魔窟の聖なるジャム屋さん〜ハイポーションより効くので、ダンジョン土産に1ついかがですか?
処女作です。よろしくお願いします。
魔窟。
禍々しい銘を掲げたそのダンジョンは、大陸の一番北の果て、険しい山岳地帯奥にある「闇の森」に位置していた。
近くの村から「闇の森」まで到達するのに、馬でおよそ2週間。
闇の森では、ギルド冒険者のなかでもB級以上、いわゆるランカーと呼ばれる強者ですら、苦戦を強いられるほどの凶悪なモンスターが次から次へとやってくる。
そして、どうにか闇の森を越えて、命からがら到着したダンジョンも、一層からA判定のモンスターがウヨウヨしている。あまりに強いモンスターしか近寄らないためか、独自の生態系がそこには在った。
そんなこんなで、あまりにも高難易度ダンジョンであると認められた「魔窟」は、冒険者ギルドより最高峰「凶」のダンジョンランクに指定されていた。
ところで「魔窟」に来る人間は、概ね三種類に分けられる。
一つは腕試し。
周囲の闇の森を突破した時点で、ギルドより冒険者ランクがA級へと昇格される。そのためには、凶悪なモンスターが蔓延る「魔窟」のモンスターの素材が必要不可欠なのだ。
ダンジョンは外より強いモンスターしか居ないのは常識のため、辿り着けた先は、更なる凶悪が待ち受けている。
魔窟まで辿り着けたというのが一種のステータスのため、第1層の比較的安全な場所で環境動物や環境植物を手に入れるだけで証明は事足りる。
しかしそこは冒険者、条件が緩ければ緩いほどチャレンジ精神がみなぎるようで、より奥の階層まで行けるかを競う猛者が存在するわけだ。
一つは賢者の花。
かつて大賢者により発見されたその花は、万病に効果のあるエリクサーの材料、宵の雫を手に入れることが出来る。
とはいえその花を手に入れるには、ダンジョン奥深くの層まで潜る必要があり、手に入れることが出来るのは、限られた一握りの冒険者達のみ。
もしくは、相当な大規模チームにて挑むほかないため、ギルドへの依頼もかなりの予算となる。貴族にとっては、その依頼をすること自体、ある種のステータスだという。
そして、もう一つは………ジャムである。
グラントは、悩んでいた。
ここは魔窟の中層。地下にだいぶ潜った場所、先駆者達により名付けられた名称は第6層。
仄暗く禍々しい空間は洞窟のようにひんやりとした湿度を感じる。遠くで瘴気を帯びた黒い霧がぼんやり発生しているが、なぜだかグラントがいる周囲は空気が澄んでいた。数々のモンスターを倒してここへ辿り着いたはずなのに、その場に足を踏み入れた途端、鎧についていた穢れは消え去り、身体は軽くなった。
呆気にとられたグラントの目の前には、簡易的なテントと、お洒落に飾り付けたリヤカーの移動販売。駆け寄ってきた赤毛の少女が、期待に満ちた目を向けてきていた。
白いマント、白いワンピース。三日月を模したバレッタ。
間違いようがない。探していた人物だ。
「こんにちは!」
弾んだ声が、暗闇にポツンと存在する、明るい燈の灯った露店の外で響く。
第6層は天井がやけに高いらしく、声は遠くまで反響していった。
「おひとつ如何ですか? これ、ジャムなんですけど、ハイポーションより効きますよ!」
赤毛の少女は、ニコニコとした笑顔でグラントを見上げ、元気よく言ってきた。手には、ポーションの瓶をふた周り大きくしたようなデザインのボトルを持っている。透明なそのガラスのボトルには、可愛らしい水色のリボンまでついていた。
……ああ、本当に噂通りだったか。
グラントは目の前の彼女を見下ろして、深く溜息をついた。
自身の銀色の髪をかきあげて、頭をおさえた。
普段ならモンスターに向ける鋭い目は、あまりにも目の前の光景を信じたくなくて、しばらく宙を仰いだ。
はぁ、と一息つき、覚悟を決めたグラントは、絶えずニコニコと笑顔を浮かべる彼女を見、声をかけることにした。
「あの」
「はい!」
「ここで何をされているんですか、大聖女セラ」
ニコニコとした笑顔の女の子……つまり、魔王討伐一行のパーティーメンバーであった、大聖女セラの生き生きとした姿に、聖国騎士グラントは心の底から当惑していた。
「あら、私のことをご存知なのですね!」
「なのですねじゃないですよ。あなたの護衛ですよ、ご・え・い! 一緒に魔王討伐メンバーしてたじゃないですか! 何赤の他人のフリしてくるんですか!」
「うふふふ」
「うふふじゃありませんよ! 雲隠れしてこの3ヶ月間、ずーっと探していたんですよ!」
能天気なセラに、グラントは思わず声を荒げた。
それは、唐突だった。
魔王討伐の凱旋後、祝賀の宴が終わった後に、唐突に彼女は雲隠れしたのだ。
聖女の力による居場所の隠蔽は完璧で、同行していた国一番の魔術師の追跡も回潜るものであった。
そうこうするうち3ヶ月。他国の冒険ギルド経由でもたらされた情報を手掛かりに、遠路はるばる北の果てに、闇の森へ、そして魔窟へとやってきたのである。
「ようやく目撃情報がギルドから入ったと思えば、いったいこんなところで何をなさっているんですか」
「なにって、ジャム屋さんですよ」
ケロッとしている。雨が降らないと野菜は育たないんですよと天気の話をしているかのノリで、セラはグラントに説明し始めた。
「魔王討伐後、世界は平和になりつつあります。しかし、まだまだモンスターは跋扈して、人々の命を脅かしています。聖域や教会がある場所と違い、高位ダンジョンでは助かる命も助からないかもしれない……そう思ったら、居ても立っても居られなかったといいますか」
「だからって何も言わずに消え去るのは辞めていただきたいのですが。あなたを捜すのにどれだけの国費が充てられたか」
「うっ…それは申し訳ない、です…ハイ……」
聖国から北の果てにある闇の森に辿り着くまでに多くの兵が捜索にあたっていた。目撃情報を得てからここまでもかなりの兵が同行した。
北に進むにつれてモンスターの凶悪度は強まり、徐々に脱落者が出始め、闇の森を抜けて魔窟までグラントと共に着いてこれたのはたったの5人。しかしいずれの者も魔窟の序盤である第1層で撤退せざるを得なくなり、単身でグラントは魔窟に潜ったのである。
大聖女の護衛筆頭であるほどの剣術と防衛魔術が備わる彼にとって、魔窟は少し手応えのある散歩道程度の認識だった。が、だからといって迷惑を被っていることに変わりはないため、結構、いや、わりとガチで怒っていた。
短くも濃い付き合いだったためか、セラもグラントの怒り具合に気付き、素直に謝るのだった。
「はぁ… やりたいことがあったとして、せめて連絡してください。というか顔見せることぐらい出来たでしょう、あなたは転移魔法ができるんですから」
「はい、ごめんなさい。。。」
「それに、いくら貴女が身を守るのが得意とはいえ、女性一人きりで路上販売など」
「で、でも、みんな反対するでしょう?」
「一人であればそうですね。護衛なり用心棒なり付けていれば、話は別ですよ」
しゅんとしていたセラは、その言葉で顔をあげた。
「え?」
「もう平和になりましたし、俺もそろそろ騎士団から抜けてもいいかなと思ってまして。貴女さえ良ければ、商売の手伝いでもなんでもしますよ」
「い、いいんですか!? でも、グラント、一応あなたは英雄で……」
「でもって、セラは大聖女ですよ」
どうやら連れ戻されると覚悟していたらしいセラは、グラントの申し出に、ぱあっと笑顔になった。
「ありがとう、グラント!」
「それで、なんでしたっけ、ジャム屋さん?」
「はい!」
反省した態度から一転、目を輝かせながら、セラは水色リボンの瓶を差し出してきた。
勇者一行の逸話の一つに、聖女の作るジャムの話がある。
バターナイフひと匙分だけで、ハイポーションより効果があるジャム。
パンに塗ってよし、飲み物に溶かしてよし、そのまま舐めてもよし。まるで夢のような代物である。
まぁそのジャムをここで移動販売したいのだろう。
各層に聖域結界の痕跡があったから、初めは第1層にいたが、誰とも会わないため徐々に階層深く進んでいった、そんな所だろう。
グラント自身、大聖女の護衛として勇者パーティーに身を置いていた時に、セラのジャムには度々お世話になっていた。効果は絶大であるから、正直購入するのはやぶさかでは無い。
が、しかし。
「だからって魔窟の中層に店を構えるって、何を考えているんですか」
「大丈夫ですよ! 魔窟って禍々しい名前のわりに、ここにはA+判定のモンスターしか来ませんし、それにほら、このへんに聖域結界も張ってますから、奥の方の瘴気もここまでは漂って来ないでしょ?」
「そのA+のモンスターを倒せるのはこの魔窟ダンジョンに来れた人でも一握りの人間なのですが」
「えっ、嘘!?」
「この3ヶ月間、来訪者は?」
「……あなたが初めてです」
「でしょうね」
セラはシュンとして下を向いた。
第1層に置いてきた部下たちも、魔王退治で随行していた精鋭揃い。その彼らですら、一瞬の隙で連携を崩され、退避を余儀なくされた場所だ。正直ここまで来れるのは国でも騎士団長クラス、それも一握りだろう。
まったく。
グラントは眉間のシワを少しゆるめ、諭すようにセラに話しかけた。
「いいですか、そもそもこの魔窟ダンジョンのランクは『凶』です。その周囲も当然高ランクのモンスターが来るのですから、魔窟に到着した時点で皆疲弊しています。入り口付近も野営出来るような土地じゃありませんから、そこから体制を立て直すことなくダンジョンに突入するのが相場と決まってます。そんななので、行けてせいぜい三層あたりまで、S級ランカーでも、よっぽどの向こう見ずでもない限り、ここの手前で折返しするんですよ」
「ええー!?」
案の定、この規格外の大聖女様は心底驚いていた。
「じゃ、じゃあ、ここでお店構えていても…」
「誰も買いに来てくれませんね」
「そんなぁ!」
この世の終わりだと言わんばかりに膝から崩れ落ちる大聖女であった。
そろそろ自分のハイスペックさを理解して欲しいものだと思いながら、グラントはセラの目線に合うように片膝をつき、言葉を続けることにした。
「どうしてもここで店を開きたいなら、ひとつだけ案はありますが…」
若干死んだ魚のような目をしていた大聖女、グラントのその提案を聞くな否や、息を吹き返したかの如く、気力に満ちた脚で立ち上がった。
「それ、すっごい良い案ですね!」
キラキラと目を輝かせて、セラはグラントの手を両手で掴んだ。
「それ、実現したいです! グラント、やりましょう! 今すぐやりましょう!」
「ほんと、いい性格してますよ、貴女は」
ころころと表情が変わる彼女を微笑ましく思いながら、しかしグラントは無表情を貫いた。
───── そして、1ヶ月後。
「これで、よし!」
セラは額の汗を拭いながら言った。正確には拭うフリであるが。聖女は汗をかかない。
「グラント隊長、第1層の聖域化、とうとう全域で完了しました!」
剣ではなく、箒を片手に店先を掃くグラントにむかい、まるで一般兵かのようにセラはテンション高々に言った。セラの言葉の通り、第1層はキラキラと精霊の粉が舞い、澄んだ空気の先には、小川のせせらぎがあった。
魔窟の第1層の聖域化。
これこそが、グラントがセラに考案したことだ。
人が来にくいところしかないなら、絶対に安全なところを作ってしまおう。
闇の森で何かあったときに安全な村に撤退するのと同様に、安全ポイントを魔窟に作ることで、利用者獲得を目指した、という訳だ。
ダンジョンの聖域化自体が前代未聞であり、ダンジョンの扱いは国際法で定められているため、実際に聖域化するには各国の有識者会議で協議採択を通さなくてはならかった。
転送魔法でセラが結果を受け取りに聖都へ戻っている間、グラントは第1層の掃除を全て一人でしてしまった。掃除、つまり、全てのモンスターの駆除である。並べられていた夥しい数の魔石がその証拠で、相変わらずの規格外に戻ってきたセラは呆れていた。そのセラも、澱んだ魔窟の1フロアを数日で神聖な空間に塗り替えてしまうあたり、どっちもどっちである。
「えへへ、これできっとジャム屋さんに来てくれる人が沢山増えますね!」
喜ぶセラに、グラントは微笑む。そも闇の森に来ようとする奴がどれだけいるかという話だ。せいぜい月に1グループが限度だろう。しかし、それを言うには野暮というものだ。
……なお、有識者会議参加者全員にセラはお手製ジャムを配っており、その絶大な宣伝効果のおかげで各国から入手するべく来訪者がそこそこ来て、救国の英雄であるグラントが箒を手に大聖女のお手伝いをしているという図におのおの愕然とするのだが、それはまた未来の話。
「でもセラ、よかったんですか。こんなところで商売なんて、間違いなく婚期を逃すのでは」
「いいんですよ、お貴族様と違って私は庶民の出ですから、子孫繁栄とかとは無縁です。大聖女って言ったって、もう聖国の教会巫女の仕事は別の人に引き継ぎましたし。それに」
グラントへ目線を向けてきた。
「私にはグラントがいますから」
唐突に告げられる一言に、グラントの手から箒が滑り落ち、カランカラン… と音を立てて地面に落ちた。
「なーんてね!」
「セラ! だから何度もそう揶揄うのはやめてくれと!!」
「わーい、グラント、顔が真っ赤〜」
グラントが整備した店先で、先月までは考えられなかったほのぼのとした光景が繰り広げられていた。
そんなわけで、ダンジョン魔窟では、今日も大聖女印のジャムが売られている。
甘い香りのジャムが恋を叶えるジャムと貴族の女性たちに肖られるのも、そう遠い未来ではなさそうだった。




