劣化魔術
ガオリスの後を追って街中を歩く。
「人が多いな」
「お前本気で言ってんのか……?」
呆れた様な物言いに少しムッとなる。
「何だ?」
「武術大会で人が集まってるんだよ」
「そうか」
武術大会で人が集まるという意味がいまいち理解できない。
だが理由は分からないが興味もない。
街は大いに賑わい、笑みを浮かべる人々が目に映った。
「お前さん、次の試合は明日だったか」
「必要はない。傭兵団に入る為に出ただけだ」
「なるほどな。目的は達成したということか」
「お前の傭兵団を不要だと思った場合は別を探さなければならないがな」
「ははっ。がっはっはっはっ!」
ガオリスは急に大声で笑いだした。
「やかましい」
「いやぁ、お前さん面白いな。だが確かにそうだ、自分の居場所は自分で決めるもんだ」
「ボクを強くしてくれる間は話を聞いてやる」
「分かった分かった。お前さんの眼鏡にかなうように襟を正すさ」
襟元を整える仕草をしながらガオリスは冗談っぽく言った。
面倒くさいな、この人。
「う、うわぁああっ!?」
不意に大声が響いてくる。
「誰か捕まえてくれぇええ!」
「きゃああああっ!?」
悲痛な声と、何かから逃げ惑う声が響き渡る。
前方には、小型だが体格の良い獣がいた。
「何だ?」
「ありゃ、ノシシだな」
「知らん」
「家畜用の魔獣だな。気性が荒いから面倒が大変なんだ」
「そうか」
私は携えた剣を抜く。
「おっと、任せておけ」
ガオリスはそれを制止した。
「武器も持たずに何を言う」
「家畜って言ったろ、殺す時期じゃねぇんだよ」
質問の答えになっていなかった。
まぁ良い、御手並み拝見といこう。
ノシシは脇目も振らずに往来の真ん中を駆けてくる。
その速度は速く、街の人達も何とか避けている状態だった。
正面にガオリスが立つ、避ける気は無さそうだ。
「気を付けろ、牙が生えているぞ!!」
街の人の声が響く。
「ほぉ、生え代わりの時期を狙って脱走したのか。獣にしちゃあ利口じゃないか」
つまり、普段は牙を折っているという事か。
飼われていても魔獣と言ったところだな。
距離は一瞬にして詰められる。
「ふんっ!!」
ガオリスはノシシに正面からぶつかった。
馬鹿なのかアイツは牙が刺さるぞ。
衝突による衝撃が起こる。
はね飛ばされた気配は無い。
――――。
まるで時が止まった様に静寂が広がっていく。
だが次の瞬間。
ガオリスの体が一瞬だけ白く光った。
喧騒が帰ってくると同時に、空気が弾ける感触を感じた。
突き出した拳が、ノシシの額に刺さっていたのだ。
「おっと、加減しねぇとな」
引き戻す様に腕を捩じると、その衝撃波でノシシの体が回転して転んだ。
ノシシは気絶したのかピクピクと震えるだけだった。
ガオリスは動けなくなったノシシの牙を掴むと、まるで小枝の様にパキッとへし折る。
全てがあっという間の出来事だった。
「うぉおおお!!」
「すげぇええ!!!」
その様子を見ていた街の人達が声を上げる。
「流石ガオリスだな!」
「ありがとうガオリス!」
賞賛の声が響く、それに手を振って応える。
ガオリスはそうする事に慣れた仕草に見えた。
「アンタのおかげで店が潰れずにすんだよ」
店先の女の人が声を掛けてくる。
「気にすんな、ツケの分でチャラだ」
「それは別の話だよ」
「なにぃ!?」
ガオリスが笑いながら戻ってきた。
「相変わらずケチなオバちゃんだぜ」
「何だ今のは」
白く光ったと思うと、空気が変わった。
まるで魔法の様にも思える。
「あぁん?」
「体が光っていたが」
「あぁ、知らねぇのか」
そう言って口角を上げると。
「劣化魔術だよ」
初めて聞く単語を口にするのだった。
イノシシです。