交わる想い
聞き慣れた声に、おずおずと視線を上げれば……長い金色のまつ毛に縁どられた紫水晶の瞳が、そこにあった。
「ふ、フローラ……?」
我ながら、なんとも情けない声が出た。
絶世の美貌が、超至近距離に……!?
「ヒルデ……アンタ、自分が壮大な勘違いをしているってこと、気づいてないでしょ」
「え……?」
あまりの事態に、目を見開く。
私の肩を、フローラが掴んでいる。
じっくりと私の顔を覗き込む表情は、鏡越しに見ていたものと変わらない。
けれど私の肩を掴む手の感触が、体温が、息遣いが……フローラがこの場にいることを実感させる。
ちょっと、色々と追いつかないんですが……!!
ただ『勘違い』という言葉に、心臓をギュッと掴まれたような心地がした。
フローラは、噛んで含めるように言った。
「アタシは、あの小娘……ブランカ姫に結婚を申し込みに来たんじゃないわ。絶対に、そんなことありえない」
「そんな、そんなはず……」
「だから言ってるじゃない、勘違いだって。アタシが言葉選びを間違えたせいよ。それを訂正して……やり直しに来たの」
呆然と首を振る私の肩を掴む手に、力が入る。
フローラは、真っ直ぐ私を見た。
「アタシはね、ヒルデ。アンタに結婚を申し込みに来たの。アタシがずっと一緒にいたいのはヒルデ、貴女よ」
「っ……」
思いがけないフローラの言葉に、じわりと涙が滲む。
先ほどとは、また別の涙。
そんな、そんなことって……。
「元々、ヒルデのことは好きだったけど……いつからか、恋に落ちてたの。今はもう、抑えようないくらいに、ヒルデを愛してる」
紫の美しい瞳が熱っぽく揺らぎ、私を魅了して離さない。
嬉しくて仕方がないのに、鼻の奥がツンとした。
「フローラ……私、わたしっ……」
『私も同じ気持ちだ』とは、とても言えない。
だけど、私が色んなものにがんじがらめになっていることをわかっているのだろう。
フローラは優しい笑みを浮かべて、私をそっと抱きしめた。
「嫌なら、振りほどいて頂戴」
「っ……ずるい。ズルいです、フローラ」
そんなこと、できっこない。
それがわかったのか、背中に回された長い腕に、ぎゅうっと力が入る。
い、良い匂いがする……!
それに、あったかい……。
とろとろと微睡んでしまいそうな心地よさと、爆発しそうな心臓の鼓動が共存しているというのも変な感じ。
「やっと、会えた……。大好きよ、ヒルデ」
「フローラ……」
ふいに、申し訳なさが込み上げてきた。
こんなにもフローラは、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたのに。
私は勘違いをしていたばかりか、ひと月近く顔も合わせずに……この気持ちにも応えられない。
けれど私は、フローラの周到さを理解していなかったらしい。
「アタシと一緒にこの国を出られるように、話をつけてきたわ」
「なっ、なんですってぇぇ!?」
ギョッとして、涙はどこかに引っ込んだ。
慌てて顔を上げた私に苦笑して、フローラはゆっくりと身体を離した。
「今しがた、オタクの国王サマとお話ししてきたのよ。ヒルデの不利益にならないように手続きすると約束してもらったわ」
「ルシャード陛下が……?」
フローラが妖しい笑みを浮かべた。
目はちっとも笑っていないのに、口元は完璧な弧を描いている。
一体どんな話をしたのか、気になるような、聞くのが怖いような……。
「勿論、無理強いする気はないのよ。今のままの暮らしを望むなら……それでもいいの」
「そんなことっ……!!」
思わず大きな声が出て、そして私は息を吐いた。
心臓が痛くて、破裂しそうなほどだ。
ゆっくりと見上げれば、フローラはただ美しい笑みを浮かべている。
「ここから……出られるの?」
「えぇ、そうよ」
フローラの声は、慈愛に満ちていた。
――ここから出られる。
言葉にできない様々な感情が、胸を突いた。
私は、フローラをじっくりと見つめた。
世界で一番美しい、魔法使いの王子様。
オネェ言葉で、押しが強くて、怒ると怖いけど……どん底にいた私を、ここまで引っ張り上げてくれた人。
私の……大切な人。
「っ、フローラと一緒にいたいと……言っても、許されるの?」
「当たり前じゃない」
フローラの嬉しそうな声が、私の胸に温かく広がっていく。
顔を合わせられなくて、苦しかった日々の記憶が溶けていくみたい。
「私……あぁ、フローラ。叶うのなら、貴方とずっと一緒にいたい。生まれて初めて、そう思えたの……」
「嬉しいわ、ヒルデ。本当に……心から、愛してる」
「私も……フローラを、愛しています……!」
掠れた声でそう言うと、フローラがもう一度私をギュッと腕に抱いた。
今度は私も、おずおずと腕を回してみる。
するとフローラの嬉しそうな笑い声が耳をくすぐり、彼の腕にもっと力が入る。
暖かく、幸せで、満ち足りた時間だった。
***
「――そろそろ、行かなくちゃ」
身体を離したフローラが、私の顔をそっと撫でる。
そして影を落とすと、次の瞬間にはいなくなっていた。
指を鳴らした高い音が、まだ耳に残っている。
恐らく、転移の魔法で自分の部屋へ戻ったのだろう。
先ほどまで腫れぼったく熱を持っていた私の目や鼻も、何事もなかったかのようにスッキリとしている。
フローラの痕跡は、どこにも残っていなかった。
***
しばらくすると、ブランカが私の侍女を伴って突撃してきた。
突撃、と表現するしかない勢いだったけれど、本人は部屋に入ってきてからもそわそわと何かを堪えている様子だった。
侍女たちが部屋に明かりを入れ、私の着替えを手伝ってから人払いされるなり、ブランカは大きく口を開いた。
「ヒルデが何かを言う前に、先に私から言っておくわね。……絶対、あの男の申し出を受けるべきよ!」
「えっ……?」
「お父様から聞いたの。ほら、あのいけ好かない魔法使いの王子! アイツがヒルデを迎えに来たんでしょう!?」
「なっ、なななな……!?」
慌てる私に、ブランカはビシッと指差した。
仁王立ちして、反論は許さないとでも言いたげな堂々たる姿勢だ。
「ヒルデは優しいから、想いが通じ合っていても、ここに残る選択をしかねないじゃない。でもダメよ。こんな陰気臭いところ、さっさと出ていった方がいいわ」
「ブランカ……?」
「あの男はっ! ちっとも! これっっっぽっちも!! 気に入らないけど!!! ……でも、ヒルデをとっても大切に想ってることくらい、あの視線を見ればわかるんだから。貴女ごと焼き殺しそうな程の熱量だったわよ」
「ブランカ……」
カァッと、顔が熱くなる。
この娘ったら全く、なんてことを言うんだろう。
「私、あの男のことは気に入らないけど、ヒルデのことは全力で応援するんだから。いーい? 後ろめたく思うことなんか、これっぽっちもないんだからね! だからヒルデが結論を言う前に、私が先に言わせてもらったの。幸せになってほしいから」
「ブランカ……ありがとう」
「ふふっ、それに私も、またしばらく結婚を急かされないとわかって嬉しいの」
ブランカは悪戯っぽく笑った。




