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第13話

 僕と先輩が出会ったのは学院に入学してすぐの頃。



 貴族の子息令嬢が集まるこの学院は綺麗事ばかりで、剣を持つことが好きだった僕にはすごく退屈な場所だった。


 僕が武器に魅了されるきっかけになったのは父の弟である叔父だ。叔父は祖父の反対を押し切り騎士になった。


 城下町の警備や求められれば戦さにも赴く人でなかなか会うことができなかったが、会えたときには剣の楽しさを教えてもらっている内に僕は剣が好きになった。


 そんな叔父に憧れていた僕は当たり前のように騎士を目指すことなった。ただ叔父は祖父や両親から良い顔をされていなくて騎士になりたいことを言えないなか、学院に入学する半年のことだった。


 叔父が戦死した。仲間を守ってのことだったらしい。


 叔父の葬儀で祖母は棺の泣き縋り、厳格である祖父の泣き顔を僕は初めて見た。そして叔父の最後の顔を見ていた父の握りしめる手からは血が流れていた。


 葬儀も終わり叔父の荷物を整理していると遺書が見つかったらしい。それには僕に自分の剣を譲ると書かれていた。


 初めて本物の剣を持った時、命を刈り取るその重さに怖くなったと同時に、叔父の意思を引き継いで騎士になることを心に決めた。


 それを両親に伝えると母は泣き崩れ、父は僕を殴った。


 騎士が死と隣り合わせなことを父が一番知っている。叔父を忌み嫌っていた父だったが、叔父との幼少期の写真を大事にしていたことを知っていた。


 憤る父をどう説得したものかと口の端から流れる血を拭っていると、今まで傍観していた兄が父に提案をした。「近衛騎士団の入団試験を受けさせてみたらどうか」と。


 近衛騎士団は王族を守る騎士のため競争率が高い。家柄、教養もだが一番は剣の腕が重要となる。僕よりも強かった叔父ですら何回受験しても入団できなかったらしい。


 それに一回で入団できなかったら諦める。父の出した条件に僕は力強く頷いた。




 それから僕は学院に入学し、剣術クラブに入った。元近衛騎士が教えてくれるとあって入部希望者が殺到して入部試験が行われた。


 何とか試験を勝ち抜けて入部した時にアニエス先輩に出会った。


 一年生に二年生の先輩が一人付き、色々教えてもらう習わしがあるらしくそれが先輩だった。


「えっと、アニエス・マーティンです。よろしくね」

「ダヴィット・フィールドです。よろしくお願いします」


 先輩の第一印象は可愛いけど気弱そう、だった。


 一年生は洗濯やら掃除やらをしないといけなくて、先輩は丁寧に教えてくれた。細腕で大量の洗濯物を抱える姿には圧巻した。どこからそんな力があるんだと。


 こんな弱そうな女の子があの入部試験にどうやって合格したのかずっと気になってたので聞いてみると、先輩たちの学年は定員ぴったりで普通に入部できたらしい。


 元騎士が教えているだけにクラブの練習はまさに脳筋といった感じだった。叔父亡き後、独学で特訓していたのだがクラブに入ってから上達しているのがすぐに分かった。


 だがすごく訓練内容がすごくきつい。まずグラウンドを何十周もしてその後に百回素振り、数分の休憩のあとまた百回素振り。それを繰り返す。


 慣れていない一年はバテバテな中、先輩は二年三年の先輩たちに付いていっている。


 例え女でも甘やかさない。男と同じように接するという教官の話にひどいなって思ったけど先輩が弱音を吐いているところを見たことがない。


 可愛いのに格好よくて、僕の中の先輩の印象が変わった。






「ダヴィって騎士目指してるんでしょ? すごいね」


 二年の冬。先輩たち三年は夏にクラブを引退しているのに先輩は暇を見つけては遊びに来てくれていた。


 クラブ唯一の女性なだけあって後輩に人気だったのだが、どうも先輩は男が苦手らしくて避けている。僕にだけ心を許してくれているのが誇らしかった。


 新たな部長に任命されて特訓内容とかを遊びにきた先輩に相談している時だった。


「そうですか?」

「うん。私は将来やりたいことがないから尊敬する」


 家族には誰にも認めてもらえなかった夢を尊敬している先輩にそう言ってもらえて、嬉しくて泣きそうになった。


「でも先輩も卒業したら王城で働くんですよね」

「司書の先生の紹介で王弟殿下の部下としてね」

「……不安じゃないですか」


 その言葉は自分の気持ちだった。来年の今頃には近衛騎士団の入団試験が始まる。教官に部長に選ばれるほど実力を認めてもらえたことが嬉しかったけど、不安でしょうがなかった。


 もし落ちたらもう夢を叶えることができない。叔父でもダメだった試験だ。僕が試験を合格することができるのだろうか。


 去年入学する時は絶対叶えると自信で満ち溢れていたのに、だんだん迫ってくる期限に気が落ち込むことが増えた。


 僕の言葉に先輩「うーん」と唸って困ったように笑った。


「不安がないって言ったら嘘になっちゃうな。書庫室とは言っても王城だし、しかも上司は王弟殿下だし! 何かしでかして家族に迷惑をかけちゃうんじゃって紹介されてからずっと悩んでたの」


 初めて聞いた先輩の弱音に思わず驚いてしまった。先輩はあのね、と更に言葉を続ける。


「私、本当は夢があるんだ」

「夢?」

「そう。本に囲まれる生活がしたかった。出来るなら国中、ううん、世界中を回って色んな本を見てまわりたい。でもそんな危ないことを家族は許してくれないし、結婚もせずに働くことを親戚にあんまり良い顔されなかったんだ」


 そりゃそうだ。貴族令嬢は結婚をして夫に尽くすというのが当たり前のように刷り込まれている。他の令嬢の先輩たちも相手を見つけるのに必死になっているのを見かけた。先輩だけが例外なのだ。


「だから私夢を諦めてたんだ。自分の意思もなくただ生きていかなきゃいけないんだって。でも別の形で夢が私のところに飛び込んできたの。私の夢が叶うんだって。好きなことができるんだって。そう思ったら不安なことなんて全部吹き飛んだんだ!」


 先輩は突然立ち上がってばっと腕を広げ僕に向かって笑う。そんな先輩が輝いてみえた。実際は夕日の逆光のせいでよく見えなかったけど、比喩ではなく本当に先輩がキラキラ輝いていたのだ。


「だからダヴィも頑張って。先にお城で待ってるよ」


――ああ。自分が悩んでいることは見抜かれていたらしい。だから先輩はこうやって勇気づけようと会いにきてくれたのだ。


 手を差し伸べてくる先輩の手を取って立ち上がる。その手は自分よりも小さいのに自分よりも大きく見えた。


「待っててください。絶対会いに行きますから」

「うん。それでこそ私の後輩だね」


 嬉しそうに笑った先輩の顔に心臓がドクンと跳ねた。馬車を待たせてるから帰るね、と先輩は手を振って走っていってしまった。


 温もりを失った手はどんどん冷たくなっていくのに、心臓が早く動いていて体が熱い。


 自分を救ってくれたあの小さな手を今度は自分がそばで守りたい。僕はぎゅっと手を握りしめて誓った。



 それから数ヶ月後。彼女は笑いながら学院を卒業していった。その姿を目に焼き付けて、辛いときは彼女を思い出す。



 そして三年の冬。叔父の剣を持って騎士団の試験に挑んだ。叔父と先輩が側にいてくれていると思ったら負ける気がしなかった。


 翌年の春。僕は約束通り近衛騎士団の試験に合格し、騎士団の制服を着て先輩に会いに行くと先輩はこれでもかと目を丸くして、涙を浮かべながら笑って「おめでとう!」と祝福してくれた。



 彼女が笑うたびに心臓が早くなる。彼女が辛そうにしていると自分も辛くなる。そう思う理由は分かっているけれどまだそれを伝える時じゃない。


 僕が一人前の騎士になった時、その時にはこの想いを伝えよう。


 それまでは後輩として彼女の隣に立っていたい。



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