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魔法の鏡



何はともあれ、ようやく落ち着いて考えられるようになった。


片づけのためにやってきた侍女たちを下がらせ、ため息を吐いてもう一度カップの中身を口に含む。

謎のハーブティーは青臭くて何とも言えない味だけど、飲めなくはない。



そもそもの発端は――そう、王宮の廊下で不注意な義娘とぶつかって、そこから色々なことが連鎖していった。


お互いふらついただけで済んでいれば、天真爛漫で可愛らしいお姫様だと周囲が微笑んで終了だったのに、突っ込んできた勢いがそこそこあったせいで、私だけ受け身も取れずに転ばされてしまった。


ここまでは……まぁ、わかる。


まさか、転んだ拍子に胴を締め上げていたコルセットのせいで気を失うなんて、思ってもみなかった。

そういえば、あの日はやけにきつく絞められたんだったかしら?

最近食べ過ぎた記憶はないけれど……。



そして気を失った私は、その衝撃で前世の記憶を思い出した。



うん……突拍子もないわ。

だけど異世界転生って、そういうものよね?


蘇った前世の記憶は、思い出して終了! とはいかず、夢と現を彷徨うように、私は熱にうなされながら少しずつ思い出していくこととなった。

そしてようやく目覚めたところで、これらの出来事がやけに大事になっていたことを知り、ブランカが突撃してきた……と。



私からすればそれぞれ別の事件なのだけど、どうやら全部ひっくるめて、奔放なお姫様のせいで怪我をしたショックで寝込んでいるように見えたようで……どうせ肩書きだけの王妃なのだから捨て置いてくれというのは、少し卑屈過ぎるかしら?


だけど、ブランカの可愛らしさに目を奪われて彼女を止められなかった王妃の護衛は職務怠慢なので、それなりに罰を受けるだろうけど仕方ない。

ぞろぞろと邪魔臭いばかりの護衛なんて、いてもいなくても変わらないなら、いないほうがよっぽどマシだもの。

絶対にその方が、お互い幸せよね?



前世を思い出したとはいえ、私がヒルデガルト・フォン・シュヴァルツであることに変わりはない。


結婚する以前は『年増の変わり者令嬢』と呼ばれる侯爵令嬢だったし、したくもない結婚をした後は国王であるルシャード陛下のお飾り後妻であり王女ブランカ姫の継母として、王宮で『冷遇よりはマシ』という程度の王妃生活を送っている。

対外的に家族になったとはいえ、夫と義娘に関わりたいとは思わないし、肩書きと衣食住は保証されているのでこの日陰暮らしも悪くないと開き直ってきているところ。


前世の自分は、なんというか現実味のある夢の人物という感じかしら。



それはそうと――気になるのは、やけにこの世界が異世界(・・・)というだけでなく、お伽話の『白雪姫』と似ていること。



ブランカは周囲にその美しさから『白雪姫』と呼ばれているし、これはもう、直接的な要素よね?

継母の私はといえば、自分の容姿は別にどうでも良いけど、くすんだプラチナブロンドが白髪っぽいから、老婆要素はあるのかも?

ルシャード陛下は超がたくさん付くほどの仕事人間で、あまり家庭を顧みないあたりが父王の薄い存在感?


あとは……我らがお姫様ブランカは、家事と引き換えに衣食住を与えてくれる七人の小人どころか、かしずいて甘い言葉を囁いてくれる見目麗しい恋人たちを七人侍らせている。


それもどうなの? と思わなくもないけど、お伽話補正ならまぁ……良いんじゃないかしら。


この世界、実は『白雪姫』をベースにした乙女ゲームの世界なのかもしれないという考えが一瞬頭を過るけれど……ややこしいので、あまり深く考えるのは止めておこう。

どちらにせよヒロインはブランカでしょうから、逆ハーもどうぞご勝手に、という感じね。



似て非なる部分ばかりだけど、私がここが『白雪姫』の世界だと思った理由がもう一つ。


王妃の私室には、人を招き入れるためのパブリックな居間と、完全な私的空間である寝室がある。

この王妃専用の寝室にある使ったことのない扉は、更に国王夫妻の寝室に繋がっているのだけど――それはさておき。


本当の意味で私室と呼べるこの部屋には、ベッド以上の存在感を放つ、古くて大きな鏡が飾られていた。



『白雪姫』といえば――そう、魔法の鏡よね。



私は立ち上がると、扉を開けて寝室に足を踏み入れた。


全身がすっぽりと映りこむくらい、大きな大きな鏡の前に佇んで、中を覗き込む。


白髪のような、くすんだプラチナブロンドの髪。

翡翠色といえば聞こえは良いけれど、幼いころから覇気がないと言われた表情のせいで、濁った沼の底のような色に見える瞳。

白を通り越して、不健康そうな青白い肌。

ツリ目と下がった口角に尖った顎で、キツくて冷たい印象を与える顔。


病み上がりなので、今日は濃いメイクも派手なドレスも無いだけマシね。



いつも通りの自分が映るこの鏡は、歴代王妃の寝室に引き継がれてきたそう。

部屋には鏡台もあるけれど、やっぱりこの鏡の存在感は桁違いで、ただならぬものを感じさせる。



これは、ただの好奇心。



私――ヒルデガルト・フォン・シュヴァルツは、本当にあの(・・)『白雪姫』の継母なのか。


それを確かめてみたくて、鏡に向かって一番有名なセリフを唱える。



「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」



こんな感じ……だったわよね?


口にするなり酷く気恥ずかしくなってしまって、広い部屋に一人きりだというのに「――なーんてね」と小声で呟いて、視線を逸らす。


頬がみるみると染まっていくのがわかる。


やってしまった……!

流石にこれは、二十五歳にもなって恥ずかしいわ。



魔法のかかった道具はとても高価で、いくら王妃の私室だからって、そんな大層なものが姿見として使われているなんておかしいもの。

どうせこの鏡だって、物凄い存在感だけど実際は古くて大きいというだけで、何の意味もないに違いない。


というか、答えが返ってきたところで「それは白雪姫です」なんて、わかりきったことを言われるに決まっているのに。

至って通常営業で何の問題もないし、それなのにわざわざ尋ねた私は、単純にイタい人ということになってしまうじゃない……!



……いや、ちょっと待って。


私は別に、「私が一番美しいわよね?」って聞いたわけじゃないから、まだセーフかしら?

ううん、鏡に話しかけている時点で、もう言い訳のしようがないわよね……。



口に出したことを後悔しながら一人頭を抱えるまでの、一秒にも満たない時間。


私が気付いていないその間に、鏡の表面が揺らめいていて――






「この世で一番美しい人? それは――このアタシに決まってるじゃなァい!!! おバカなこと聞いてんじゃないわよ!」

「ふぇっ!?」




まさか本当に、鏡から返事がくるなんて……!?


というか、女性のような言葉遣いだけど、声は艶っぽい男性のもので――。



「お、オネェ!? なんで???」



あまりに想定外過ぎて、うっかり腰を抜かしてしまった私を鏡の向こうの人物が見下ろしている。



「『オネェ』って何よ!? アタシはアンタの姉じゃないわ!」

「ひぇぇ……そういう意味じゃないですぅ……」



呆然としながら顔を上げれば、絶世の美男子としか言い表しようのない王子様が、眉をひそめて仁王立ちしているのが見えた。


確かにこの人、ブランカより美しいわ……!!



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