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白雪姫の継母と鏡の向こうのオネェ  作者: 汐乃 渚


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32/65

幕間 フローラの日常



短い睡眠を終え、フローラはベッドの上で身体を起こした。



しばらくぼんやりとしながら、侍従がカーテンを開けたことで窓から差し込む光を浴びる。


昨夜――いや、つい数時間前に聞かされたヒルデの過去が、今もフローラの頭の中を占めていた。



二度に渡る、婚約者と身近な人間による裏切りに、今も癒えないほどの傷を負ったヒルデ。

そんな彼女を領地から引き離し、お飾りの王妃に据えたシュヴァルツの国王。

歓迎されるわけでもなく、信用できる人間もおらず、夫の無関心と継子からの悪感情にさらされながら過ごす王宮生活。

主張することを好まない彼女には、王妃の肩書など重荷なだけだっただろう。



――出会ったころのヒルデに、生気がなかったのも無理はない。


フローラは、青白い顔で座り込んでいた、かつてのヒルデの姿を思い返す。



きっとあのころのヒルデは、既に限界を迎えていたのだ。



魔法の鏡が作られる原因となった、アンネマリー姫と似ているような気がする。

彼女は愛した兄の死によって、衰弱して亡くなった。

心の拠り所を失い、命を落とした例はフローラが知るだけでも他にもある。


彼女を慈しんだ両親と別れ、故郷から引き離された数年間で、徐々にやつれていったヒルデ。

病み上がりだと言っていたけれど、食が細った彼女があのままの生活を続けていたら……もしかすると、もう今頃はこの世にいなかったかもしれない。


考えるだけで胸が締め付けられるが――自分たちの出会いは決して無駄ではなかったと、フローラは自らに言い聞かせる。



フローラと出会ってからの、このひと月。

たったひと月で、ヒルデは見違えるほど変わった。

強引なほどのフローラの指導に、ヒルデ自身が一生懸命ついてきた結果である。


昨晩は別れになると思っていたと、彼女は言ったけれど……昏い影を背負いながらも、立派に戦ってみせたヒルデなら、同じ心配は要らないだろう。


フローラには、彼女の傷を癒すことはできない。


けれど、自分と接するうちに、ヒルデは少しずつ自信を取り戻し始めている。

ヒルデを信じるフローラを、彼女は信じているのだから。

いつかきっと乗り越える日が来るはずだ。


どうか未来へ目を向け、新しい幸せを見つけてほしいと、そう願っている。



フローラは侍従に差し出された一杯の紅茶を飲み干してから、ようやく立ち上がった。


丁寧に顔を洗って、ひげを剃る。

傍に控えた侍従は剃刀を渡すだけで、処理は自らの手で行う。

元々ひげが濃い方ではないけれど、ツルツルな状態を保つには毎朝剃るしかない。


手際よく、執拗なほど念入りにスキンケアを終わらせ、鏡だらけの自室で侍従に渡される衣服を身に着けていく。


今日は仕事に行くので、部屋着のブラウス姿ではなく白と金のジャケットにマントという魔法師団団長の服装である。



フローラは部屋を出て、食堂に向かった。


指導の一環として鏡の前でヒルデと食事をとっていたけれど、ほぼ毎食を共にするのは彼女を恐縮させていたようだった。

昨夜で別れを想定していたのは、フローラの家族との時間を奪ってしまっている申し訳なさからも来ているのだろう。


今日のヒルデとの約束は夜なので、朝食は部屋でなく久しぶりに家族と食堂で食べるつもりだった。



長い廊下を見渡しながら歩く。


フローラほどの魔法使いともなれば、食堂まで転移することなど造作もないけれど、それでは王宮内の異常に気づけない。

そのためフローラは、急ぎでなければ足を使って移動することを選んでいる。



途中、王家の人々が描かれた肖像画が飾られたエリアで歩みを止める。

フローラの視線の先には、今は亡きクライノートの王妃――フローラたちの母の肖像画があった。


豊かな黄金色の髪に、紫の瞳。

美しい顔に優しげな表情を浮かべる女性は、フローラによく似ていた。

嫁いだばかりのころに描かれたものなので、絵の中の彼女は今のフローラよりも若く、記憶にある母ともどこか違って見えた。



ジッと肖像画を見つめていると、背後から声を掛けられる。



「フローラお兄様! おはようございます!」



振り返ったフローラが妹の姿を認めると、表情を緩める。



「ロッテ! おはよう。今日も綺麗ね」



ロッテと呼ばれた少女は、シャルロッテ・フォン・クライノート。

フローラの愛する妹姫である。


久しぶりに会った兄に嬉しそうな顔をしながらも、幼いころのように飛びつくような事はせず、優雅に近づいてくるシャルロッテは既に立派な淑女であり姫君であった。

そんな妹の姿を感慨深く見つめるフローラだったが、続く言葉に美しく整えられた眉を下げる。



「本当に久しぶりね、お兄様。ひと月ぶりかしら? もうすぐ嫁ぐ妹と過ごせる日々も残り少ないというのに、食事まで部屋に運んで籠るなんて、よっぽど大切なご用事があるのね」



言葉だけなら嫌味のように聞こえるけれど、シャルロッテの表情に含むものはない。

愛する妹よりも優先して大切にできることが見つかったのだと、彼女は本気で喜んでいた。



「……えぇ、そう。とても大切なことなのよ」



ごく自然な動作で腕を組み、妹をエスコートしながらフローラは答える。


流石に、他国の王妃と魔法の鏡を通じて友人になったのだと言えば、妹は飛び上がるだろう。

鏡にかけられた魔法のことは隠しておかなくてはならないし、話せないのは心苦しいが、仕方のないことである。



「お兄様、今朝は少し疲れていらっしゃるように見えるけど、だけどとっても嬉しそう。私にはわからないけれど、きっと良いことがあったのね」

「ロッテには敵わないわね」

「うふふ、これでも私はお兄様の妹なのですもの」

「ロッテは世界一の妹よ」



フローラのことなら何でもお見通しな妹と笑い合う。


昨夜は、とにかく色々とありすぎた。


だけど本来の目的であったパーティーへの参加は成功と言って良いだろう。

美しく着飾ったヒルデは、自信なさげなところもありながら、贔屓目を除いてもとても綺麗だった。

フローラのおかげだと言いながらも、美しく輝いて見えたのは、間違いなくヒルデ自身が変わり始めているからだ。


聞かされたヒルデを取り巻く過去や環境は辛く苦しいものだったけれど、打ち明けてくれたこと自体は嬉しくて、誇らしく思えた。



食堂に向かいながら、これから朝食は家族と食べるのに戻すと伝えれば、シャルロッテははしゃいだ声を上げたのだった。



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