第六章「異形たち」
「[…で、俺に何の用だ?]」
「その前に、そこで倒れてる男は?」
「[襲ってきたからぶっ殺した]」
「…そうか。あれはさっきあの部屋の中でボスと話していた男だ」
「え?」
男は言う。
シムが殺したと言った異形。
あいつ、あの盗み聞きした部屋に居たのか。
声までは覚えてなかった。
「そいつはボスにお前の居所を聞いてきてな。…、まさかここを探り当てて襲いにくるとは」
「[迷惑な奴だったぞ]」
「………それで、俺に用があるんだろ?」
異形の事はもう終わりにしよう。
そう思いながら、俺は言う。
男は俺を見て、付けている仮面を外した。
仮面の下にあった男の顔を見て、俺とシムは目を見開く。
「[なっ、イオ!?]」
「…………っ」
仮面を外した男の顔は、俺にそっくりだった。
いや、そっくりと言うより瓜二つと言った方が正しい。
俺は目を見開いたまま、男を見る。
頬にある呪いの言葉までもそのままだ。成長はしていないみたいだが。
「[どういう事だよ、こりゃあ…?]」
「……………」
言葉が出ない。
男は再び仮面を被り、口を開く。
「お願いがある。…私を"安らぎの地"まで連れていってくれないか?」
「?」
安らぎの地…?
「私は、お前を…イオをずっと捜していた。私と同じ顔をした男。お前を見つけて、そして安らぎの地へ行く。それが私の目的なんだ」
ヒューマに入ったのもそのためだ。
男は言う。
言っている意味がわからないんだが。
これはツッコミを入れてもいいものか。
「[安らぎの地って何だ?]」
「安らぎの地とは、私たち異形が理想郷と呼ぶ場所だ。そこに行けば、何故私が"お前を模して造られた"のかわかるかもしれない」
理想郷…。
眉をひそめて、男の言葉を聞く。
「[どうしてそれを俺らに頼む?自分で勝手に行けばいいじゃねぇか]」
「理想郷へと続く扉は、人間でなければ開けない。だからお前が必要なんだ」
「………はぁ」
はぁ。としか言えない。
頭が追い付いてない。
この男は先程から何を言っているんだ。
俺は首の裏に手を置いて顔をしかめる。
「頼む。これは、お前にしか頼め……、?」
そこで男は言葉を止め、片方の耳に手を当てる。
どうしたんだ。と首を傾げて見ていると、男の表情が次第に強張ばっていき、最後には舌打ち。
耳から手を離して男は俺に背を向けた。
「[どうした?]」
シムが聞く。
男は顔だけを此方に向けて、口を開いた。
「アジトに、そこで倒れている男の仲間が奇襲に来たらしい。加勢に行く」
「[は!?]」
「おそらく、男の身体に何か細工でもしてあったんだろう。さしずめ、男の死を知った仲間が復讐しに来たってところかな?」
「[うわ、それなんかヤバそう]」
「俺も行こう!」
「…いいのか?」
「あの異形を殺したのは俺だ。あそこに居る奴らは関係ない」
言うと、男は俺を見て頷く。
そして俺たちはその場から走り出して、アジトと呼ばれたあの建物まで戻っていった。
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戻ってくると、建物の前は戦場になっていた。
異形と異形が互いを傷付け合いながら剣を振るっている。
異形同士が戦っている姿は見るのは始めてだ。
「くらいやがれぇ!」
「っ、」
一人の異形が俺たちに向かって襲い掛かってくる。
それを見て男は剣を抜いて異形の身体を斬り裂いた。
次々と異形が襲ってくる。
俺も刀を抜いて、弱点をシムに教えてもらいながら異形を斬った。
「[おいおいおいおい!なんなんだ、この数は…っ!]」
「あの男の手下たちだ。総動員だな、これは」
「キリがないぞ…っ」
斬っても斬っても襲ってくる異形の数が変わらない。
男は舌打ちをして、俺の腕を引っ張り強引に異形の海を走り抜けた。
襲いくる異形を斬り付けながら、俺たちは建物の中へ入る。
どうやら、建物の中には異形は居ないようだ。
「[ふぅ。第一関門突破か?]」
「ボス。応答してくれ。こちらザグ」
「……………」
男…ザグが耳に手を当てて最上階に居るボス(ムカ)に連絡を入れる。
その間、俺は外で戦う異形たちを見つめた。
敵か味方かの区別がつかない。
俺の目には、仲間割れしているようにしか見えないな。
「[見てみろよ。異形が異形を殺してるぜ。変な光景だな]」
「……ああ」
シムの言葉に頷く。
ムカへの連絡が終わったのかザグは俺の腕を叩いて走っていき、俺もそれを見てあとを追う。
最上階へ続く道を走り抜けて、俺たちはムカの居る部屋へと辿り着いた。
「ボス!」
「よぉ、よく戻ったな。お前さんも、来てくれて感謝する」
「いえ…」
言いながら、ムカは笑う。
何が起きたのか。
聞くと、ムカは不手際があったらしいと舌打ちをした。
俺が奴らのボスだったらしき男を殺したと口にすれば、ムカは目を見開いて、そして豪快に声を上げて笑う。
「ははは!そりゃあいいや!俺の手が汚れずに済んだぜ!」
「ボス。これから私は何をすれば?」
「うん。…お前は何もするな」
「は、…?」
「お前はこの戦いには加勢せず、イオと共に逃げろ」
ムカの言葉に、ザグは目を見開く。
ムカは歩き出して、俺たちを通り越した。
「何故です!?命令してくれれば私も…!」
「ザグ。てめぇには目的があんだろ?今はそっちを優先させろ」
「っ、」
安らぎの地。
どうやらムカはザグの目的を知っているらしい。
「そのために俺たちはお前に協力してたんだ。人間様が見つかった今、俺たちはもうお役御免だろ?」
「ですが…!」
ムカとザグの会話は続く。
俺は、部屋の中を見渡して窓が何処かにないか探した。
探し当ててそこに向かい、身を乗り出して外を眺める。
ここの窓は建物の出入り口と同じ方向にある。
ずっと下を見れば、異形同士が戦っている様子が見えた。
「[おー。異形が豆粒だ!]」
「……シム。出来るか?」
「[うーん。かなりムズいけど、なんとかなるんじゃね?]」
「そうか」
下の異形たちに向けて手を伸ばす。
俺が近くに居ない事に気付いたのか、キョロキョロと首を動かしてザグが此方に顔を向ける。
ムカも俺を見て、頭の上に"?"を浮かべた。
「[ムカ!味方も巻き込んだら悪い!]」
「ん?」
叫んで、シムは手のひらに力を込め眉をひそめる。
超能力。
シムだけが使える特殊能力みたいなものだ。
残念ながら俺には使えない。
指を小刻みに動かす。
すると、下に居る異形たちの様子に変化が起こった。
異形たちは自分で自分の身体を締め付け自滅する。
俺に近付き、窓からその様子を見たムカは表情を強張らせて口元を緩ませた。
「…は、こりゃすげぇ」
敵も味方もわからないけど次々と自滅していく異形たちを見て、俺はつくづくシムの放つ超能力には恐怖を覚えて震えてしまう。
最初に見た時ほどじゃないけど、本当にシムが俺の味方で居てくれてよかった。
「[………っ、し。終わり!]」
手のひらを閉じて、伸ばしていた腕を戻す。
下に居る異形たちは、半分の人数を残してその場に倒れていた。