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白雪姫の継母と鏡の向こうのオネェ  作者: 汐乃 渚


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陛下の反応



やって来た迎えの知らせに部屋を出ると、廊下で私を待っていたのは普通の護衛ではなく、なんと騎士団長その人だった。


近衛隊長をすっ飛ばしての騎士団トップのお出ましに、流石に度肝を抜かれてしまう。



「あ、あら……今夜はバルマー卿が会場まで連れて行ってくださるのですね」



国一番の猛者と呼ばれる人間の鋭い眼力に、思わず一歩後退る。

既にビビり始めている私の前で、バルマー卿は勢いよく跪いた。


見上げるほど長身の男性が視界から一瞬で消え、一拍後には他の面々も後に続いたせいで、驚きよりも恐怖が上回る。

ズザッという効果音が聞こえるのと同時に、私は「ヒッ」ともう一歩後退ろうとして――ドアに阻まれた。


なんとか体裁を取り繕うと、きびきびとしたバルマー卿の声が廊下に響く。



「王妃殿下! 先日の護衛騎士の失態、誠に申し訳ございません! 未だ、騎士団は王妃殿下の信用を取り戻すには至っておりませんが、少しでもご安心いただくため、不詳ながらこのエグハルト・フォン・バルマーが今宵王妃殿下の随伴を務めさせていただきたく、馳せ参じた次第でございます!」



あぁ……成程。


騒動の後、『護衛が信用できない』という理由で引きこもっていたから、パーティーのために私が部屋を出るとなれば、騎士団の面子のためにも相応の人物を配さなければならないわけで。

そういった事情もあるから、いつも陛下にへばりついている騎士団長がわざわざやって来たのね。


理解してしまえば、先ほどの驚きが嘘のように、頭がスゥっと冷えていく。

これがきっと、彼らなりの誠意なのだろう。



「……では、会場までどうぞよろしくお願いします」



許可を出し、立ち上がった面々を見渡す。

解任された王妃の護衛の代わりに、臨時で陛下の護衛たちが割り当てられたというのも嘘ではなかったみたい。


微妙に見覚えのある顔に囲まれながら、バルマー卿の腕を取る。


陛下と変わらぬ年頃の、若く猛々しい騎士団長。

彼は年齢にそぐわぬ立派な武勇を持つ、陛下の腹心の部下の一人である。

いつも口を引き結んでいる堅物で、声を聞いたのも今回が始めてだ。


見上げれば、彼は既に私を視界に入れていない。

全身からこれ見よがしな警戒オーラを発している彼を見ていると、ふと意地悪心が湧いてしまい……思わず浮かんだ言葉を口にする。



「ふふ、今宵は不埒者に出会わないことを祈るしかありませんわね」

「必ずやお護りいたしますので、断じてそのようなことは……」



困惑した表情を浮かべた騎士団長を見て、少しばかり胸がすく。


私の発した言葉のせいで張り詰めた空気になりながら、会場へ向かったのだった。



***



案内された控室で、本日の主役を待つ。


ここまで私を連れてきた騎士団長は、役目を終えたら本来の主の元へとんぼ返りするものと思っていたけれど、予想外にも控室にいる間も私の背後に控えている。

立ったまま、ぼんやりと会場のにぎやかな喧騒に耳を傾けていると扉が開き――本日三十六歳の誕生日を迎えたルシャード陛下が現れた。



ブランカとそっくりの抜けるような青空を思わせる瞳に、礼装に合わせてカッチリと後ろに撫で付けて固められた黒髪。

書類仕事ばかりのくせに、そうとは思わせない精悍な身体をフロックコートが包んでいる。

大層おモテになりそうな凛々しく整った顔立ちながら、鋭い目つきと厳格さが漂うオーラのせいで、傍に寄れる人間は限られている模様。


――正直、私も見惚れるどころか近づき難さを感じて退散したくなる。



ルシャード・フォン・シュヴァルツ。

在位七年目、若干二十八歳で王位を継いだ若い国王。

国を導く手腕は大したものだけど、国政にかまけて家庭を顧みない、超がたくさん付くほどの仕事人間である。


『年増の変わり者令嬢』と呼ばれ領地に引きこもっていた私を、お飾り王妃の地位に縛り付けた張本人。

後妻として嫁いで三年ほどになるものの、夫婦らしい交流など皆無で、私にとっては夫というより冷血な上司のような人だ。



「待たせたな、王……妃?」

「シュヴァルツ王国の偉大なるルシャード陛下に、生誕のお祝いを申し上げます」



不愛想な声かけに、礼をとって誕生祝いを告げる。

顔を上げれば、早く取れと言わんばかりに突き出された腕が――あら?


いつもならそのまま会場へ向かうところなのに、視線の先には棒立ちしている陛下の姿が。

バルマー卿は無反応だったし、どうせこの人も同じだろうと思っていたら、意外なことに変身後の私の姿に気付いたらしかった。



「王妃、なのか? その、随分と……変わった、な?」

「はあ……」



私の格好を見て珍しく困惑した様子の陛下に、思わず気の抜けた声が漏れてしまい、慌てて笑みを貼り付ける。


いけない、いけない。

せっかくフローラが素敵にしてくれたから、いつもの陰気な無表情は封印しようと誓ったばかりだったのに。



「少し装いを変えてみたのです。以前の格好は……あまり好評ではありませんでしたので」



かつての派手でケバい姿は、私を含め方々から思いっきり酷評の嵐だったわけだけど、一応言葉を濁しておく。


陛下は私の返答に、目の前の王妃らしき人物がようやく別人ではないと納得したのか、いつもの感情の読み取れない顔に戻った。



「そうか……確かに今の装いの方が、よく似合っている」

「…………ありがとうございます」



今までの酷い恰好を見ても文句ひとつ言ったことのない男に思いがけず褒められてしまい、喜んだものか微妙な気持ちになるけれど、褒められたことに違いは無いので、とりあえずお礼は言っておく。


エスコートのために差し出される腕を待つ私の期待に反して、陛下は再び口を開いた。



「ブランカの報告を聞いただろうが……苦労をかける。だが貴女のおかげで、王宮内の不穏な動きに気付くことができた。改めて、礼を言う」

「いえ、陛下からお礼を頂戴するほどのことでは……」



引きこもりライフは快適だし、騒動以降のことについてはノータッチなので、私の功績ではないと思う。

私がしたことと言えば、全ての煩わしいことを放り出して逃げただけ。

だからお礼を言われても困るのだけど……。



「謙遜しないでくれ。王妃はよくやってくれていると思う。……どうか今夜も、よろしく頼む」

「……お褒めにあずかり、光栄でございます」



どうやら陛下は、本気で言っているらしい。

心中は複雑だけど、これ以上何も言われなくて助かった。


ぎこちない会話を終えてようやく差し出された腕を取り、入って来たのとは別の扉へ向かう。



用事が無ければ顔を合わせることもない、名前だけ夫婦の私たち。

たったこれだけの会話でも、過去一年分の会話を合わせたくらい喋ったんじゃないかしら?


今夜のようにパーティーへ連れ立って参加するのが、私たちの数少ない共同作業の一つである。

拘束されるのは陛下とファーストダンスを踊り終えるまでなので、そこまで長時間でもないのはお飾りの特権ね。



陛下にエスコートされ、私はいよいよパーティー会場へ足を踏み入れたのだった。



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