継母と白雪姫
『白雪姫』モチーフのつもりですが、全く違うお話です。
白雪姫にざまぁするお話でもないです。(念のため)
私、ヒルデガルト・フォン・シュヴァルツは、どうやら転生者らしい。
しかも、どうやらここはお伽話の『白雪姫』に似ている世界。
色々と気になるところはあるものの……現状を把握する間もなく、不機嫌そうなお姫様に寝起きのところを突撃されて、今に至る。
「お義母様、この度は怪我をさせてしまってごめんなさい」
そう言って渋々と謝罪の言葉を口にしたのは、私の継子であるブランカ・フォン・シュヴァルツ。
抜けるような青空色のパッチリとした瞳に、鮮やかな赤い唇、艶やかな黒髪、そして雪のように輝く白い肌を持つ美少女で――そう、この子が『白雪姫』と呼ばれるお姫様で、きっとこの世界のヒロイン。
そんな彼女の継母である私は、美しい義娘を妬む『邪悪な王妃様』の立場ということよね?
ブランカとは十歳差なので、娘というよりはむしろ年の離れた妹という感覚に近くて、どちらかといえば己の美しさをひけらかしているのは向こうだし、一方的に嫌われているのは私の方なので、なんだか釈然としないけれど。
それなのに――たとえそれが彼女が原因で起きた事件だとしても、我儘な彼女がわざわざ謝りに来てくれただけでもマシと思ってしまうのが、この王宮生活に慣れてしまった悲しいところ。
「ブランカ姫、わざわざお越しいただきありがとうございます。幸い、軽い打ち身で済みましたし、熱が出たのも、疲れが溜まっていたからという診断でしたので、どうぞ気に病まれませぬよう」
先日、たまたま居合わせた際に『うっかりと』ぶつかってきたのは彼女の方だけど、その後の騒動は不運としか言いようのない出来事だった。
形ばかりの謝罪は聞いたし、気にしないでくれと返事をしたので、彼女の性格的にさっさと立ち上がって踵を返すかと思いきや、可愛らしいお姫様はまだ向かいのソファーでモジモジとしている。
義理の母娘とはいえ、私たちは長話するような間柄ではない。
それなのに、まだ何か言いたげなブランカの様子を見て、今度は一体何を言われるのかと身構えてしまう。
現国王陛下の唯一の後継者として幼いころから厳しい教育を受け、それとは対照的に、生まれながらにしてちやほやされる環境に身を置いている彼女は、残念ながら少しばかりとは言えないほど歪んでいる。
卑怯な真似こそしないけれど、意地悪で我儘な少女――それが、ブランカ・フォン・シュヴァルツというお姫様だ。
彼女の行動は、大嫌いな継母に対して特に顕著だった。
私が王妃として嫁ぐ以前の、『年増の変わり者令嬢』という呼び名を引っ張り出してきては、嘲笑の的にされたり。
贈り物には必ずケチをつけて、何かにつけて「お母さまは~」と比較されるし。
私のくすんだ白髪のようなプラチナブロンドや、顔立ちのせいで施される濃くてキツめのメイクに、宛がわれる派手なドレス姿を指さしては、「ケバい見栄っ張りババア(意訳)」と言われたのも、一度や二度ではない。
多感な時期に前王妃である母親を亡くして若い継母がやって来たのだから、私を酷く嫌う気持ちもわからなくもないけれど……一方的に嫌われて不快な扱いを受ければ、苦手意識を抱いてしまうのも仕方のないことだと思うの。
続く言葉を待つ間、目の前のテーブルへ視線をやれば、ブランカのカップには紅茶が注がれているのに、私のカップには薄緑色の液体が湯気を立てている。
怪我からの気絶に発熱というミラクルコンボが発生した後なので、煎じ薬のようなものかしら?
熱冷ましなのか、栄養剤代わりなのか、緊張を隠すために薬臭いハーブティーで喉を潤していると、ようやくブランカが口を開いた。
「その……お加減は、いかがでしょう。もう起き上がられても良いのですか?」
私は、彼女と衝突事故を起こした後に数日寝込む羽目になっていた。
後妻のお飾り王妃とはいえそれなりに大事になっていたようだけど、体調を心配してくれているにしては、ブランカの愛らしい顔はしかめっ面のままで、なんだかピンとこない。
そもそもそんなことを聞いてくれる間柄ではないのに、実に彼女らしくない発言だと首を傾げてしまう。
というか、心配しているというよりも、これはもしかして……。
「ええ、もう熱はないのです。怪我も……いえ、怪我と呼ぶのも大袈裟ですね。見ての通り、元気ですわ。たまたま不幸な出来事が重なってしまっただけで、姫はちっとも悪くないのに、周りが少し過剰に騒いでしまったようで、申し訳ありません」
本当はまだ打ったところが痛いし、それに関しては彼女の不注意のせいであることに違いはないけれど、仮病を使って義娘を陥れようとしていると疑われては溜まらないので、私は精一杯微笑む。
けれど、彼女が望んだのはこのような言葉ではなかったらしい。
「嘘よ!! あんなに、うなされていたじゃない!!! 取り繕うのはお止めになって!」
「えっ……」
顔を真っ赤にして怒られて、面食らってしまった。
てっきり、大したこともないのに自分のせいだと大袈裟に騒ぐのは止めろと言われているものと思ったのだけど……。
もしかして、私の知らない間に様子を見に来ていたのかしら?
歪んだところもあるとはいえ、自分が原因と思えば、今回のことに責任を感じても無理はないかも?
ただそれにしては、表情が一致していないのよねこの子……。
「えぇと……本当に、今は何とも無いんですよ。今回のことを後になって蒸し返すような真似もしませんので、ご安心ください」
借りを作りたくないということかもしれないので、こう言っておけば問題ないでしょう。
驚きで目を瞬きながらなんとか返すと、病み上がりの人間を怒鳴りつけてしまったことに気付いたらしいブランカが、視線を彷徨わせながら狼狽えている。
「あっ、ち、違うの、そういうことじゃなくて……。その、お義母様が嫌いだから、わざとぶつかって怪我させようとか、そういうつもりじゃなかったの! 本当に、よそ見してたら、ぶつかった相手がお義母様だったの!」
「はぁ……」
姫がよそ見をしながら走ってはいけないと、きっと誰かが注意しただろうから、私は何も言わないけれど。
避けられなかった私にも非はあると思うし、流石にいくらなんでも嫌っている継母を狙ってしたことだとは思っていない。
「怪我しちゃえ! なんて、思ってないの。本当よ!? だから、その……それだけは、勘違いしないでくださいませっ!」
それが言いたかったのか、私の返事も待たずにブランカは嵐のように去っていった。
「ツンデレ……?」
ようやく呟いたころには、部屋に静寂が戻っていた。
ブランカのことはいつもなら殿下と呼ばせるところだけど、響き重視で姫にしています。
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