


「……殿下」

「ん?」


 同じように顔を上げて雪を眺めていた殿下を呼ぶと、彼はこちらに顔を向けて微笑んでくれる。私は大きく何度も深呼吸をして、緊張からぎゅっと目を瞑る。


「……私も、ユーリ殿下のことが好きです」


 告白ってこんなにも緊張するものだったのか。心臓が口から飛び出してしまいそう。


(…………?)


 前世も含め人生初めての告白をしたのだが隣からは何も返事がない。


 恐る恐る目を開けて隣を見ると、なぜか殿下は顔を手で覆って項垂れていた。


「……殿下?」


 どうしたのかと手を伸ばすとその手を取られた。頭を上げた殿下の顔は、暗い中でも分かるほど紅潮していた。


「で……」

「はぁ……良かった」

「え、きゃっ!」


 グイッと腕を引っ張られて、気づいたらユーリ殿下の腕の中にいた。


 ものすごい恥ずかしさに胸を押して離れようとするのだがびくともしない。それどころか腰に腕が回っているではないか。


「すごく嬉しい……ありがとう」

「!!」


 噛み締めるような、本当に嬉しそうな言葉に私も嬉しくなって涙が滲む。


「実は振られるかもと思ってたからずっと緊張してたんだ」

「え!?」

「そんなに驚くことか? 現に二人は振られてる」

「う……」


 それを言われると言葉に詰まる。


 確かにその通りなんだけど……でも殿下は違う。優しくて、私の変化にもすぐ気づいてくれて探して話をきいてくれて。


 私だってどうとも思ってない人から貰ったものを大事に使うわけがない。ハンスに言われるまで気づかなかったけど、無意識にユーリ殿下に惹かれていたのだ。


「クリスマスにお誘いして振るわけないじゃないですか」

「ははっ。確かにそうだ」


 楽しそうに笑う殿下。彼の胸に顔を埋めると早い心臓の音が聞こえる。初めての恋が実ったことに幸せを噛み締めていると頭上から「アニエス」と呼ばれる。


 顔を上げるとさっきとは違う真剣な顔がゆっくりと近づいてくる。


(あ、キスされる……!)


 心臓がバクバク騒ぎ出す。至近距離まで近づいた殿下の端正の顔に耐えられなくてギュッと思い切り目を瞑る。


 唇に柔らかく温かいものが触れてすぐに離れた。


 目を開けるとユーリ殿下の嬉しそうな顔が眼前にあって、また殿下の顔が近づいてくる。


 私はそっと目を閉じて殿下の背中に腕を回した。



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