ドラゴンの翼に守られて
風にたなびく国旗には大きな体と大きな翼を持った、口から火を吹く真っ赤なドラゴンが描かれていた。
風に身をゆだねるドラゴンは心なしか心地好さそうに見える。
山々の間に吹く強く冷たい風に乗が運んできたのは赤ん坊の元気な鳴き声と、大人たちの歓喜の声。そして母の大きな安堵のため息。
新たな命の誕生を祝福するかのように、ドラゴンの国旗も大きく身をはためかせ祝いの音を奏でる。
『アンヴェロ』
それがこの国の名前。ドラゴンの翼に包まれ守られた国、と言うのが由来らしい。
その由来の元になったのか定かではないが、外敵から身を守る標高の高い山々に囲まれ、夏でも山頂にうっすら雪の残る国は、ほんのり冷たい空気と綺麗な水と豊かな大地に恵まれ繁栄していた。
そんな国に生まれた王女の名前はアンティエ。皆に祝福され生まれてきた彼女に沢山のお祝いの品が届けられる。
大きなベッドに埋もれてしまい、見失ってしまいそうな小さな赤ん坊が、小さな手を伸ばして掴んだのは大きなドラゴンのぬいぐるみ。
お目目の丸いドラゴンは国旗と同じ赤い体をして、ギザギザの歯を見せつけるように大きく口を開けている。その姿は凛々しいというよりも、可愛らしいと言った方がしっくりくるだろう。
この世に生まれ、母親の次に掴んだものが国の象徴であるドラゴンだったということに、王始め皆が喜び騒ぎ、お祭りまで始まる始末。
大人たちの無邪気にはしゃぐ姿につられたのか、アンティエは小さな口を精一杯開けて笑う。
そんな姿にお祭りはより一層に熱を帯びる。
***
アンティエは皆に愛されすくすくと育っていった。
今日は近くの国の使者が来てご挨拶の日。
恥ずかしがりやな彼女は母である王女の後ろに隠れるが、優しく諭されるとヒョッコリ出てきて小さな声で挨拶をする。
でも恥ずかしかったのか、右手に持っていた自分と同じ大きさのドラゴンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
首に抱きつかれたドラゴンは、ちょっぴり苦しそうに口を開いてギザギザの歯を見せる。小さな体を必死にドラゴンのぬいぐるみに隠す姿に、使者たちは優しい笑みをアンティエに贈る。
***
冷たい空気が熱を帯びる。
チリチリと舞い上がる火の粉は、焦げ臭い死の臭いを人々に振り撒かれる。
ドラゴンの国旗も火の粉に当てられ、焦げた黒い穴がドラゴンの体を蝕んでいく。
それは突然のことだった。アンヴェロの豊かな大地と攻められにくい頑丈な山々狙った国の侵略。
長年戦争など無縁で、戦いを経験したことのないアンヴェロの軍がまともに抵抗出来るはずもなく、あっという間に敵の侵略を許してしまう。
もしもそびえる山々がなければ、四方から囲まれ一瞬で国は滅びていただろう。
ゆえに侵略を受けつつも、戦いに不馴れな兵士たちが奮闘しても、山の方へと民は逃げていく時間が稼げた。
アンヴェロの山々はまるで民が逃げれるようにと、高い山頂から霧を下ろしてくれる。
霧に慣れている民は、自分達を守ってくれる山へ感謝をしながら山へ抱かれるように飛び込んでいく。
多くの民が避難したとの報告を受け、王族たちも避難を開始する。
眼下に燃え広がる炎を見て、苦悶の表情を浮かべる王と、崩れ落ちそうな足で踏ん張り気丈に振る舞う王女たちは、霧の広がる山々を見てほんの僅かに生きる希望の火を瞳に宿す。
その数時間前、小さな王女アンティエは3人の兵士と1人の侍女に連れられて先に城から脱出していた。
大きなドラゴンのぬいぐるみを抱えたアンティエが侍女の服の袖を掴んで引っ張る。
袖を引っ張られ視線を落とした侍女は、逃げるのには邪魔になるぬいぐるみを置いて行くようにと諭そうとしたが、不安そうな表情を浮かべドラゴンのお腹に寄り添うアンティエを見て諦める。
兵士の案内のもと城から脱出する秘密の通路を急ぎ歩く。ふと歩みを止め壁に触れ何かを探っていた兵士が、壁の一部を取り外すと鍵穴が姿を現す。
それを見たアンティエが首に掛けてあるネックレスを手に取ると侍女へと渡す。
ネックレスについていたドラゴンの紋様の鍵を確認した侍女が、急ぎ鍵を差し込むと鈍い音と振動を起こしながら壁が横へと動き外への道が開ける。
城の外へと出たアンティエたちは険しい山道を駆け抜け、やがて小高い丘へとたどり着く。
丘の下に広がる火の海に包まれる町を見て幼いアンティエは幼いながらも王族として胸に悲しみを受け止めたのか、ドラゴンのぬいぐるみを力強く抱き締めながらも、顔を埋めることなく町の様子を瞳に映す
離れていても風にのってやってくる熱風に頬を赤くするアンティエの顔は、煌々と燃える炎に照らされますます赤く染まっていく。
侍女が道を切り開く兵士たちについて行く為アンティエの手を引いて、山の奥へ避難しようとしたそのとき強い風が吹き抜ける。
急な突風に飛ばされないようにと身を屈めるアンティエはドラゴンを強く抱き締める。
吹き抜ける風が運んでくる熱と光からアンティエを守るように、大きな口を開いて威嚇するドラゴンのぬいぐるみに応えるように、山の谷間を駆け抜けた風が低いうなり声を上げる。
***
『鉄壁の要塞』
『難攻不落の王国』
等々と人々に噂された王国は、実際攻められればいとも容易く侵略され、後は陥落するのを待つだけとなった。
攻めいった兵士たちも呆気ない戦に物足りなさを感じながらも、勝利の美酒の味を想像し舌なめずりをする。
城に掲げられる王国の旗に火の手が迫り、赤いドラゴンが黒い灰に変わろうかというその時、冷たい風が力強く吹き抜け炎の先端を山へと向ける。
燃え盛る炎が照らした先にある小高い丘に風が吹き抜けたとき、丘の後ろにそびえる立つ山に突如大きな影が現れる。
黒く大きな影は大きな口を開き、ギザギザの歯を見せると、ゴオオオッっとこの世のものと思えないうなり声をあげる。
誰かが黒い影を見て、ドラゴンだとポツリと呟いたその時、先ほど吹き抜けた風とは真逆風が吹き、炎が敵兵たちに襲い掛かる。
真逆に吹いた風が山にかかっている霧を大きく揺らすと、大きな黒いドラゴンも大きく揺れながら手と翼を広げながら炎を引き連れ山から降りてくる。
ドラゴンによる予想だにしない反撃に敵兵たちは慌てふためき、数人が逃げ出すと、つられたように皆が必死の形相で走り始めやがて全軍が逃げていく。
沢山の人が我先に逃げるものだから、ぶつかって、転けて、怪我をしてボロボロな情けない姿で自分の国へと命からがら帰っていく。
彼らはアンヴェロには言い伝え通り大きなドラゴンが住んでいて、国を守っている。
ギザギザの大きな口を開き、地獄の底から聞こえるうなり声を上げ火を吐くドラゴンがいるあの国を攻めるのは止めた方が言いと口々に自分の国の王に訴える。
その噂は近隣の国に広がり、アンヴェロのそびえる山々と豊かな大地はドラゴンの庇護のもとにあるのだと、だからあの国を攻めるとドラゴンの怒りをかうと言い伝えられようになるのだった。
***
城内の長い廊下をパタパタと走るアンティエの手には、大きなドラゴンのぬいぐるみがある。
エントランスにまで出たならば、ドラゴンをぎゅっと抱き締める。
ちょっぴり苦しいのかドラゴンの口が開き、ギザギザの歯を見せる。
アンティエはドラゴンのまん丸お目目を見つめた後、眼下に広がる町並みを瞳に映す。
焼け焦げて壊れている家も多くあれども、町の人々の顔は明るく復興に向け作業をしている姿が見れる。
そんな姿に微笑むアンティエは、ドラゴンのぬいぐるみをより一層強く抱き締める。
冷たくも心地好い風がアンティエとドラゴンの頬を撫でると山へ帰る前に、城の上に立つ国旗をたなびかせる。
国旗の赤いドラゴンは気持ち良さそうに風に身を委ねながら、活気溢れる町を見守る。
この国の名前はアンヴェロ。高い山々に囲まれ、綺麗な水と豊かな大地に恵まれ栄えている。
美しい国はドラゴンの翼に守られ、今日も平和に時を刻んでいく。
『アンティエとエドレゼル』
※ウバクロネ様から頂いた本編のイラストになります。
小さな王女と大きなドラゴンのぬいぐるみが起こした奇跡を見届けてくれてありがとうございます。
セリフを極力無くしてみました、地の文で場面を想像しながら読んで頂けたらいいなと思っています。
感想などありましたらお聞かせいただけると、とても嬉しいです。