次なる計画
それぞれが己の過去を話すことで、私とフローラはお互いのことをより理解することができたと思う。
とはいえ、その全ては過去のこと。
私がシュヴァルツ王国のお飾り王妃をしている事実に変わりはないし、フローラはそんな私に、鏡の向こうからこれからも色々と指導してくれるのだろう。
そして私たちは、今日も魔法の鏡を繋ぐ。
「あらヒルデ。瞼の腫れは収まったみたいね」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
昨夜、泣き腫らして顔をパンパンにさせた私がようやく落ち着くと、フローラが問答無用で泣いた後のケア方法をレクチャーし始めたのは流石と言わざるを得ない。
指示されるまま顔を洗って、目の周りを冷やして、温めて……と血行を良くして、ごくごく優しくマッサージを行った。
そして今朝、顔の状態を確認したときには、既に泣いた跡はほとんどわからなくなっていたのだった。
色々とあったものの、フローラプロデュースによる私のデビュー戦として、陛下の誕生日パーティーを終えた今、次なる問題は――ルシャード陛下に提案された例の件である。
「『歩み寄るために、共に過ごす時間を作りたい』だったわよね? お飾り王妃としてのヒルデの境遇は聞いたけど、ルシャード陛下とブランカ姫の親子仲はどうなっているのかしら?」
首を傾げたフローラに、私も頭を捻る。
「うーん……、私の知る限りですが、恐らくフローラのイメージする『仲の良い親子』ということはないでしょうね。私自身があの二人との関わりを避けてきたので、詳しいところまではわかりませんが」
亡くなった前王妃とブランカについては、これまでの彼女の態度や周囲の反応から、親密な間柄だったのだろうということは想像に難くないけれど……陛下とブランカとなると、どうなのかしら?
血の繋がった親子とはいえ、食事すら共にしない人たちなのだ。
普段、仕事人間のルシャード陛下が執務室を出ることはないし、ブランカもそんな陛下の後継者として、仕事に勉強にと忙しくしていた。
息抜きのために、お友達や恋人たちと楽しそうに過ごしている姿を見かけることはあったけれど……陛下とブランカが、二人で過ごす時間というものが存在していたのかまでは、残念ながら私にはわからない。
「政務を共に行うことはあるでしょうが、そのような場で、あの陛下がブランカを娘として扱うとは思えません。一人の後継者として、接しているはずです。私的な会話が全く無いとは思いませんけれど……」
そういえばブランカ自身の口から、父親である陛下は彼女に無関心だったと聞かされたことを思い出す。
パーティーの場でも、共にいるのを見かけることは少ない。
ブランカが私に絡んでくることはあったけれど、同じことを父親にはしていないだろう。
そもそも陛下とブランカと私が揃うことすら、パーティーでの挨拶のタイミングくらいだもの。
父親に対するブランカの反抗期とも考えられるけど、例の騒動後の対応はきちんと相談に行ったようだし、口を利きたくないほど嫌っているということはないはず。
陛下は……私にもそうだったけれど、ブランカとも事務的な会話をしている姿しか思い出せない。
あの親子は不仲ではないけど、良好な関係でもないというところだろうか。
「……なんというか、殺伐としていそうな親子関係ね」
「そうだったとしても、全く意外ではないですね」
表情を曇らせたフローラに、大きく頷く。
家族仲の良いフローラには考え難いかもしれないけれど、『お互いにドライ』というのが、私から二人に対するこれまでの印象に近いかしら。
「ふーん、だからヒルデと姫、二人の都合の話をしていたのね。そういえば、姫のことも蔑ろにしていたと言っていたかしら? それって……父親である本人が認めざるを得ないほど、放置していたということよね」
「そんなことも言っていましたかね。――結局、陛下は血の繋がった実の娘に対してすら、情の薄い人なのでしょう」
だからブランカに七人も恋人がいても、何も言わなかったのだろう。
信じて見守っているのかと思っていたけれど……そうではなかったのよね。
「正直、私を巻き込まずに、勝手に親子の仲を深めてくれという気持ちが強いです」
吐き捨てるようにそう言った私に、フローラも眉を寄せる。
「ヒルデが二人との付き合いを嫌がっていることはわかっているわ。だけど、いつまでもこのままでいることはできないのは、ヒルデが一番よくわかっているでしょう?」
「そうですね。えぇ……、よく、わかっています。今の私には、あの人たちが家族なのですから」
私も頑張ると、決めたのだ。
そのためには、今までのように嫌なことから逃げて引きこもってばかりいるわけにはいかない。
「……ねぇ、陛下はともかく、ブランカ姫とはどうなの? 彼女に対しても、思うところはあるだろうけど、それでも今のヒルデを認めてくれたのでしょう? あの年頃だし、今まで彼女なりに、ヒルデに甘えていた部分もあったんじゃないかと思うの。ヒルデは今でも、ブランカ姫が嫌いかしら?」
心配そうに問いかけるフローラに苦笑する。
「私は、ブランカを嫌ってはいませんよ。そりゃあ、折り合いが悪かったので苦手意識は今もありますけど……彼女が私を嫌っていること自体は、納得していたんです。まだ思春期の彼女が、急に現れた継母に対して攻撃的になってしまうのは仕方のないことです」
それに、あそこまで我儘で意地悪な態度を取っていたのは、不安定な心境だったブランカを焚きつけた者たちがいたせいだった。
彼女自身の口から、奔放に過ごしていた理由も打ち明けられた。
やり過ぎていた感もあるけれど、ツンデレっぽいところもあったし、フローラの言うように、ブランカなりに私に対して甘えていたところがあったのかもしれない。
必要に迫られてしか接することのできなかった私と違い、ブランカはことあるごとに私と関わろうとしていたようにも思える。
好意を抱けない継母を無視することもできただろうに、彼女は決してそうはしなかった。
最近はブランカの素直さに触れたことで、私の彼女への印象は変わりつつある。
「全てを忘れて、母娘のように接することは難しいですが……だけど、私も彼女の家族の一員となった身として、これまでとは違う関係を築きたい気持ちはあります」
押し付けたいわけじゃないし、積極的にアレコレしようとは思わない。
けれど、必要な時は私も彼女の力になれるように、何かしてあげられるような存在でありたい。
「それなら、まずはブランカ姫との時間を増やしてみたらどうかしら? アタシからしても、気に入らない小娘だっていう気持ちはあるけど、昔の妹を見ているようでもあるわ。ヒルデと同じように、陛下に蔑ろにされていたというなら、話が合う部分もあるんじゃないかと思うの。彼女を味方にすることができれば、陛下のいる場も少しは楽になるかもしれないわ」
陛下は「朝食でも」と言っただけで、別に戦いに行くわけじゃないのだけど……。
だけど、確かに私にとって陛下と対峙する場は緊張と恐怖を感じるので、そんなときに、ブランカに明るく間に入ってもらえれば少しはマシだろう。
「血の繋がった親子を相手に何か要求されることがあったら、今までのようにヒルデだけが我慢させられる可能性もあるでしょう? そうならないためにも、先にヒルデとブランカ姫との関係を何とかしておくことは重要だと思うの」
「ふふ、女性同士で結託できれば、心強いですね」
今の状態で三人集まったところで、気持ちだけが空回って苦痛を感じるだけだろう。
結局、利用する目的で近づこうとしているようで、心苦しさもあるけれど……。
どの道、ブランカとの仲もどうにかしなければいけないことなのよね。
そうして私の次なる目標は、ブランカとの交流の時間を設けることに決まったのだった。




