オネェの乾燥肌対策
テーブルいっぱいの試作料理の小皿をゆっくりと一口ずつ食べ進めた私は、満腹感で眠たくなりながらフローラによる次なるチェックを受けていた。
「ヒルデ……アンタのお肌、結構荒れているわね。よく見れば、乾燥しすぎてガッサガサよ?」
「うっ」
なんて胸に突き刺さる言葉だろう……!
フローラのきめ細かくて滑らかなお肌が、眩しいわ……!
私の心への深刻なダメージを意に介さず、目の前の美人は頬に手を当ててまじまじと私の顔を見つめている。
「まだ二十……えっ、まだ二十代? よね?」
「い、いくらなんでもそこまで老けてはいないでしょう……! 二十五歳ですっ!」
そりゃあ、ブランカみたいに若くてピチピチというわけじゃないけど、髪の色以外の老婆ポイントは心外だわ。
悲壮感溢れる私の主張をあっさりと受け流したフローラは「あら、同い年なの」と呟いている。
「ぐ……た、たしかにフローラの方が、ちょっぴり若そうに見えますけど、そういうのは、あの、人それぞれと言いますか」
「見苦しい言い訳で納得しようとしてるんじゃないわよ! 目を背けないで、ちゃんと受け入れなさい!」
「うぅぅぅっ」
どうして人に言われるド正論は、こんなにも胸を抉るのかしら……。
「お肌が乾燥していて、良いことなんて一つもないのよ。当然見た目に影響するし、痒みが出たり吹き出物なんかもできやすくなるわ。くすんだ顔色、ノリの悪いメイク、そして老化……。とにかく、恐ろしいことだらけなの。早急に手を打たないと大変なことになるって、わかってもらえたかしら?」
「はいぃぃぃぃーわかりましだぁぁあ」
涙を拭って返事をした私に、フローラは大きく頷いた。
「よろしい。食事量が少なくて不足していた栄養は、食事を改善して食べる量を増やしていくことで対策できるわ。次は、保湿ね。ヒルデは普段、どんなスキンケアをして、何を使っているのか教えて頂戴」
フローラの言葉に、私は日々の肌のお手入れについて指折り説明していく。
「えぇと、朝起きたら洗顔、化粧水、クリームを塗ります。その後に予定があればメイクをして、入浴前にメイク落とし、入浴後にオイルマッサージ、朝と同じ化粧水とクリームを塗ってお終いです」
私の説明に、一つ一つフローラが頷く。
「流れにおかしなところはないわね。ここしばらくはメイクしていないなら、お肌を休ませられているはずだし。増やすとすれば、フローラ様特製パックをお風呂上りに使うことくらい……」
特製ドリンクのお次に特製パックとは……。
このオネェ、やっぱりとんでもない美意識の塊である。
「それで、化粧水やクリームは何を使っているの? どのブランドのものかしら?」
「あ、これです」
そう言って私は鏡台の上にある容器を並べていく。
化粧水、クリーム、メイク落としに、洗顔料……と。
「ふーむ、『子リス印』のシリーズねぇ。王族・貴族御用達の高級ブランドで、特に若い世代を中心に大人気だけど……コレ、いつ頃から使っているの? 王宮に来てからかしら?」
フローラの問いに、首を横に振る。
「いえ、侯爵家にいたころからですから……かれこれ、十年以上は使い続けていますね」
「それだわ!!」
カッと目を見開いて、フローラが断言した。
「製品によって肌に合う合わないはその人次第だけど、日々お肌の状態も変わっていくの。体調や環境の変化は大きく影響するわ。ましてや結婚して王宮で暮らすことになるなんて、大き過ぎる変化よ! それなのに、十代のころから使っているものをそのまま……なんて、今のヒルデの肌に合わなくなって当然だわ!」
信じられない! とばかりに詰め寄るフローラにたじろぎながら、容器を名残惜しく見つめる。
「そう……ずっと使っていたけれど、もう私には合わなくなっていたのね」
なんというか、年齢の変化をまじまじと感じると物悲しい気持ちになる。
二十五歳でそんな風に思うなんて前世なら鼻で笑われるところだけど、この世界では六十歳まで生きられれば長生きで満足の大往生という扱いになる。
今の私は、若いどころか人生の丁度折り返し地点を過ぎた辺りってところかしら。
そんな私に、フローラはなだめるように声をかけた。
「ちょっと、これはアンタが成長したってことだから、別に傷つく必要は無いのよ?」
「そうは言っても、老けていっていることに変わりはないですから」
私の言葉にフローラは呆れたように片眉を上げる。
「あのねぇ、老いは必ずしも悪いことじゃないわ。誰だって、歳を重ねて生きてゆくのよ。そのとき、自分にできる精一杯で美しくいられたら、それで良いと私は思うの」
だけど努力を怠った老化は許せないと、チッチッと指を振るフローラに目を見張る。
「……素敵な考え方ですね」
「今日から取り入れてくれても、よろしくてよ」
そう言ってパチリと片眼を閉じたフローラは、悔しいけれどとってもカッコ良かった。
***
「ひとまずは、『子リス印』の一式を『ローズ堂』のものに変えて様子を見ましょう。『子リス印』は美白に重点を置いているけれど、『ローズ堂』のものは厳選した素材を使って素肌ケアに特化しているの。その中でも青薔薇シリーズは乾燥肌向けだから、それを使って頂戴」
「詳し過ぎる……!!」
「近隣の国々だったら、全ての化粧品ブランドを知り尽くしているわ。こういうものは日々進化するから、チェックが欠かせないの」
クライノート王国はポーション開発が盛んなので関連した自国産のブランドを勧めそうなものだけど、案外そういうものでもないらしい。
美容に関してはオピュロンという国が抜きん出ていると、フローラは悔しそうに言う。
「美容に関係無く何でもそうだけど、製品開発には積み重ねた知識や技術が不可欠だから、一朝一夕で追い越せはしないわ。アタシも自作してみた時期があるけれど……やっぱり、本職のプロが作る製品には叶わないから、大人しく買うことにしているの」
このオネェ、やっぱり行き着くところまで行ってしまっていたようだ。
スキンケア用品を自作するって……自由研究ついでのヘチマ水とか、そういうレベルじゃないわけでしょう?
大した熱意だと、恐れ入ってしまう。
フローラに聞いた品を用意できるか侍女に確認すると、数日中には届くとのことだった。
「勿論、肌に合わなければすぐに使うのを止めるのよ? 届くまでは、洗顔用の石鹸で顔を洗ってオイルを薄く塗るだけにしてみましょう」
「はーい」
夜、フローラに言われた通りに特製パックを試してみた。
パック自体はたまにしていたので、不審がられなくて良かったと思う。
洗い流した後は心なしかいつも以上にお肌がしっとりモチモチしているように感じたので、流石は『フローラ様特製』だと伝えれば「当然でしょ」と満更でもない様子だった。
きっと、今後も続けていけば改善していくだろう。
つい数日前までは「肌、荒れてるなぁ」と思うだけだったのにえらい違いだと、オネェ効果を実感したのだった。




