幕間 フローラの日常 2
フローラが食堂に顔を出すと、一同は皆喜んだ。
父王は「よく来た」と言い、兄は「元気そうだね」と声をかける。
兄嫁とは穏やかに挨拶を交わし、にぎやかな朝食の時間が始まった。
家族の近況を聞きながら、時折混ざる兄と妹の惚気話に、フローラは眩しそうに目を細める。
兄嫁は兄との大恋愛の末に他国から嫁いできた姫で、兄夫婦は既に二子の親ながら、未だ新婚のように睦まじく過ごしている。
妹の婚約者は公爵家の嫡男で幼少期を共に過ごした幼馴染のような相手な上、幼いころの妹は彼を子分のように従えていたというのに、何がどうしてそうなったのか、今や熱愛中のこの二人も仲の良さでは兄夫婦に負けず劣らず社交界を賑わせているらしい。
ちなみに、事あるごとに「シャルロッテがもうすぐ嫁ぐ」と家族の間でしんみりした空気が流れるが、彼女が公爵家へ嫁ぐのは半年以上先のことである。
公爵家の邸は目と鼻の先だし、なんだかんだと顔を出したり呼び戻したりする気満々の人たちに、兄嫁などは家族愛が強すぎると苦笑していたりする。
父王や兄妹は、家族を支えるために一番苦労したフローラにこそ良き伴侶と結ばれてほしいと願っていたものの、結婚願望のないフローラが『自分より美しくない人とは結婚したくない』と言い続けたので、最近では何も言わなくなっていた。
かなりの強気発言だったが、それでも自分の美しさに自信のある令嬢が言い寄って来たり、紹介されたりということは勿論あった。
けれど、その度に「本当に、アタシより美しいと思っているの?」と圧倒的な美貌を持つフローラに女性言葉で問われると、大半の女性は踵を返した。
元より人の美醜など、言い出した本人――フローラの超個人的な判断基準であり、これは誰にも頷くつもりのないフローラによるただの言い訳に過ぎない。
誰よりも美にこだわり、女性名を名乗り、女性言葉を話し、結婚しようとしないフローラのことを同性愛者ではないかと疑う声もあったけれど、話題になるほど怪しい相手などおらず、結局フローラは結婚相手にはなり得ない雲の上の存在なのだと、女性陣から遠巻きに見られるというポジションを獲得したのだった。
フローラは和やかに会話を交わす家族を見渡す。
ここにいる誰かが欠けてしまうことなど、考えたくもない。
けれどヒルデが言ったように、裏切りにより奪われた過去のせいで再び奪われることを恐れる気持ちは、全く同じとは言えないながらも、フローラにもよく理解できたのだった。
***
朝食を終えたフローラは、そのまま王宮の敷地内にある魔法師団の本部へ向かう。
王宮内とは違い、歩くには距離があり過ぎるので哨戒も兼ねて上空へ飛び上がり、浮遊したまま移動すると堅牢な建物へ降り立つ。
団長室へ入れば、その様子を見ていた副団長のライナーにしみじみと感心されてしまった。
「団長って、本当に贅沢な魔力の使い方しますよね~」
「必要なことなんだから、決して無駄遣いじゃないわ」
「別に魔力の無駄遣いとは言ってませんよ。ただ羨ましいだけです」
「魔力の運用が上手いのはアンタの方じゃない。それほど魔力量に差もないし」
「いえいえ、俺のは節約上手ってだけですから~」
「やっぱりアタシのこと無駄使い扱いしてるじゃない」
ポンポンと言葉を交わしつつ、訓練の進捗状況や研究棟の報告に目を通していく。
魔獣発生の報せがないことに今日も安堵するが、警戒を緩めるわけにはいかない。
クライノート王国内は魔素が多い土地ゆえに、魔獣と呼ばれる獣が発生することもあり、それを討伐するのも魔法師団の任務の一つである。
今までフローラは積極的に訓練や研究にも参加していたけれど、ここひと月ほど放置してみると、ずっと口出ししていたころよりも伸びが良く、たまに顔を出す程度の方が部下たちの効率が良いことに気づいてしまった。
そのことをまざまざと突きつけられたせいで、仕事スタイルの変更を余儀なくされたフローラだったが、ライナーに「ずっといないのは困りますけど、団長みたいに有能で顔の良い人が現場にいるだけで緊張するので、今くらいで丁度良いです」と言われてしまい、結果も出ているので認めざるを得なかった。
個人的な事情により、仕事人間というのは悪いことなのだと思う気持ちも芽生えていたので、しばらくは今の状態を続けようと思っている。
フローラ自身も休暇をとらずとも他のことに時間が使えるようになったので、お互いにとって良いことなのだと考えることにした。
このひと月の間に、ライナーはコッソリと鏡同士で映像と音を送り合う魔法具を作り上げていた。
携帯できるほどの小さな二枚の鏡を見せられ、念のために誰かに渡すつもりか確認する。
「渡す相手なんていませんよコンチクショウ!」ということだったので、動作確認のためにフローラが相手を務めたものの、無事通信できたにもかかわらず二人の間に虚しさが広がった。
昼食を団長室で食べて、もう少し業務をしたら本日の仕事は終了である。
日が高いうちに鏡だらけの部屋へ戻ると、ラフな部屋着に着替え、ヒルデの次なるドレスやメイクを考える。
考えると言っても構想は既にたくさんあるので、どれが良いか見比べながら、本人に提案するものをいくつか選んでいく。
こうして久しぶりに誰かの魅力を引き出すために己が身につけた技能を使うのは、自分のためのものとはまた違った楽しさをフローラに与えてくれる。
夕方の鐘の音が聞こえてくると、部屋に夕食が運ばれてきた。
すっかり支度が整えば、指を鳴らして鏡を繋ぐ。
「こんばんは、ヒルデ。ゆっくり休めたかしら?」
映し出された元気そうな姿に、フローラは笑みを浮かべたのだった。




