プロローグ 未来の告白
以前発表した魔球録の改訂版です。新しいマジックスコアの世界を、パワーアップした世界を、どうぞお楽しみください!
私はその日、やっと思いを伝えられた。
「加来先輩……私……先輩のことが……大好きです」
私は真っすぐな瞳で、加来先輩を見つめる。
加来先輩に告白できた。
今。
私が。
勇気を振り絞って、虚勢を張ることなく。
あるがままの気持ちを素直に先輩の懐へ投げ入れた。
「ありがとう。未来は私の事が好きなんだね」
どこか素っ気ない表情に見える。
それでも繋ぐ言葉を勇気で乗り越えようと。
思いの丈をたたみかける。
「先輩……大好きです。本当に……本当に、大好きなんです」
恥ずかしい気持ち、怖いはずの気持ちをなんとか飛び越えて。
今日は言えた。
伝えることが出来た。
「未来。私もあなたの事好きだよ。あとみんなの事も、本当に大好きだよ。その気持ちは未来と一緒だよ。だから、みんなの事も応援してるから。今日はお互い頑張ろうよ」
そうじゃないんだ。
先輩。
わかってよ、私の気持ち。
どうして鈍感なの。
どうして誤魔化そうとするの。
先輩の素直な気持ちを知りたいんだ。
「そうじゃないんです先輩。先輩は……加来先輩は……私の事――本当にどう思ってるんですか?」
「私は……」
言葉が止まる。
「私は……」
真剣なんだ。
私の気持ち。
先輩を思う気持ち。
大好きな気持ちは。
「……」
私の顔を見てくれない。
答えてくれない。
いったい、何を考えているの。
私にはわからないよ。
怖い。
こんなに近くにいる先輩が。
どこか遠くにいってしまうようで。
取り返しのつかない関係になるかもしれない。
耐えられないよ。
私。
「先輩っ――」
抱きしめた。
先輩を。
強引に。
強く、強く、抱き寄せた。
返事を聞くのが怖いから。
素直なはずの私の気持ちが、大好きな先輩を自分のものにしたいから。
だが。
抱き寄せていた手を。
強く抱きしめていた両腕を。
先輩はゆっくりと振りほどき。
視線が外れる。
背を向けて、その後ろ姿がどこか遠くへ行こうとする。
だけど私はそれを許さない。
絶対に許さない。
もうそれを見逃してしまったら。
失ってしまう。
先輩を失ってしまう。
私は愛を失ってしまう。
行こうとする背中の袖を、そっと掴む。
「もうどこにも行かないで。私のことをちゃんと見て……私だけを愛してよ――」
先輩がようやく顔を上げる。
何か思い出すように。
何か私に伝えるように。
「未来の気持ち……伝わってるよ。でも――」
また止まる。
数秒間。
この数秒間の沈黙が。
きっと一生届くことのない先輩との距離なんだ。
「未来はきっと、『愛』っていうのをよくわかってないんじゃないかな」
なんで。
なんでそんな事を言うの。
「どういうことですか? ……」
「私が好きなんじゃなくて、好きでいることで自分を保とうと無理してる。多分そう」
「そんなことありません」
「大好きはわかったけど、未来にとって『本当の愛』ってなんだと思ってる?」
「それは――」
そんな事聞かれても。
わからない。
私の愛は偽りで、先輩が言う『本当の愛』の形ではない。
「私の愛しているのは……これよ」
先輩が野球ボールを手にする。
一球の硬式球。
野球ボールに視線を移しながら。
「私は、これに「本当の愛」を込めてる。未来とは少し違うかな。何か求めるのではなく、私なりの愛で、世界を切り開いていくの」
指先からボールを放し、すっと上へ上げる。
ボールは高く空間を舞い、先輩の手を目がけて落ちてくる。
力強くキャッチする。
「だから……愛しているの。野球を」
何よ。
込み上げてくる複雑な思いを抑えて、私はお願いする。
「じゃあ……」
この先輩の愛を。
野球への愛を。
私の実力と。
私の愛で。
上回って見せる――
「私がもし今日の決勝戦で勝てたら――」
自信はある。
無ければ言うはずもない、こんな事を。
先輩に認められたくて。
愛してもらいたくて。
追い続けた背中に、ようやく手が届くところにいるんだ。
数秒間の決意の躊躇い。
私の今までの全てを。
この思いを、この試合に。
目の前の大好きな先輩に、ぶつけるんだ。
「今日の決勝戦で勝てたら――私と付き合ってください」
ようやく言えた。
言えた自分に驚いた。
「今日の試合で未来が勝てたら……私と未来が? ……」
真剣な眼差しでこちらを見つめる。
その先輩の表情は。
美しい。
やはり綺麗だ。
とても格好良い。
凛と伸びるそのしなやかに長い髪が。
私を待ち受けるその表情が。
「それが、あなたの本気なのね」
とても潔く、心地よい。
気高く、美しいその勇姿に、私は強い意志で応えるように。
「はい――」
互いに疑う心は微塵もない。
「返事は、試合が終わってからでいいです。今日は――全力で行きます」
その言葉に。
「私の愛を奪えるだけのもの……みせてくれる?」
力を込めて。
「はい――」
先輩は何も言わず背を向けて。
後ろ姿は試合会場へと向かって行った――