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悪夢の庭園散歩 2



赤毛の少年が口を開きかけたとき、素早く現れた別の少年の手によってその口が押さえられた。



「それは――む、むぐっ!?」

「王妃殿下、誠に失礼いたしました! この男は、その……とにかくブランカ姫のことしか考えられないもので。彼が何を言ったにせよ、完全に独断であり、ブランカ姫は関係ございません」



仲間の弁護の後、流れるように礼をしたもう一人の少年は、ブランカや赤毛の少年よりは年上らしい。

低い位置で緩く結んだ金色の髪と大人びた甘い顔立ちから、彼が顔面要員であることが窺える。


綺麗な顔立ちだけど……毎日フローラと顔を合わせている身として言わせてもらえば、今一つパッとしないというのが正直なところ。

比べたことがバレたら怒られそうなので、本人には秘密だ。



「いくら未成年とはいえ、その言い訳は二度と通用しません。貴殿の言動は、大切な姫の名を貶めるところでした。以後、心にしかと留めておくように」



『許す』とは言えないので、お説教っぽく言外に『もう二度とすんなよ』と伝えてお開きに――したかった。



どうやら愚か者は、赤毛の少年だけではなかったらしい。


さっさと立ち去りたいのに、私が言い終わるなり金髪の少年がするりと近づき、声を潜めて囁いた。



「それでは私の気が済まないのです。どうか、この謝罪と感謝の気持ちを表すため、王妃殿下の寝室に侍ることをお許しいただけませんか?」



おぉぉっとぉ?


喧嘩を売られた次は火遊び希望!?

一体どうなってるのよ、もう……。


頭を抱えそうになりながらも、努めて冷静に振舞う。



「私の部屋は告解室ではありませんので、来られても困ります。それに……貴方、ブランカ姫の恋人では?」



どうしてブランカの恋人には、頭のおかしい子しかいないのかしら?

七人もいると、質が下がるの?

むしろ一人でもまともな人がいるの?


白雪姫のお相手がこんなに低俗だなんて、認めたくないわ……。


どんよりとした気持ちが広がる中、金髪の少年の口角が上がるのを眺める。



「姫の恋人は七人もいるのです。私たちは縛られた関係ではありませんし、彼女は『姫』です。そのことに耐えられず、別の花へ惹かれるのも……仕方のないことでは?」



う、うわぁぁぁぁぁぁあ……。


自信たっぷりにそんなことを言われてしまい、思わず眉が寄ってしまう。

その拍子に、彼の纏うくどくて甘ったるい香水の匂いが鼻を突いて、慌てて掻き消すように扇を仰ぐ。



「貴女も、陛下の御通りが無くお寂しいのでは? もう待つのは止めて、どうか私の手をお取りください」



赤毛の少年と違い、この男は恐らく成人しているだろうに、何故こうも愚かなのだろう?

寂しい年増女なら口説けると踏んだのかもしれないけれど、あいにく私はそこまで愚かではない。


それに、私は何故……こんなクズ男と対峙しているのだったかしら?




草花の香りに混じる香水の匂いが、この男が――キモチワルイ。




「護衛! この男を私から離しなさい!!」



庭園中に響き渡る声で命じて、ようやく動いた護衛により金髪の男が私から引き離された。



「な、何をなさるのです! 私はただ――」

「黙りなさい!」



突然取り押さえられて、慌てふためく男を怒鳴りつける。


周囲には今の彼の話が聞こえていなかったのだろうか? 誰もが呆けた表情を浮かべて私を見つめている。



赤毛の少年は反省しているのか、先ほどの場所で跪いていた。


勢いよく閉じた扇の先で、赤毛の少年と金髪の男をそれぞれ指す。



「彼は無礼で愚かだけど、貴方はそれに加えて傲慢な上に恥知らずだわ。たった七人(・・・・・)の中からですら、唯一(・・)に選ばれもしない貴方が、王妃であるこの私に『手を取れ』ですって? 思い上がりも甚だしい!」



連れて行くように指示しようとしたところで、男が口を開く。

どうしてこの若者たちは、黙るべきところで我慢することができないのかしら。



「国王陛下に見向きもされない女のくせに、何が気に入らないんだ! 美しさでは姫に敵わないのだから、侯爵家の人間である私に――」

「姫が私より美しかろうと、貴方には関係の無いことよ」



もう面倒になって、男の言葉を遮る。


ブランカが美少女なのは知っているし、正直十歳も年下の女の子と顔面偏差値を比べられても何とも思わない。

安い売り言葉に使われるなんて、彼女も可哀想に。



「ねぇ、『侯爵家の三男坊』さん? 私は貴方に微塵の興味も無いわ。跡継ぎにもなれないくせに、姫の恋人という肩書きまで失ったら、貴方に何が残るというの? 貴方、自分が思うほどお顔もよろしくなくてよ。それなのに、厚顔にも私に言い寄る貴方の価値って……一体なぁに?」



答えは必要ないので、先を続ける。



「確かに私は陛下とお会いすることは少ないけれど、それでも『王妃』なのよ? 軽薄で口の減らない貴方をこうして捕えて、不敬罪で如何様にも裁くことが可能だわ。だから――いい加減、黙りなさい」



低い声で告げる私の怒りを目の当たりにした護衛が、彼に猿ぐつわを噛ませた。


そしてようやく騒動に気付いたらしいブランカが、急いでこちらにやって来るのを視界の端で捉える。



「お、お義母様……これは、一体?――」



ブランカの視線の先には、私の護衛に捕えられた二人の恋人の姿がある。


赤毛の少年は一度不問にされかけたものの……弁護した張本人が直後にやらかしたせいで連座となった。

コッソリ収めることが不可能となった以上、もうどうしようもない。


残った彼女の恋人たちは弁えているようで、全員がブランカの背後に立ち、私とブランカの間に立ち塞がろうとする者はいない。



私は一度眉間を揉み解そうとしたものの、両手が塞がっていることに気付き……諦めた。


堪えきれずに大きく息を吐き出すと、厳しい声でブランカに告げる。



「貴女の恋人たちの不始末です。彼らは王妃である私に対し、非常に無礼な振る舞いをしました。それだけでも許し難いというのに、あまつさえ陛下や姫の名を持ち出してそれらの言動を正当化しようとした彼らを、断じて許すことはできません」



私の言葉に、ブランカは顔色悪く私と恋人たちを見比べながらも、口を固く結んでいる。


私が告発する形になった以上、美しい白雪姫に対する意地悪な継母の嫌がらせと思われても……諦めるしかないわね。

疲れたので、今度は余計なことを言われないうちに早く済ませてしまいたい。



「ひとまず彼ら二人は牢に入れます。今回のことは、恋人を管理できなかった貴女の責任でもあります。最終的な彼らの処遇は貴女に一任しますので、先ほど何があったのか全て詳らかにし――自身でけじめをつけるように。そして、必ず私に報告しなさい。これは本人ではなく貴女の侍女からでも構いません」

「……はい」



ブランカに彼らの処遇を任せたのは、一種の罰だ。


私に対しては我儘なお姫様で構わないけれど、それと恋人に好き放題させるのは別問題だもの。

管理不足を実感して、責任を果たしてほしい。



彼女も事の重大さは理解しているようで、真剣な表情で頷いた。


不満気なのは……むしろ、周囲の方ね。



「これは王妃命令であり、この度のことは(まつりごと)ではなく王宮内での出来事のため、王妃である私の管轄です。証言を拒む者、偽る者、姫の決断を歪めたり妨害しようとする者は等しく同罪とし、姫の決断に不足を感じた場合、私が追加で沙汰を下します。不満のある者は国王陛下に申し入れても構いませんが――陛下であれば、私以上に上手く取り計らってくださるでしょう」



命令であることを強調しつつ、私の立場を示して、逆らえばどうなるか伝える。


その上でルシャード陛下の仕事を増やしたければ、どうぞご自由に~って感じかしら。


仕事の鬼が甘い人間なわけはないので、恐らく私やブランカが担当する以上に、広範囲に渡る取り調べと厳しい罰が実施されることになるだろうけど。

もし逆に私の妄想だと責められたら、蟄居する良い理由になったと諦めよう。



素直に従ってくれる人たちなら、こんな真似しなくても良いのに……とメンタルを削られるのが、あまり王妃であることを主張したくない理由の一つでもある。

王宮中の人間に、お飾りの王妃を敬わせるよう徹底させるほどの根気は、私には無い。


報告を受ける以外はブランカに全て丸投げしたので面倒は減ったけれど、当然気分は晴れない。


久々の外出でこれは、流石に堪えるわ……。



私はげんなりとした気持ちを抱えながら、重い足取りで庭園を後にしたのだった。



ストックが尽きたので、次から不定期投稿になります。

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