第5話 勝負
第5話 勝負
試合は4回裏にさしかかっていた。
3番打者が打席に入る。
舞の渾身の内角のストレートを、初球攻撃で見事にセンターオーバーの二塁打を打たれてしまって。
ボールが舞に返されるなり、未来は渋い表情になる。
(まずいな……ノーアウトでランナー2塁……それで次の打者が――)
「4番サード新堂加来さん」
未来は監督の方に視線をやる。
そこで『勝負するな、歩かせろ』のサインを出してくる。
(歩かせるだって? 私達が? 先輩との勝負を避けて? 冗談じゃない)
私の中で勝負しないという選択肢はあり得ない。
仮に歩かせてこの試合逆転勝ち出来たとしてもそれは本当の意味で先輩に勝ったことにならない。
逃げず、誤魔化さず、真っ向勝負して先輩に勝ちたい。
未来はタイムをとり、ピッチャーの舞の元へ歩み寄る。
ミットで口元隠したまま、舞に告げる。
「監督は歩かせろのサインを出しているけど、不用意にランナーは溜めたくない」
「勝負しろってことね? あとで何言われて知らないよ」
「責任は私がとる……それに――」
「加来先輩から逃げたくないのね」
「そういうこと」
「わかった。ここは勝負することにするわ。未来が思うところにミット構えて。私はそこに全力で投げるだけだから」
「ありがとう」
会話が終わり未来はキャッチャーのポジションへ戻る。
(ここは三振を取りたい。進塁打を打たれると1アウト3塁になって、スクイズや犠牲フライで追加点を取られる可能性がある)
加来が右バッターボックスに入る。
1球目。
未来は内角にミットを構える。
舞が投じる。
伸びのあるストレートが要求通りに加来の体の近くに来る。。
それを。
加来は見送る。
未来がボールを捕り。
「ストライク」
意外な顔つきで加来が言う。
「あら、勝負してくれるのね」
「当然です。不用意にランナーを溜めたくありませんから」
「それは監督の判断?」
「わたしの判断です」
そう言いながら舞へボールを返す。
「どうせ次も内角ね」
「……」
(読まれている。でも、なるべく右方向に打球を飛ばして進塁打を打たれたくない。必然的に内角中心の攻めになるのは仕方ないこと――)
監督の指示を無視しての勝負。
未来は監督がどんな表情をしているのかは、もうまともに見ることが出来ない。
もともとサインを無視して独断で勝負を選択しているので、これ以降は監督の指示に従う必要はない。
2球目。
未来はもう一度内角のコースを要求する。
それに従って舞は首を縦にふり頷く。
振りかぶり、投げる。
加来の内角にボールが来る。
今度はスライダー。
加来は、その内角の落ちるスライダーに上手に反応し、バットを出す。
ボールを芯で捉える。
豪快な金属音。
(しまった――)
打球は左中間上空を襲い、フェンスにダイレクト。
フェンスに当たって転がる打球に手間取る間に2塁ランナーがホームイン。打った加来も三塁へと到達し――
加来は三塁ベース上で威風堂々とバッティング手袋を脱ぐ。
(また打たれた……先輩はやっぱり凄い)
尊敬の眼差しで未来は加来に視線を送る。
ベンチの監督の方に視線を移すと何やら浮かない表情。
するとピッチャーの舞が。
「ごめん未来。私がもっとコースを厳しくいくべきだった」
「ううん、舞のせいじゃない。今のは、バッターが凄かったのよ……」
これで0アウト3塁。
ここでバッテリーの目の色は変わる。
(勝負を勝手にして打たれた。もう言い訳できないし、これ以降は絶対抑えないといけない)
「舞! ギアをさらに上げていくよ」
そういい力強く未来はミットを構える。
舞のボールに力が籠る。
その後は、5番、6番、7番を三振、三振、ショートゴロに抑え、3塁ランナーの生還を許さなかった。
未来はベンチに戻り、案の定監督に呼び出される。
監督が言う。
「なぜあの4番打者と勝負した?」
「私の勝手な判断です。ごめんなさい」
「質問の答えになってないよ。何故勝負したのと聞いている」
少し躊躇ってから。
「逃げたくなかったんです。あの4番打者から。私はこの試合、いろんな私情を挟んでしまっていることは重々承知です。でも、この試合絶対勝ちますので、今後の指揮を全部私に任せてください。責任は私がとります」
その言葉に監督が真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「そっか。私情ね。私情は聞かないけど、責任は私がとってあげる」
「え?」
「あんたの自由にやんなさい。もう私は何も言わないから」
投げ出すような態度でもなく、何か潔く容認されたような態度で監督が言う。
ポンっと未来の肩を叩く。
「ありがとうございます」
ここからの指揮は私が全部とる。
監督は責任を被ると言っていたが、全ての指揮をとる以上責任は私にある。
それを強く自覚する未来。
視線を送る先にはサードの守備に就く加来。
「もっと、もっと厳しくいくからね……先輩」
そう小さく呟き、冷たく闘志を燃やすのであった。