鏡の向こうのオネェ 2
「――いい? だから、美を探求するにはまず自分を愛さないといけないの! 取るに足らない存在のままだと、結局心のどこかで『こんなもんか』って思うのよ! そんなこと思ってる人間が美しいわけないでしょう!? だから、どんな角度からでも常に美しい自分を意識するように心掛けるの。ナルシスト上等よ! だからといって、他人を見下すような程度の低い連中と同じだと思ってもらっちゃ困るわ。そういう人間はね、卑しさがにじみ出てしまうの。自意識過剰な人間と、自己愛が強い人間は違うのよ! その辺り、理解しておいて欲しいものだわ」
「はい……肝に銘じておきますぅ」
オネェ王子ことフローラによる、意識改革という名のお説教は長時間に及んだ。
その末にようやく解放された私は、ぐったりと床にへたり込んでいた。
……いや、うん、元々腰が抜けていたのだけど。
寝起きから色々とありすぎて、すっかり疲れてしまった。
そんな私の様子を見て、フローラの表情に心配そうな色が浮かぶ。
「やだ、ちょっと大丈夫? 床で冷えたの? ずっと床に座っているものだから、床が好きなのかと思っていたのよ」
「まぁ……途中からはしっくりきてましたね。掃除はしてあるので、汚くもありませんし」
元日本人なので、正直落ち着いてしまったというのが本音でもある。
だけど気に入ったからといって、今後も床でコロコロしているわけにはいかないだろう。
流石に王宮中の人たちに不審者認定されてしまう。
床も悪くないという私の言葉に、フローラも眉をひそめている。
「そういう意味じゃないわよ、おバカね。なんだか具合が悪そうだと言っているの。少し床に座り込んだくらいで顔色を悪くするなんて、体力がなさ過ぎて、これからの指導に付いてこられるか心配になったのよ」
体調の心配じゃなくて、指導プランの心配だったらしい。
けれどこれが憎まれ口なだけだというのは、出会ったばかりだけど何となくわかった。
「実は病み上がりだったことを今思い出しましたテヘ☆」
「さっさと寝なさい!」
あえておどけて言うと、フローラはタレ目がちな眦を吊り上げた。
そして長い指で、向こうからも見えているらしいベッドを指す。
「今日はしっかり休んで、都合の良い時にまた繋いで頂戴。明日じゃなくてもいいわ。詳しいことは、またその時に。本格的なことは、アンタが元気になってからね」
このオネェ、本当に私に美容指導するつもりらしい。
その前に、気になることがある。
「そもそもこの鏡、どうやったら元に戻せるんでしょう? 繋ぎ直す方法もよくわかりませんし……」
「あ」
美人の驚いた表情は、やけに若く見えるのね~。
なんてうっかりと意識を飛ばしてしまうけれど、流石は魔法使い。
フローラはテキパキと代案を出した。
「今日はこちらから魔力を遮断するわ。恐らくそれで、普通の鏡と同じに戻るはずよ。次に繋ぐのは……そうね、明後日の夜、夕食後の最後の鐘の時間はどうかしら?」
夕食前に鳴る鐘が大体夕方六時くらいで、次に鳴るその日最後の鐘が夜九時くらい。
特に問題は無いので「大丈夫です。ではその時間に」と答えると、何とも言えない複雑な表情をされてしまった。
「王妃なのに、アンタ……そんな安請け合いして、王と過ごさなくて良いの?」
これはアレだ。
私のプライドを傷つけないように、遠回しに言ってくれているのね。
気にするようなことではないので、私はあっけらかんと告げた。
「国王陛下とは夜どころか、基本的に共に時間を過ごすことはないので大丈夫ですよ。私、お飾りの王妃なので」
さっぱりした顔の私とは対照的に、今度はフローラが頭を抱える。
「ヒルデ、アンタそういうところが……。いえ、この話はまた今度、じっくりと聞かせてもらうわ」
「え」
聞いても楽しいことなんて無いのに、それも指導の一環なのかしら?
首を傾げていると、立ち上がったフローラが鏡に手を当てる。
「明後日の夜までに、鏡のことも調べておくわね。あと、ちゃんと休むのよ。……じゃあ、また」
「あ、はい、さようなら……」
言うなり、鏡の表面が揺らいでフローラの姿が消えた。
元の状態に戻った鏡は、いつも通りの王妃の寝室を映し出す。
けれど――その中にいる私の姿が、先ほど以上に酷くやつれて見えた。
寝間着にガウンという格好のせいで、顔色の悪さが余計に際立っている。
これは確かに……酷い見た目、かも?
あまり自分の見た目を気にしていなかったけれど、こうして美人の後に比較すると、クマもあるしお肌も荒れている。
この状態では、自称『美の信奉者』であるオネェが怒るのも、無理はないかもしれない。
……それにしても。
鏡に話しかけたら、違う国の王子様が返事をするなんて、誰が予想できただろう?
自分がこの世で一番美しいと言い切るナルシストで、オネェ言葉を使う眩しいイケメン王子様。
本来の名前と肩書きであるフロリアン殿下ではなく、似た響きの女性名……フローラと呼ぶことを強要する、変な人。
優秀な魔法使いでご立派な役職まであるのに、私を美しく生まれ変わらせてみせると、やる気の炎を燃やしていた。
インパクトが強過ぎて、まだ夢の中ではないかと頬をつねってみる。
痛かったので、やっぱり夢じゃなかったらしい。
なんだかまだ、現実感がないけれど……。
あんなに取り繕わずに話をしたのなんて、いつぶりだろう?
少し前世の素が混じってしまった部分もあったとはいえ、王宮に来てからはおろか、実家の侯爵家にいたころですら、あれほど思うままに喋ることはなかった。
気の置けない話し相手が見つかったというだけでも、大きな収穫といえるかもしれない。
そして――この鏡は、やっぱり『魔法の鏡』だった。
どういう機能があるのかについては、フローラが調べてくれることに期待しよう。
悪いようにはならないでしょうと、根拠もないのにすっかり信用する気になっている自分が可笑しい。
様子を見に来たらしい侍女の声に、ようやく腰を上げて寝室を後にする。
私が目覚めたことを知らされて、ようやく医師がやって来たらしい。
「しばらく安静にすれば問題ないでしょう」というお墨付きをもらう。
今日は、怒涛の一日だった。
早々に湯浴みと軽い食事を済ませて、さっさとベッドに潜り込む。
あの美味しくないハーブティーは、滋養強壮効果のあるありがたいものだったらしいけれど、丁重にお断りしておいた。




