6.邪竜サマの城
「ふーん。その聖女召喚の儀とやらに巻き込まれて異世界から来たワケか、お前。そりゃ災難だったな」
これまでの経緯を説明する私の長い話を我慢づよく聞き終え、邪竜サマは言った。
そして、
「で? 聖女サマって、何をするんだ?」
「え? いるだけでいいんでしょ。聖女が存在していれば、邪竜の呪いが浄化されるって……この森に閉じ込めておくことができるんだって、神官のひとが言ってたけど」
邪竜サマが、にやりと笑う。
「へえ。初耳だ」
「初耳?」
「その聖女サマのお力とやら、俺はいっさい感じたことがないぜ」
「そ……そうなの?」
「別に俺は、この森に閉じ込められてるわけじゃない。ときどき竜の姿で王城の上を飛んだりもするしな。そのまま城を燃やしてやることだってできる」
「そんな物騒な!」
「慌てんな、できるからってやらねえよ。あとあと面倒なことになりそうだし、第一、俺は紳士なんだ」
傍で聞いていた妖精ちゃんたちがクスクス笑う。
たしかに、自分で自分を紳士とか……ん?
「待って、邪竜サマは自由を制限されてるわけじゃないってこと?」
「そうだ。この森が静かで気に入ってるってだけの話だ。だいたい、やつらが呪い呼ばわりしてる嵐だ日照りだ疫病だのは俺が引き起こしてるわけじゃない。うんと昔から、アスダールは天災の多い国だぜ。だからこそ他国に戦争を仕掛けて、豊かな土地を併合するような真似を繰り返してきたんだ」
「え……じゃあ、どうしてアスダールの人たちは聖女召喚なんてやってるの?」
「知るかよ。ま、とりあえず着替えぐらいしたらどうだ」
そう言って踵を返してしまう。
アスダールの人たちがしていることについて、邪竜サマの方は、とっくに興味を失っているみたいだった。
(ヘンな世界……)
すたすたと城の中へと入っていく長身の後ろ姿を追う。
もといた部屋へ戻ると、床に大きな籠が置かれていた。
「これ……」
籠の中には、何やら綺麗なドレスや下着が一式そろっていた。
靴も下着もある。どれもシワひとつなく清潔な新品同様の品だ。
「女の服ってのは、だいたいそんな感じだろ?」
ぶっきらぼうに邪竜サマが言う。
まあ、女性の服としては間違いないんだけど。
(お姫様の部屋着みたい……)
だいたい、さっきまでこんなものは無かったはず。
どこから調達したんだろう。どうやって?
『オンナノコガ着替エルヨ!』
『ドラゴン、アッチ行ッテナヨ!』
「あーうるせえ、言われなくてもわかってるって」
妖精ちゃんたちに追い立てられて、邪竜サマは部屋を出て行った。
(こ、この服、着ても大丈夫なの……?)
訝しいことこの上ない。
けど、いま着ているものは破れて汚れて酷い状態。
(とりあえず、ありがたく着替えさせてもらおうかな……)
部屋には大きなドレッサーも、櫛なんかの道具もあった。
清潔なドレスを身につけて鏡の前で髪を整えたら、ちびっこ妖精ちゃんたちはスカートの裾に纏わりついて大盛り上がり。
『カワイイネー』
『キレイダネー』
「あ……ありがと」
可愛いのは服だと思うけど。
まあ確かに、綺麗なものを見るとテンションは上がるよね。私も働き始めた頃は、入荷した新作ドレスやジュエリーを荷解きしながら見惚れちゃったりしてたもん。
『ネー、オンナノコ、ドラゴンノ友達ナノ?』
「違うのよ。私は生贄」
『イケニエ?』
『ナーニ、ソレ?』
つぶらな瞳で見上げる妖精ちゃんたち。
生贄の意味を説明しようとして、やめた。
「ごめんね、忘れて。私は邪竜サマのお友達……お友達に、なったの。あとね、女の子ってちょっと恥ずかしいかも。チカって呼んで」
『チカー!』
チビ妖精ちゃんたちが嬉しそうに声を揃えて私を呼んだ。何をやっても、いちいち可愛い。
「あなたたちの名前は?」
問いかけに、四人の瞳がいっせいにキョトンと丸くなる。
『ナマエ?』
『ソンナノ、ナイヨ?』
「そ、そうなの?」
人間社会と違って、妖精には名前なんか要らないんだろうか?
そういえば邪竜サマのことも「ドラゴン」て呼んでるみたいだし……。
『チカ、オ着替エ終ワッタヨー』
『ドラゴン、ミテー!』
妖精ちゃんたちに手を引かれ、邪竜サマが部屋の中へと戻ってきた。
だけど私を見て、さっと目を逸らす。
え、どうして?
『チカ、カワイイネー』
『ドラゴン、嬉シイヨネー』
うるせーよ。とか言うかと思ったら、邪竜サマは何故か黙っている。
そして少し経ってから、
「お……おう」
聞こえるか聞こえないかのボリュームで、そう呟いた。
「ありがとう、邪竜サマ。新しい服、気持ちいい」
「そうか。他にも必要なものがあれば何でも言え」
「なんでも?」
話を聞いて、驚いた。
彼、一度でも見たことがあったり、想像できるものなら、どんな物体でも「具現化できる」んだって!
今いるこのお城もそうやって作ったし、さっき私にやって見せたみたいに、お花を咲かせたり草木を茂らせたりもできる、らしい。
それって……シンプルにすごすぎる!
「それって、もう神様じゃない……?」
思わず言うと、邪竜サマは真顔で首を横に振った。
「俺が神なら、死者を生き返らせることができるはずだ。けど、それはできない」
「そう……なの……」
彼が言うには、死んだものを蘇らせることはできないし、何もないところから新たに命を創りだすこともできない。
『生きる』ということに関して運命は決まっているのだと思う、と彼は語った。正直に言って私には理解できない次元の話だけど、竜の生きる世界線では、それが摂理ってものなんでしょうか。
(とりあえず、人間が彼を怖がるのもわからなくはない、かも)
彼の能力はいろいろ便利そうだけど、悪用もできちゃいそうだもんね。
って、これは面と向かっては言えない、か……。
「来いよ、チカ。案内する」
嬉しそうに彼は私の手を引いて、広いお城の中を案内してくれた。
この城は彼が創ったもので、彼以外の住人は私ひとりだという。
部屋は、とにかくたくさんあった。
寝室もある。バスルームもある。ボールルームまであったし、調度品も素敵なものばかり。まさに貴族のお城だ。
「どの部屋に入ってもいいし、何を使っても構わない。この家は俺の使わないもので溢れてるからな」
「そう、なの……ありがとう」
「あと、人間たちが勝手に置いてった供物も山ほどあるし。俺には用のないものばっかりだから、全部チカにやるよ」
「へえー……って、え、すごいんだけど!?」
広大な倉庫には『供物』が乱雑に置かれ、いくつもの山を作っていた。
金銀の装飾品のほか、絹などの美しい生地、日用品まで。
何より――食料!
食料が、めちゃくちゃたくさんある!!
「これだけの材料があれば、色々なものが作れそう……!」
山と積まれた食料の前で思わずつぶやくと、
「お前、料理なんてするのか」
横で聞いてた邪竜サマが意外そうに言った。
「うん。上手では、ないけど」
「そうか。ま、人間は食わなきゃ生きていけないもんな。じゃあ、火や水を使いたいときは、こいつらに任せろ」
邪竜サマの指先が妖精ちゃんたちを指す。
『ハーイ!!』
ひとりの妖精ちゃんが竈に飛び込んだ。
途端に、ボン! と大きな音をたてて赤い火が燃え上がる。
もうひとりの妖精ちゃんは、傍に置かれた大きな甕の中へ。水音が湧きあがり、甕には見る間に澄んだ水が溢れた。
「ああ見えて自然の力を操る妖精たちだ。ただ遊んでるわけじゃないらしいぜ」
『ナンデモ言ッテネ、チカー!』
『手伝ウヨー!』
妖精ちゃんたちが声を揃える。
「よかったなお前たち、暇が紛れて」
邪竜サマがグラスに水を汲んで差し出してくれた。
ひとくち飲む。冷たい水で喉を潤しながらグラスをよく見れば、それは細かなカットの施された美しいものだった。
――このときになって、ようやく気づいた。
今更すぎるほどに基本的で、とてもとても重要なことに。
貴族が住むような城。
綺麗なお部屋。清潔な寝具。貴族が着るような洋服。
食材に豪華な食器、銀の燭台、シャンデリア……邪竜サマには不要だという様々のもの。
供物として捧げられたものも多いとはいえ、全部がそうではないだろう。特に、この城。彼はここを自分で作った家だと言った。
つくることができるのは、具現化できるのは「見たことがある」から。
はっきりイメージすることができるから、なんだよね?
だとしたら、ここは彼の記憶の上に形成された城ということに……なるんじゃないのかな。
「ねえ……もしかして邪竜サマって、人間と暮らしたことがあるの?」
今さらな私の問いかけに、邪竜サマは小さく頷いた。
「まあ、な」
「それって、どれくらい前のこと?」
「正直に言って、よく覚えてねえんだ。ずっと昔のことだから」
なんでもないことのような口調で、彼は言ったけれど。
その横顔は、どこか寂しそうだった。