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第10話

 舞踏会の夜から数日経ったある日のこと。


 いつものように殿下と二人きりで書庫室で仕事をしていると、ドアがノックされ殿下が返事をすれば入ってきたのはまさかのユーリ殿下の甥であり国王陛下の御子息であるクリス殿下。


 驚いたのは私だけでなくユーリ殿下もで、目を丸くしてクリス殿下を見ている。


「クリス。珍しいな、お前がここに来るなんて」

「叔父上にお客人が来られたので呼びに来ました」

「客人?」

「叔父上が嫌いな狸です」

「……あぁ」


 その言葉に殿下は重々しくため息を吐いて頬杖をつく。珍しく面倒そうな顔をしているので、狸とは誰だろうと思っているとクリス殿下がこちらを見ていてドキリとする。


「ああ、アニエスとクリスは学院時代の同級生だったか」

「は、はい……」

「話したことはありませんが」


 ジッとこちらを見ながら返事をするクリス殿下に気まずくて目を逸らす。


 クリス殿下はこの世界、私がハマっていた乙女ゲームの攻略対象キャラだ。


 本来なら攻略対象であるヒーローの誰かと恋をしてハッピーエンドでを迎えているはずだったけど、喪女の私は声をかけることができずにノーマルエンドで卒業して現在に至っている。


 先ほどクリス殿下が言っていたように私たちは面識はないはずなのに、なぜ殿下はこんなにも私のことを見てくるのだろうか。


 変な雰囲気が私たちの間で流れていると、ユーリ殿下が咳払いをしてクリス殿下の視線を絶ってくれた。ありがとうございます。


「……クリス。そろそろ案内してほしいんだが」

「はい。では失礼、アニエス嬢」

「ご、ご機嫌ようクリス殿下……」


 ようやく出ていってくれたクリス殿下に私はほっと胸を撫で下ろした。


 ストーリーが終わればもう攻略対象とか関わることはないと思っていたのに。これもバグストーリーが関係しているのだろうか。


 まあもう関わることもないだろう。クリス殿下のことを頭の隅に追いやって途中だった仕事を再開した。





 それから一時間ほど経った頃、出るまでとは打って変わって疲れ切った顔でユーリ殿下が戻ってきた。


「お帰りなさい」

「あぁ、ただいま……」

「……どうかしたんですか?」


 今まで見たことないぐらい疲れている殿下に見かねて声をかけると、じっと私を見てくるので落ち着かない。


「……アニエス、今夜予定は空いているか?」

「今夜ですか?特に予定はないので終わり次第直帰しますが」

「そうか。なら今日私に付き合ってくれ」

「へっ」

「それともう今日は仕事終わり。今からドレスと宝飾選びに行こう」

「はい!?ど、どういうことですか!」


 ちゃんと説明してほしいと慌てる私に、殿下は私に短冊の紙を渡してきた。それを受け取って確認すると今日の十九時開演の観劇チケットだった。


「これどうされたんですか?」

「さっき話した狸からだよ。祖父と父の時代に仕えてくれていた官僚でな。幼少期から王子としての何たるかをネチネチ教え込まれて苦手なんだ。で、その狸ジジィに『殿下はもう良いお年ですのにまだお相手が居らぬようですがどうお考えなのですかな?ここに丁度良いのがありますからこれを使って相手を捕まえて来なさい』とか言ってきたんだ」


 はあ、とため息を吐く殿下。王弟殿下にそんな物言いをできるということは相当な相手らしい。


 殿下が声をかければ相手なんてすぐ捕まりそうなのにそれは嫌らしい。だから部下である私に声がかかったのだろう。


 私はチケットに目線を落とす。人気オペラ歌手が出るこの演目は競争率が高すぎてチケットが取れにくいと聞いたことがある。今後もっと難しくなるだろうから、こんな機会はなかなかないだろう。


 殿下は後腐れない相手とチケットを使えて、私は苦労せずに人気観劇を見ることができる。Win-Winだ。


「私で良ければ是非ご一緒させてください」

「ありがとうアニエス……男爵家には私から連絡しておくから出る準備をしてもらえるか?」

「分かりました。急いで支度します」


 私は急いで机に広げていたのを片付ける。




 ◇◇◇




 王家の紋章に馬車に躊躇しながら乗り込み、着いた先は上位貴族しか入店を許されない招待制のお店に着く。


 白のジャケットを着た殿下のエスコートでお店に入ると、連絡を受けていた上品な女性店主が出迎えてくれる。他に客がいないみたい。


「お待ちしておりました殿下」

「急にすまない」

「いいえ。それで今日はこちらのお嬢様を?」

「ああ。全て任せるから会場で一番の女性にしてくれ」

「!?」

「畏まりました。腕がなりますわ。さぁお嬢様、こちらへ」


 殿下のとんでもない発言に戸惑う私は店主に背中を押され、殿下に見送られながら支度部屋へと入らされた。





 それからどのぐらい経ったのか、テキパキとお店の方に着飾られて部屋を出ると、私の姿を見た殿下を目を見開いて固まっている。


「えっと………お待たせしました」

「っ、あ、いや、大丈夫だ」


 さすがに凝視されるのが恥ずかしくて声をかけると殿下は珍しく目を逸らした。


 私は店主の見立てでオフショルダーの濃紺のスレンダーラインドレスに裾には銀の刺繍が施された、まるで夜空のようなドレス。


 それに似合うネックレスとイヤリング、そしてメイクまでしてもらった。鏡を見た時、あまりにも綺麗すぎて本当に私なのか疑ってしまった。


 そして結った髪を留めている髪飾りには殿下に頂いたバレッタを使ってもらった。


 舞踏会の時に殿下に褒めてもらったことが嬉しくてこれを使いたいと申し出ると「素敵ですね。お嬢様にとてもお似合いです」と言われて照れ臭かった。


「えっと……それでは行こうか」

「はい殿下」


 店主にお礼を言って私たちは店を後にした。走っていた馬車が止まり降りると、ここらへんで一番大きい豪華な建物の前に着く。


 殿下の腕に手を通して初めてきた煌びやかな会場に身惚れて歩き、カウンターで飲み物を受け取って殿下のエスコートに着いていく。


 そして着いたのは個室で、手まえには一般的な大きさのソファー、そして部屋の奥の舞台が見える場所にはペアシートかと思うぐらいの小さいソファーが置いてあるのが見えた。


 あそこに殿下と座るのか……と緊張していると、殿下が顔を覗いてきて「どうかしたか?」と聞いてきたので慌てて首を横に振った。自分だけが意識していて恥ずかしい。




 それからすぐに劇が始まってあのペアシートに並んで座っているのだが、演者たちによる素晴らしい物語が私の頭には全く劇の内容が入ってこない。


 なぜなら、私の手は殿下と繋がれているのだ。しかも恋人繋ぎ。


「で、でんか……」

「ん?」

「手を、離してもらえませんか……」

「……嫌だったか?」

「嫌とかではなく、落ち着かないので…」

「そうか。ならこのままだな」


 さっきからこの繰り返しである。なんで離してくれないんだ、と横目で殿下の顔を盗み見るといつもより嬉しそうな顔に文句も出ない。


 チケットを貰ったときは嫌そうな顔をしていたから観劇は好きではないのかなと思っていたけど、そうでもないのかな。


 そんなことを考えている間も殿下は私の手をニギニギ握ってきて心臓の音が煩い。こちとら元喪女なんですけど。


「で、殿下は他の女性にもこのようなことをされるのですか?」

「え?」

「殿下は自分の容姿が優れていることを理解するべきです。それに安易にアクセサリーを贈るのもどうかと。こんなことをされたら女はつけ上がります……」


 早口ではあったが思いを伝えると、グイっと握っている手を引かれて殿下にもたれかかてしまう。慌てて体を離そうとするも耳元に吐息がかかって背中がゾクリとする。


「……こんなこと、誰にでもしていると思っているのか」

「でん……」


 いつもより低い声のトーンに失礼なことを言ってしまったと焦っていると、耳元から顔を離した殿下の顔に息を呑む。


「私は、好意を寄せている相手にしか物は贈らないし、こうやって観劇に来ることも手を握ることもしない」

「……え」

「その意味、分かるか?」

「で、でで、でんか……」


 徐々に近づいてくる顔に身動きができず、唇が触れそうになりギュッと目と瞑った時だった。


 会場に盛大な歓声と拍手が巻き起こり、びっくりして目を開けると同じように目を見開く殿下の顔があった。


 ステージを見ればいつの間にか劇は終わっていて、私たちの間には気まずい雰囲気が流れている。


 どうしよう、とこんな経験なんてなくて固まっていると、殿下が手を差し出して「帰ろう」と言うのでその手を取って私たちは馬車に戻った。


 帰路を走っている馬車の中は沈黙が流れ、私たちは一言も話すこともなく家に着いてしまった。


「それじゃあまた明日。おやすみ。良い夢を」

「……おやすみなさい。良い夢を」


 殿下はそれだけ言うと馬車を走らせて去っていった。見えなくなるまで見送り、出迎えてくれた侍女が何か食べるかと聞いてきたが断って自室に戻る。


 ドアが閉まった瞬間に腰が抜けてズルズルと座り込む。


「……なにあれ」


 今起きた出来事に頭がパニックになる。




 これ変なフラグ立ってませんか?


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