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第11話

 どうもルートが変な方向に進んでいることに気づいたあの夜から数日。


 これ以上変なことが起きないように殿下を警戒していたのだが、ユーリ殿下からは特にアプローチもなく、いつもの上司と部下として日々仕事こなしていた。


 もしかしてあれは私の気のせいだったのだろうか。私なんかが殿下から好意を抱かれるわけないし。うん、忘れよう。


「アニエス。悪いがこれを騎士団とこのメモに書いてある官僚のところに持っていってくれるか」

「分かりました」


 本日もとても忙しい殿下から数冊の本と書類を受け取って書庫室を出る。



 外に出ると少し冷たい風が私の体を吹き抜けた。季節が秋から冬に変わろうとしている。そろそろこの服では肌寒いかもしれない。


 去年の服まだ着れるかな。今年も色々頑張ったし新調しても良いかも。


 そんなことを考えながら騎士団へと向かう道を歩いていると、休憩中の騎士の集団の中にダヴィの姿を見つけた。


 ダヴィもこちらに気づいたので手を振ってみたのだけど、いつもなら駆け寄ってくる彼は頭をぺこりと下げて訓練している集団の中に戻っていく。


 あと一月もしないうちに決勝戦があって、それに向けて頑張っているみたいで前みたいに会う時間がなくて少し寂しい。いや、すごく寂しい。


 これが子離れならぬ後輩離れか。頑張るダヴィの姿を暫く眺めて私は騎士団長の元へと向かった。



「確かに預かりました。いつもありがとうございます」

「いえ。それでは失礼します」


 頭を下げて団長の執務室を出る。次は官僚たちのところに行かないと。


 メモを見て行く順番を頭の中で考えていると、話し声が聞こえた。曲がり角を覗くと壁にもたれ掛かって談笑している二人の騎士の姿がある。


「最近ダヴィットのやつ頑張ってるな」

「ああ。今度決勝戦だから優勝目指して気合いが入ってるんだろ」


 二人の会話から後輩の名前が聞こえて私はうんうん、と頷いた。ダヴィの頑張りを知ってもらえていて自分のことじゃないのに嬉しくなる。


 私の知らないダヴィの話を聞きたいけど盗み聞きはいけない。


「どうもそれだけじゃないらしいんだよ」

「それだけじゃないって?」

「何でも、好きな人がいるみたいでさ」


 ピタ。踏み出そうとした足が止まる、嫌な予感を感じて私は足を戻して死角で聞き耳を立てる。


「へえ! そういえばよく騎士団に出入りする女の子と居るのを見かけるな」

「そうそう、どうもユーリ殿下の部下みたいでさ。あいつ、彼女見ると犬みたいに尻尾振ってるから好きなのかって聞いたら満面の笑みで頷いたんだよ」

「はは! 素直すぎるだろ!」

「…………」

「で、最近真面目に訓練出てるから理由を聞いたらさ、今度の大会で優勝して彼女に告白するんだと」

「そりゃいいな! じゃあ、あいつの恋のために俺が鍛え直してやるか」

「手加減してやれよー?」


 ははは、と笑い声が遠ざかっていき、ドアが閉まる音が聞こえて無意識に止めていた息を吐き出す。


 あの話、間違いなく私のことだ。


 心臓がドクンドクンと早鐘を打っていて、先日の嫌な感じがまた込み上げてくる。


(違う。そんなわけない)


 頭をブンブンと横に振ってそんなことを考えても、先ほどの二人の会話が頭から離れない。私はとにかくこの場を離れたくて、足早に出口へと向かった。







「ありがとうございます、助かりました。殿下にもよろしくお伝えください」

「はい。では失礼いたします」


 メモに書かれていた最後の官僚の用事を終え、ドアを閉めて思い切りため息を吐く。いつまで経っても他の貴族と話すのは緊張する。


 ユーリ殿下は王族なのにそんなに緊張しないし、逆に安心する。この差はなんだろう。気さくさ?


 そんなことを考えていると後ろから「アニエス!」と呼ばれて振り返るとハンスがこちらへと向かってくる。


「ハンス! 珍しい、どうしたの?」

「叔父上の代理でちょっとな。お前は?」

「ユーリ殿下のお使いの帰りよ」

「……ユーリ殿下か」


 殿下の名前を出すと何故かハンスは顔に影を落とした。どうしたのだろうと顔を覗くこうとしたら、ハンスはどこか思い詰めた表情で顔を上げた。


「お前、ユーリ殿下のことどう思ってるんだ?」

「どうって……良い上司だよ。私にも気さくに接してくれて」

「そうじゃなくて。異性としてだよ」


 ハンスが何を言いたいのか分かり、また嫌な予感が頭を支配する。


「……何でそんなこと聞くの」

「この前、夜遅くに帰ってきただろ。殿下と観劇観に行ってきたとかなんとか」

「うん……」


 いつもより遅い時間に帰った時のことだろう。あの時ハンスとは顔を合わせていなかったのに知られていたんだ。


 目の前のハンスが苛立っているのが分かり怖くなってくる。


「あの日からお前ちょっとおかしいだろ」

「おかしいって……」

「殿下の話が出ると言葉に詰まるようになった。今までは楽しそうに話してたのに」

「…………」


 よく私のことを見ている。今までの私なら「さすがハンス!」って茶化すことができたけど、これは乙女ゲームのヒロインの直感なのだろう。


 なんでハンスがこんなにも殿下との関係を詰め寄ってくるのか。多分そういうことだ。


「……ハンスの気のせいだよ。私、まだ仕事残ってるから戻らなきゃ」


 私はハンスから逃げるように踵を返そうとしたが、腕が掴まれて後ろから身動きができないほど強く抱きしめられてしまった。


 背丈も掴む力も昔とは全然違う。男の人だ。


「――お前のことが好きなんだよ……俺を選んでくれよ、アニエス……」


 耳元で囁かれる辛そうな声に心臓が嫌な音を立てた。


 普通ならゲームのストーリーが終わったのにこんなにモブキャラと関わること自体がおかしかったのだ。


 あの夜からずっと頭の中にあった嫌な予感が確認に変わる。




――これはノーマルルートなんかじゃない。モブキャラに恋愛フラグが立った、バグルートだ。



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