ブランカの決断
そもそもあの日、あの庭園で私とブランカが鉢合わせること自体がおかしかったのだと、今更ながら知ることになった。
私があの庭園にいることを、ブランカの恋人の一人が彼女に伝えたのだという。
「今から行っては王妃と鉢合わせしてしまうから、時間をずらして行ってみないか?」と。
だけどブランカは、すぐに向かうことを選んだ。
「私がぶつかって以来、お義母様が初めて部屋の外に出られたので……その、直接姿を拝見して、本当に元気になっているのか確かめたかったんです」
どうやら、ブランカなりに心配してくれていたらしい。
あの日はツイてないとか思ってしまって、申し訳なさが募る。
そうして急いで庭園にやって来たブランカだけど、私に会うことは叶わなかった。
ブランカは私に会いたいのだと口に出したわけではなかったので、嫌っている継母に会わせないように誘導した別の恋人がいたそうだ。
そして、話はそれだけでは済まず――。
「ジョストとマティアスを、けしかけた者がいたのです」
一人は、お姫様のためだと、王妃に喧嘩を売るように誘導され。
一人は、仲間を庇うフリをして王妃を誑かすチャンスだと唆され。
「最終的に騒動になったわけですが……これらの出来事は、私の恋人としてお義母様に嫌がらせをするという範疇を越えています。むしろ――私とお義母様の対立を、煽っているように思われませんか?」
急にややこしくなってきた話に、頭が悲鳴を上げる。
えぇと……確かにあのときは、赤毛君がブランカの名前を出して私に喧嘩を売ってきたし、金髪の方は愛人志望だったので……受け入れた場合は、私がブランカの恋人を取り上げたことになっていたのかも?
あの日キレた後は、悪者に仕立て上げられてももう良いわ! くらいに思っていたので、対立どころか喜んで去るつもりだったけど、ブランカの言う通り、どこを取っても『白雪姫VS継母』の構図になっている。
ここまで考えると、そもそもブランカに庭園と私の情報を伝えた恋人も怪しく思えてくるような……。
というか――義娘の恋人が七人もいたら、ややこしいに決まっている。
「平たく言えば……あの日起きた出来事は、全て何らかの陰謀でした」
ゾッとする響きではあるけれど、意図的であるにしろ、ないにしろ……ブランカの言う通り、何らかの企みがあったと思われる状況に、思わず身体を竦めてしまう。
「人払いをお願いしたのは、このためです。私の恋人には、その陰謀に加担する者が紛れ込んでいました。そのため――全員をこの度の騒動の共謀者として、王宮への出入り禁止と自領地への謹慎に加え、相応の罰金を課しました」
恋人たちは全員、連帯責任ということだ。
王族の名誉に関わる罪なので、生半端な金額ではないだろう。
既に裁かれた二名は明らかな実行犯として、彼らの実家は他と比べても巨額の罰金を支払うことになるらしいけれど、家門に金銭で解決できる以上の沙汰が無いのは幸いと言えるかもしれない。
「えっと……それは、全員とお別れしたということ?」
予想外の結末に思わず聞き返すと、ブランカは薄く口元に笑みを浮かべた。
その表情は天真爛漫な彼女らしくなくて、ドキリとする。
「元々、彼らに恋心を抱いていたわけではないのです。それに、信用ならない者をこれ以上傍に置いておくことはできないのですから、当然の帰結と言えるでしょう」
ブランカは、真っすぐ私を見つめる。
ようやく年相応の笑みを浮かべた彼女だけど……その瞳は、深い悲しみを湛えていた。
「責務を考えず、奔放に遊びまわるのは……本当に楽しかった。みんな優しくて、普通の女の子になれたみたいで、お父様の無関心にも、お母さまがいなくなった悲しみに向き合わずに済んだわ。新しいお義母様は、私がどんなに傍若無人に振舞っても、子供として扱ってくれた。居心地の良い、夢のような時間だった。――だけど、それももうお終い」
次に目を開いた彼女は、高貴さを纏う王族の姫君だった。
「恋人たちに罰を課しておきながら、私だけが今まで通りでいられるはずもない。お義母様のご慧眼のおかげで、目を覚ますことができましたが……全ては己の不明が招いたこと。こんな風に自身の心地良さを優先し、周囲に流されて騙された愚か者が次期君主だなんて、許されません」
キッパリとしたブランカの言葉に、嫌な予感が止まらない。
「お義母様を含め、誰も私の罪を問うことは無いでしょう。ですが、それでは私は私を許せない。なので、後継者の地位は返上しようと――」
「え、いや、ちょっと待った!!」
焦って思わず立ち上がると、ブランカは微笑んで先を続ける。
「――したのですが、お父様に『あまりに無責任な決断だ』と叱られてしまいました。生まれた日からこの国の後継者として育てられた私がそのような選択をしては、方々で問題が起こるのはわかりきっていますから」
続いた言葉にとりあえず安心して、再びソファーに腰を下ろす。
「あ……よ、良かったです。陛下が止めてくださったのですね」
「というよりも、今回の処罰の件はお父様と相談した上でのものなのです。……その、陛下への申し入れは構わないとのことでしたので」
ブランカは悪戯っぽい口ぶりだけど、ルール違反を叱られないか気にしているようにも見える。
私はこれを聞いて……全力で胸を撫でおろしていた。
これまでの決断の全てを、十四歳の女の子が一人で行ったのではないことを知り、どれだけホッとしたことだろう。
胸につかえた重しが、スルスルと解けていくようだった。
「勿論、問題ございませんとも。むしろ、これほどの裏が絡むのであれば、陛下への報告や相談は当然のものです。よく対処してくださいました」
「とはいえ、責任を果たせなかった私だけがお咎めなしとはいきません。地位の返上は諦めますが……お父様はまだまだ若く、ご壮健。政務の席に次期後継者が不在でも、しばらくは問題ないでしょう」
「え……?」
「私は今までの反省を含め、長期間謹慎することになりました。短くても、来年の成人の儀までは謹慎するつもりです」
王宮内の引きこもりが増えてしまった。
いや、うん、まぁ……謹慎と言っても、王宮内は自由に出入りできるでしょう。
「今回の件で、王宮内に私とお義母様の仲を裂こうとする者たちがいることがわかりました。私は――その者たちを、秘密裏に調査するつもりです」
裂くもなにも、私とブランカは元々不仲だったような……と思うけれど、もしかするとブランカには思い当たる部分があるのかもしれない。
ブランカの侍女たちが見慣れない娘さんたちだったのは、それも関係があるのだろうか。
何らかの企みがあるのなら調査も不可欠だろうと納得しつつ、謹慎でも仕事はちゃんとするらしいブランカのあまりの志の高さに、眩し過ぎてクラクラする。
やっぱりこの子、陛下の娘だわ……!
いっぱいいっぱいになりながらも、ブランカの語る今後の計画に耳を傾ける。
彼女が一切開こうとしなかった資料は私のためのものだったらしく、これまでに調べた内容や怪しい人物、それぞれの繋がりやそこから考えられることなど、現時点でブランカと陛下の知りうる全てが記されているとのこと。
私にも目を通しておいて欲しいと、持ってきてくれたのだとか。
本格的に動き出すのは、陛下の誕生日パーティーが終わってからになるそうだ。
あらかたの説明を終えると、ブランカが立ち上がる。
見送りのために私も立ち上がると、彼女は私の頭のてっぺんから爪先まで眺めて、口を開いた。
「今、言うべきではないのかもしれませんが……お義母様、今日はとても素敵ですね」
「え……?」
「では、ごきげんよう」
柔らかい笑みの余韻を残して、私の返事も待たずにブランカは去っていった。
ドアが閉まるのを眺めてから、自分を見下ろして――納得する。
パーティー用のドレスを仕上げた王宮のお針子チームが次に着手したのは、私の普段着だった。
部屋で過ごす時間が増えるからと、今までのゴテゴテドレスをゆったりとくつろげる部屋着に作り変えてくれたのよね。
フローラに会うのにいつまでもガウン姿というのもどうかと思っていたので、届き次第新しい部屋着を着るようにしていたのだった。
顔も朝晩と練習中以外はフローラ直伝のナチュラルメイクを施しているため、どうやらこの姿がブランカのお眼鏡にもかなったらしい。
長いようで短かったこの時間の中で、私の中での彼女の印象が変わったような気がしたのだった。