8.ドレスよりも宝石よりも
私がつけた名前を、邪竜サマはいたく気に入ってくれたらしい。
「イオ」
もう一度、確かめるように呟く。
そして子供のような笑顔を浮かべ、勢いよく窓辺から立ち上がった。
「よし、チカ。お前に褒美をやるぞ!」
「ご褒美?」
「そうだ。何が欲しい? ドレスか、それとも宝石か、新しいベッドやカーテンか? 俺がなんでも叶えてやる!」
意気揚々と両手を広げる。
(そうか。竜の魔力は、どんなものでも具現化できるんだっけ)
それこそ、どんなに豪華な服でも、装飾品でも。なんなら現金でも? この世界の現金って、どういうものかはわからないけど。
それにしても、ご褒美って言いだしたり、その選択肢がドレスや宝石っていうあたり、やっぱり彼、もとは貴族の出身だったりするのかなぁ。ずっと森に棲んでた人が、その発想する?
ともあれ、お姫様みたいなドレスに身を包み、頭にティアラを載せた自分の姿を想像してみた。
うーん……イオの言い方を真似するなら、それも悪くないかもだけど、ピンとこないなあ。
今は、それよりも欲しいものがある。
「邪竜サ……イオ。本当に、なんでもいいの?」
「もちろんだ。竜に二言はない!」
「じゃあ、モノじゃなくてもいい?」
「は? モノじゃなかったら何がいいんだ?」
「あのね……一緒に、ご飯を食べてほしい」
私の言葉に、イオが不思議そうに小首を傾げる。
「お前と一緒に食事するって? この俺が?」
「そう。竜は何も食べなくても生きていけるって言ったよね。だけど、私はあなたと一緒にご飯が食べたいの。健康に差し支えなければ、私が作ったものを、一緒に、食べてください」
「……なんで」
「その方が、楽しいから……です」
「変なやつだな、お前。普通、女はドレスとか宝石とか欲しがるもんだろ」
「お洋服もアクセサリーも大好きだよ。でも、今はイオと仲良くなれるほうが嬉しい。だから、お願いします」
自分でも意外なほど、素直に頭を下げていた。
イオの前では、言いたいことが言えるような気がしていた。
なぜかわからない。いや、彼を信じ始めていたのかもしれない。
日本にいたときから、心の底で願っていた。
お金より、高価な服や宝石より、一緒にご飯を食べてくれる人が近くにいてほしい、と。
イオは暫く、きょとんとした顔で黙っていた。
やがて頬が一気に赤くなる。
「……ま、まあ俺だって人間の食べ物くらい食べられるし? チカがそこまで言うなら……な、仲良くしてやっても、いいぞ」
「本当? 嬉しい」
「いや別に。そのくらい別に! てか変なやつだな、お前、ほんっとーに変な女!」
イオ、いきなり語彙力が小学生レベルになってる。
だけど動揺する姿が、ちょっと可愛い気が……する。
「ありがとう、イオ」
「だから、いいって! ……ていうかさ、チカ」
イオが言い淀む。
どこか恥ずかしそうに視線をはずしながら、彼は続けた。
「俺、誰かと一緒に食事したこと、ねえんだ」
「そうなの!? ……じゃあ、これからよろしくね」
「ああ……うん」
少し、わかった気がした。
東京では言いたいことひとつ言えなかった私が、どうしてイオの前では素直になれるのか。
イオが、大勢の中での孤独を知っているひとだから。
彼と私は、似てるんだ。
不思議でたまらない。
こんなひと(竜人だけど)に、めぐり逢うことってあるんだね。文字通り、生きてきた世界が全然ちがうのに。