きっかけ/高校生 クラスメイト×クラスメイト
暑い、今日はとにかく暑い。
授業中も風通しを良くするために開けられた窓からは生ぬるい風がしか入ってこなくて
涼しくなる気配は一向にない。
校庭からは水泳の授業をしているのか、弾んだ声が3階のこの教室まで聞こえてきていた。
こっちは午後の古典を眠気と戦いながら黒板を見ていると言うのに。
先生の抑揚のない説明を聞いてる中、前に座る和宮君が視界に入った。
去年も同じクラスだったけどあまり話したことはない。
黒板ではなくグラウンドを見ていた彼の前髪がなまぬるい風揺れていた。
「・・・」
あ、和宮君少し髪伸びてる・・・。
こないだまでは目にかかっていなかった前髪
風に揺れながらも伸びているのに気が付いた。
一瞬、邪魔そうな髪を後ろに寄せながら、ようやく黒板に書かれた文字の羅列を模写し始めた様子だった。
「ねぇねぇ」
先生に気付かれない様に小さな声で前に座る和宮君を呼んだ。
聞こえなかったみたいで、でもこれ以上声を出すと先生に気付かれそうだから
私はダルそうな姿勢で座る彼の制服に手を伸ばし軽くひっぱった。
「・・・?」
和宮君が振り返ると少し驚いている様だった。
当然と言えば当然で、いくら去年からクラスメイトとはいえ
今までろくに話したこともない相手から急に授業中話しかけられれば誰だって驚く。
むしろ話しかけた私ですら驚いている。
「なに?」
和宮君の声は思ったより優しい声だった。
後ろを振り向いた彼の顔に伸びた髪がまた揺れている。
「これ、使う?」
腕につけていたヘアゴムを外した。水色のヘアゴムだし、男の子がつけててもおかしくはない。
むしろ今日みたいに蒸し暑い日は、少しでも涼しさを求めてか髪を結んでる男子をちらほら見かけた。
「髪、邪魔そうだから」
「・・・?」
「結んだら?」
ヘアゴムを差し出すと和宮君が適当に髪を束ねて
私の手の中にあったゴムを受け取った
少しだけ触れた和宮君の指先の感触が、私の掌に残った。
「さんきゅ」
先生に気付かれないようにそのまま静かに前を向いた。
私の前には後姿の和宮君に戻った。
その髪の毛に私のヘアゴムが付いていて。
なんだか、胸の奥がくすぐったい。
あぁ。縮まらないなこの距離。
もっともっと近づきたいのに
もっと知りたいのに…
授業が終わると先ほどまでの重ダルイ空気は一変し
みんなテキパキと帰宅の準備や部活へと向かっていく。
「あれ、和宮どうしたの?髪なんかしばってた?」
「最近前髪伸びてきたからさぁ、それに今日スゲー暑いンだよ」
「確かに暑いよなーってか髪切ったら?」
あ、そうだヘアゴム…返してもらわなきゃ
前で話す和宮君と男子生徒の声に私は手を止めて前を見た。
「あっそうだ。なぁコレ今日借りていい?」
「えっ」
「明日返す」
「うん。いいよ」
そういうと和宮君は私のヘアゴムをつけたまま教室を出た。
「・・・」
なんか。ちょっとだけ嬉しいかも
和宮君が私のヘアゴムをつけてる
うん、嬉しい。
「楓ー帰ろー」
「あっうん!今行く」
自分の腕に和宮君と同じヘアゴム
それだけでこんなに嬉しくなるんだな。
『明日返す』
また明日話せるんだ。
たまには暑い日も悪くないな。




