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ささやかな復讐  作者: ミルニー
1/1

アルバイター

『働けど働けど(なお)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る』


 明治時代に石川啄木が感じていた悲哀は、時代の流れとはかかわりなく不変のようだ。ルイスは自分の手を見つめてそう思った。

 思い起こせば生まれてこの方、お金が潤沢にあったためしがない。両親もじっと手を見ながら共働きをしていた。大学に通う歳になる今まで、ルイスはそんな両親におねだりなどしたことなど……。


「……あ。一度あった。小学4年の誕生日だっけかな」


どうしても欲しいゲーム機があったのだ。とてもルイス家には手の出ない価格のものだったが、偶然が重なってあのレンガ造りの建物の……。


「あの店はバイト先の近くだったよな。まだあるかな」


 次の休日に寄ってみようと決めた。もちろん何かを買うというつもりはない。生活はカツカツだった。


「待てよ、なんで今月の給料がこれしか残ってないんだ?……あっ」


 給料日にスカルから金の無心があり、それに応えてそこそこの額を渡していたことを思い出した。


「まあ、あいつも病気の家族を養って大変らしいからな。困った時はお互い様だ。」

 

 生活が厳しいのはルイスだけではなくなっていた。世界情勢そのものが混沌とする中、国内の景気減退もはっきり目立ってきた。仕事内容に贅沢は言えない。どころか、ルイスのような使い捨ての学生アルバイターにとっては仕事があるだけで感謝しなくてはならない状況だ。たとえどんな職場環境であっても。その中でもさらに他人がやりたがらないバイトの職場環境など、言うに及ばない。それでもルイスは請け、着実にこなした。その日1日の日銭を稼ぐために、実入りさえよければどんな仕事でも。

 最近続けているバイトは弁当作りだ。町にある企業の給食用に、ひたすら作り続けている。

 ルイスの受け持ちは機械がひり出すご飯を容器に受け、次の行程に回す単純作業だ。コツを掴むまでが大変だった。ご飯はこぼす。容器はひっくり返す。そのたびに職場長にどやされ、減損分のご飯代をバイト代から差っ引かれた。初めの月は給料など、ほとんどが始末書とともに消えた。そこで辞めなかったのは、コツを掴めばうまくやれそうな気がしたからだ。

 ルイスのラインを担当する職場長は職人気質の強面で、小さなミスも許さなかった。他のラインからも怖がられていた。それでも狙い通りにコツを掴み始め、どやされる回数も減ってきたため、今では給料を満額で貰えるようになった。しかし休憩時間に職場長と一緒になる機会があると、視線をそらして注意を引かないように気を使った。

 この日、出社すると、ラインは地獄に変じていた。ラインに欠員が3人も出たからだ。3人とも学生だったが、誘い合わせて「嫌になったから」と言って勝手にバイトを辞めたらしい。故に補充要員はいない。そのとばっちりはルイスたち残されたラインに降りかかるなは明白だが、辞める方の学生には頓着などない。あとは野となれ山となれ。地獄になろうがそこに自分たちがいなければ何ともない、ということだろう。

 欠員分のシワ寄せが襲い掛かってきた。ルイスは本来の受け持ちの作業のほかに、容器仕分け作業と最終工程の積み込み作業を並行して行わなくてはならなかった。ラインの面々は怒りと疲労に顔を歪め始めた。その中でルイスは考えていた。

 多くの失敗を経験しながら、ラインの流れと人と物の動きを地道に研究していた。それが役立った。

 抜けた人員とラインの途切れた個所は作業員の配置変更とローテーションで補えると踏んだ。職場長に許可を貰おうと思ったが、職場長自らラインで手を動かしながら指示を飛ばしているためこちらの対応は無理だった。ルイスは腹を括り、独断で近くの作業員に「時間短縮が可能だから協力して欲しい」と説明し説得もし、工程を変更した。 

 予想は的中した。ルイスの指示した対応でラインスピードの減産を2割以内に抑えることができた。

 嵐のような時間が過ぎ、ルイスは作業員休憩室で一服した。他の作業員は「お前の指示通りしたら早く終わった、ありがとよ」と感謝の言葉を口にしながら三々五々帰宅した。

 夜中の休憩室に1人きりになると、ルイスは満足感に浸りながら束の間の時間を過ごすことができた。と思ったが。

 背後に人の気配があった。振り向くとあの職場長だった。苦虫を噛み潰したような渋面だった。勝手に工程を変更したからお怒りだ、と察して怯えた。

 職場長は無言のまま隣に座った。そして言った。


「俺の予測していた残業時間より大幅にに少ない時間でひとまず決着がついた。何故時間短縮できたのかと調べたら……」


 職場長が横目で睨んだ。ルイスは小さい体をさらに小さく縮めた。職場長は続けた。


「お前の差配だったとはな。変更された工程を確認した。よく考えたもんだ」


 お叱りではなさそうだと、ほっと息を吐いた。上目で見ると職場長は遠くを見つめていた。そして独り言のように呟いた。


「俺の仕事はお前らバイトをこき使い、経費を削減しながら予定数量の弁当を仕上げることだ。弁当をひっくり返したらその分だけお前らの給料を減らして会社に損を回さない。そんな酷い仕打ちを黙々とこなす、まぁ嫌われ役だ。でもそれが会社のためになると信じてやっている。お前らを怒鳴りつけ、お前らの給料を減らし、工場の損益分岐点を改善する」


 そこで職場長は声を潜めた。


「お前なら察していると思うが、お前のやっている工程はもともと機械化されていた。その機械がぶっ壊れた時、お偉いさんが本社から来て『機械は高いので当面は購入しない。人件費の安いバイトで遣り繰りしろ』と宣って帰って行った。あいつらには数字しか見えない。俺やお前の人間の顔は見えていない。心よりデータを優先し信用する。だがそれでも俺は、この会社のためだと言われたら命令通り動く。俺はそういう生き方しかできない男だ」


 ルイスは職場長の厳つい横顔がとても寂しそうに見えた。視線を合わせないまま職場長は言った。


「お前には不思議な才能がある。物の本質を見抜くというか、うまく言えないが、なんかそういう能力だ。俺にとってはお前みたいな機転の利く部下がいてくれたら大助かりだが、敢えて言おう。お前はここで時間を潰しちゃあいけない。お前は人への当たりも柔らかで丁寧だ。お人好しに見えるくらいにな。だがそれも才能だ。客商売とかの方がお前に向いているし、本質を見抜く能力を磨けばもっとたくさん稼ぐことができる。お前の人生の貴重な時間を埋もれさせるな。才能を活かすんだ。いい仕事を見つけたら、すぐにここを出てそっちへ行け。お前は俺みたいになっちゃあいけない。」


 それだけ言うと、職場長は立ち上がった。そしてルイスを見て、言った。


「だが、次のバイトが入るまでは辞めないでくれよ」


 ルイスは職場長の笑顔を初めて見た。



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初めての投稿です…3回に分けて投稿しようと思っています。タイトルはまだ決まってないです。とりあえずしばらく決まるまではそのままにしようと思っています。誤字や脱字があったら教えてください…かなり遅いです。


タイトル変更しました。「これからの人生」から「ささやかな復讐」にしました。(7/28)




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