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悪夢の庭園散歩



何日も部屋に籠っていた私が突然散歩に行きたいと言い出して、侍女たちは少しばかり戸惑ったようだ。


それでも「部屋で休んでばかりで身体が鈍って仕方ないから、運動がてらに外の空気を吸いたい」という私の言葉に文句を言う者はいなかった。



部屋の外に出るということで、手際よくドレスを着せられてメイクを施される。

「少し歩くだけだから、軽くで良い」と主張してみたものの、以前よりやや控えめながらもやはり濃くてキツい、いつもの外用の顔が出来上がった。


定着したキャラは、滅多なことでは覆らないだろう。


ため息を吐きたい気持ちを押さえて、部屋を出る。



向かったのは、前王妃の庭園がある一角とは離れた別の庭園だ。


今はまだ見頃ではない花が植わっているエリアなので、花目当てで人が訪れることは少ないだろうと思って選んだ場所。

私は花が見たいわけではないので丁度良いと足を運んだけれど、流石に王宮の庭園だけあり全く花が無いわけでもなく、小道を可憐な草花が飾っている。


しばらくは周囲を警戒しながら恐る恐る散策しつつ、徐々に大丈夫だろうという気持ちが大きくなると、ようやく肩の力を抜くことができた。



ここで安心してしまったのが良くなかったのかしら……。

ゆっくりと歩いて庭園をぐるりと周った後、もう良いだろうと部屋に戻ろうとしたところで、庭園の入り口付近からはしゃいだ女の子の声が聞こえてきた。



女の子というか……まぁ、ブランカなのだけど。



少し離れた場所から、「この辺りには久しぶりに来たけど、たまには良いわね」と軽やかに弾むような声が聞こえる。


私は一体、どこまでツイていないのか。

それともこの遭遇率は、不幸とかそういうことではないのかしら?


思わず思考が現実逃避に走ってしまうのも仕方ないと思う。



踵を返して別の出入口へ向かっても良いのだけど……流石に義娘を認識したのに、その対応は拙いわよね。


行き会ってしまったものは、もう受け入れるしかない。

向こうだって……というか、向こうの方こそ私に会いたくないだろうから、軽く挨拶してさっさと帰ろう。



心の準備のためにそれとなく息を吸って、一度だけギュッと目を閉じる。


そしてゆっくりと目を開いて、声の方向へ向かおうとした私の前に――闖入者が現れた。



「何故、ここにいるのですか」



挨拶の言葉もなく不躾にもそう話しかけてきたのは、ブランカの恋人の一人だった。


赤毛でがっちりとした体つきの……確か伯爵家の次男で、騎士見習いの少年だ。

お姫様の騎士のつもりなのか、一丁前に私を睨みつけている。



正直、何故チミたちがここにいるのか、聞きたいのは私の方なのだけど……。



そして少年を止めもしない護衛と、少年を諫めない侍女たちに、不信感が一層高まる。


先日私にぶつかってきたブランカを止められなかった護衛たちは厳罰に処され、今は代わりの護衛が付いたものの、結局は大差のない連中だと言わざるを得ない。

冷遇よりはマシなのだけど……流石にこれは、ちょっと酷いと思うの。


もしもこの場にフローラが居たら、それはそれは恐ろしいことになっていただろう。


まぁ……生まれつきの王子様と名ばかり王妃では、持ち合わせた威厳が違うのは無理もないわよね?



早くも徒労感に押しつぶされそうになるけれど、ブランカに対してはともかく彼女の恋人にこんな態度を取られる謂れはない。


単純に躾がなっていないのか、どうしても私を『意地悪な継母』として扱いたいのかは知らないけれど……。



「あらまぁ、無礼な子」



右手に日傘、左手に扇を握って口元を隠す。

ただただ起伏のない声でそれだけ言うと、少年は大きく顔を歪めた。


ご希望通りに『意地悪な継母』を演じても良いのだけど……大袈裟な言動は疲れるので、無表情かつ冷めた話し方でいこうと思う。

うん……代わり映えのない、いつもの作戦よね。


元の顔立ち以上にキツく見えるメイクに派手なドレス姿という出で立ちも相まって、きっとさぞかし悪女らしく見えるに違いない。

『意地悪さ』は、勝手に感じ取っておくれ。



王妃なのだからもっと堂々としろとフローラは言うけれど、私だって望む望まざるにかかわらず一応骨を埋める覚悟でここ(・・)にいる以上、こういう手合いには王妃としてナメた態度を取られないように分からせる必要がある。



今回のお相手はブランカと近い年齢の少年。

流石にこれだけ年下の子供に、こんな対応をする日が来るとは想像していなかったけれど。


これでもかつては侯爵令嬢で、今は王妃。

尊大な喋り方と肩書きでのゴリ押しは必須スキルである。



「貴方、挨拶の一つもできないの? 無礼にも行く手を遮ってそちらから話しかけておいて、私が誰だかわからないの? ならば貴方の方こそ、この庭園……いえ、王宮に居る資格は無くてよ。『何故ここに』ですって? 王宮内の何処に足を運ぼうと私の自由よ。貴方ごときがそれを気にするなんて、烏滸がましいにも程があるわ。すぐにそこを退きなさい」



やはり私には威厳が足りないのか、これだけ言っても赤毛の少年は私を睨みつけている。



「勿論、王妃殿下であられることは存じております。ですが、無礼なのは……そちらではありませんか。姫君がいらしているのですから、早くこの場を明け渡してください」



あんまりな言い分に、思わずあんぐりと口が開く。

……目元以外を扇で隠しておいて、本当に良かった。


私だって、早く部屋に帰りたいわよ!

そっちが妨害してきたくせに、なんで私が庭園を占有しているみたいに言われなくちゃいけないわけ!?


心の中で叫んで、日傘と扇を握る手に力を入れる。

下らないと無視して帰りたいけれど、もうそんなわけにはいかない。



この場に姫であるブランカがいるのに、王妃である私が退かないのは無礼だと……この少年は言ってしまったのだ。



「姫君? ブランカ姫がそう仰ったの? 私が庭園にいては邪魔だから退けと、彼女が言ったの? 貴方の愚かな言動のせいで、今まさにこの国で唯一至高の姫君の名に傷が付かんとしているところよ?」



何故この少年は、この場でブランカの名前を出してしまったのか。

気持ちはわからなくもないけれど、あまりに浅慮過ぎる。



「貴方が行く手を塞がなければ、私はブランカ姫に挨拶をして、すぐに去るつもりだったわ。姫の楽しい時間に水を差すのは本意ではありませんもの。それなのに、私が今もこの場にいるのは、貴方の相手をしているせいなのよ」



私に声さえかけなければ、彼が望むように、見なかったフリをして挨拶せずに立ち去ることもできたのに。

私だって、後になって「急いでいたもので」と言い訳することもできたのに。



「正直に、嘘偽りなく申しなさい。これは愚かな貴方が勝手にしでかした事ではなく……本当にブランカ姫が、王妃たるこの私に立ち塞がるよう指示を出し、『退け』と仰ったの?」



頭の弱い少年のせいで、この場の温度がグッと下がった。



まさかと思うけれど、これで正義の騎士ぶった彼がもしも「Yes」と答えてしまったら……考えるだけでも恐ろしい。

今までの思春期の義娘による嫌味や悪口どころではなく、姫から王妃へと正面から喧嘩を吹っ掛けたことになってしまう。


もし本当にブランカがそう言ったのなら……私も無傷では済まないでしょうけれど、咎められるのは彼女の方だ。

だけど、彼女はひねくれているけれど、絶対にそんなことを言う子ではない。


下っ端が主の名前を出す場合、その言葉は主が言ったものとして扱われる。

ということは……騎士見習いが姫君の名を騙って偽証したことになり――憐れな少年とその家族の舌と首が切り落とされて、門の前に並ぶことになる。




うわぁぁぁぁぁぁぁ後味わっるうぅぅぅぅぅ!!!




躾のなっていない子犬をあしらおうとしたら、ギロチン台に引っ掛けちゃったよ!


ちょっと、いくらなんでも可哀想だから、誰か助けてあげて!!!


ブランカの名前が出されてしまった以上、彼の無礼は彼女の無礼で……私も聞き返さないわけにはいかなかった。

私は喧嘩を吹っ掛けられた側だから、『このままだとヤバいぞ!』オーラしか出してあげられないのよ。


これ以上要らん事さえ言わなければ、まだ「子供だから」でなんとかできなくもない。



でもこの赤毛の子、絶対に空気読めるタイプじゃないわよね……。



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