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第15話

 俺が彼女に初めて会ったのは俺が五歳、彼女が四歳の頃だった。恥ずかしそうに伯父の足に縋り付いてこちらを見てくるアニエス。


「アニエス、彼らは君の従兄。お兄さんだ」

「おにい、ちゃん?」


 一人っ子のアニエスは俺と兄の顔を見て嬉しそうに笑った。俺にも妹がいなかったから嬉しかった。


 それからアニエスはすぐに俺たちに懐いてくれた。兄よりも俺に懐いてくれていたアニエスは、年に二回会うたびに帰り道はいつも泣いて離れたくないと縋りついてきていた。


「本当にアニエスはハンスが好きだね」

「うん、大好き!」


 俺の腕にピッタリくっ付くアニエスは兄の言葉に満面の笑みで頷いてすごく可愛かった。その後すぐに兄のことも好きよ?と慌てて気を使っていて笑ってしまった。




◇◇◇




 それから俺が十六になる年。母方の祖父の世界を広げて来いという方針によって兄に続いて隣国の学院に留学するために荷造りをする。


 そして俺のベッドの上では、どこから聞きつけてきたのかアニエスが膝を抱えて膨れっ面をしていた。


「いつまで怒ってるんだよ」

「……別に」


 そう言いながら頬を逸らしてまだ膨れっ面をしているのだ。感情が素直に表情に出ているから可愛くてしょうがない。


 二年前に兄が留学をする時に俺も留学するんだと聞いたアニエスは、どうにかして俺を行かせないように邪魔をしていたのだがそれも無駄に終わってしまった。


 兄は笑顔で引き止められもしなかったのだから不憫すぎる。


 明日の朝に国を出ることになっている。暫く可愛い従妹とは会えなくなってしまうのだから俺も寂しい。


「休みの日には帰ってくるから。手紙も書くよ」

「……本当? 約束よ?」

「ああ、約束だ」


 ぽんと頭を撫でてやるとアニエスは嬉しそうに笑った。それから約束通り手紙のやり取りをして、長期休暇には必ず彼女に会いに帰っていた。


 学院の友達には「女か?」と冷やかされたが、まあ間違ってないから「まあな」と適当に返していた。




 それから季節が回って春。今度はアニエスの入学だ。


 アニエスは王立の学院に通うのだが、手紙には『友達できるかな。勉強ついていけるかな。ハンスが同じ学校だったら良かったのに』と不安な気持ちが綴られていた。


 昔から人見知りがアニエスはなかなか貴族の友達ができずにいることに悩んでいたのを知っているが、彼女がすごく良い子で可愛いことを知っている俺は『大丈夫だ。絶対友達ができるよ。何かあったら手紙を送ってこい』と返事を書いた。



 だが入学を機に手紙のやり取りが減った。こちらから近況はどうかと手紙を送れば当たり障りのない返事が返ってくるだけ。


 気にはなったがすぐに駆けつけられる距離にはいないので父にそれとなく聞けば、どうも春頃から様子が変わったと言われた。


 夏休み。友からの誘いを断って急いで帰省してアニエスの元に向かった。アニエスの部屋を開けると、俺の顔を見た彼女はギクリと体を硬直させる。


「あ、えっと……こんにちは、ハンス……さん」


(ハンス、さん?)


 今まで彼女にさん付けなどされたことない。訝しみながらソファーに腰掛けるアニエスの横に座ると、ススッと距離を取られて内心傷つく。


 思春期か? と思ったがやはり最後に会った時と様子が違う。他人行儀のような、そんな雰囲気。


 じっと観察していると、彼女の手元にある本に気がついた。


「それ今読んでる本か?」

「……え? あ、はい、図書室で借りたんです。十冊までしか借りれなかったんですけど」


 何故か敬語で話す従妹に違和感しかなくて眉を寄せる。話し方に距離を感じるが、今までの彼女とも変わらないようで頭がこんがらがる。


「手紙でよく図書室にいるって書いてあったもんな」

「……一緒にいる人がいなくて本を読んでる方が楽しいんです」


 寂しそうに笑うアニエスに、やはり友達が出来ていなかったのかと悟る。


 前も人見知りはあったが、今はどこか他人と関わらないようにしているような気もする。


 彼女が変わった理由が思いつかず、とりあえず部屋の中を観察していると机に置いてある本が目に入った。


「あれも借りたやつか? 俺も読んだよ」

「え!?」


 そう言うとアニエスは目を輝かせてこちらを見てくる。そういえば今日初めてまともに目が合った気がする。


「ハンスさんも読んだの? どうだった?」


 アニエスはさっき自分が取った距離を詰めてきて俺に感想を求めてきた。なんだか雰囲気が昔に戻ったような気がする。


「あんまり本を読まない俺でも読みやすかったよ。主人公の男の子が願いを叶える星を探す旅に出て、龍と友達になるところは男心をくすぐった」

「そう、そうなの……! 子供向けのお話なんだけど、内容がすごくしっかりしてるから楽しくて何回も読んじゃって……」


 アニエスは立ち上がって机の本を手に俺の隣に戻ってきて、どこのシーンが良かった、ここのシーンは何回読んでも泣いてしまった、と楽しそうに話す。


 友達がいないからこういう話もできないのだろう。その横顔はアニエスそのもので、最初の気まそうな雰囲気はどこかに消えてしまった。


 楽しそうに話している彼女の横顔を眺めていると、アニエスはハッとした顔をして申し訳なさそうに眉を下げる。


「ご、ごめんなさい……こんなに一方的に話して」

「いいよ。俺も楽しかったし。夏休みの間に一冊読みたいから何かオススメの本教えてくれないか?」

「うん……!」


 アニエスは子供の頃から変わらない満面の笑みで嬉しそうに頷いた。


 それからアニエスは呼び方をハンスに戻して敬語も取った。どうして距離を取っていたのか気になったが、何となく聞いてはいけない感じがしたので聞いていない。


 夏休みが終わり学院に戻ってからは手紙のやり取りが元に戻り、その内容はほとんどが本のことについてだった。この本は俺に読みやすいだろうと教えてくれて、その感想を送るとまた新しい本を教えてくれる。



 そんなやり取りをしていた冬、アニエスの手紙には読書友達ができたと嬉しそうに書いてあり、あの子の優しさを分かってくれる人が現れたことに俺も嬉しくなった。


 冬休みに会いに行くと、どうもアニエスは「本の虫」というあだ名がついていて周りから距離を取られていたのだとその友達に教えてもらったらしい。


 本を読み込む虫。言い得てその通りで、腹を抱えて笑うとアニエスにものすごく怒られた。


 季節が春になると、アニエスが所属しているクラブで男の子の後輩ができたと手紙が届いた。


 自分のことを慕ってくれていて、この間二人で買い物に行った時に俺に似合う栞を見つけたからとプレゼント贈ってくれた。


 彼女が入学して初めてのプレゼントに嬉しくなったが、知らない男と選んだのかと思ったら胸の中が何故かモヤっとした。




 そして冬が過ぎて花が綻び始める頃に俺は学院を卒業して実家に戻ってきた。


 伯父の家を継ぐための勉強が始まる。卒業後のことを考えていた時、父と伯父から男爵家を継がないかと打診があった。


 伯父の家にはアニエスだけで男がおらず、俺も次男で伯爵家を継げない。位は下がるが有難い申し出に快く引き受けた。


「ついでにアニエスも貰ってくれたらいいんだがな」という伯父の冗談に「アニエスが承諾したらそれもいいですね」とこちらも笑い話でかわした。


 アニエスとの結婚と言われて胸がざわついたことを誤魔化して。



 それから一年が過ぎてアニエスが卒業した。年始に会った時に進路を聞くと、学院の司書の伝手で王弟殿下の部下として書庫室で働くことになったらしい。何者なんだ司書とやらは。


 お前が城で働けるのかと心配で聞くと、不安だけど大丈夫と彼女は胸を張って笑った。


 俺としては今すぐ俺と結婚すれば好きなことを色々させてあげれるのに。そんなことが頭を過り、頭から振り払って彼女を応援した。



 それから夏に久しぶりに会った時、アニエスを見て驚いた。


 雰囲気が大人っぽくなっていたからだ。化粧をして大人の女性の振る舞いをしているのに、笑う顔は子供の頃から変わらなくて。


 蛹が蝶へと変わろうとしているような、そんな不思議な感覚だった。


 城のことを聞くとユーリ殿下がよくしてくれていて楽しいと笑う彼女を見て、心臓がどんどん騒がしくなる。


 用事で城に行った時に、アニエスが騎士見習いになったという後輩といるところやユーリ殿下と楽しそうにいるところを見ると、黒いものが胸の中で溢れてくるのを感じた。


 そいつは俺のものだと、手を引いてそしつらに教えてやりたいと思った時、自分がアニエルを妹ではなく一人の女性として恋慕を抱いていることに気づいた。


 ずっとモヤモヤしていた気持ちが晴れたと同時に、アニエスは俺をただの兄として見ていないという胸が苦しくなった。



――これは彼女には気づかれてはいけない。



 俺は溢れそうになる彼女への想いに蓋をして、彼女の求める兄の仮面を貼り付けて彼女の元へと向かうのだった。



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