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序 ビルシャナIII衛星軌道上、環状ステーションにて

 俺に足りない物、それは!

 語彙力、構成技法、表現力、発想力、知性、集中力、継続力!

 そして何よりもー! 執筆速度が足りない!!

 三軸のグリッドの原点に、全長三百メートルもないような小さな宇宙船が一つ。キロメートルオーダーの大型艦船が目立つ待機軌道上に、目指す航宙艦『星霜』は一隻静かに浮かんでいる。

 水滴型の灰白色の機体は飾り気がなく、縮尺を見誤るとまるでそっけない白磁の小物のよう。だから、マリス・A・ヒメノギは指し示しめされたその物体を見て、どんな感想を漏らすより先に素直に首を傾げてしまった。マリスはこの簡素な物体が一体どういう顔をして宇宙を旅するものかしばらく考え込んだが、やがて彼女の意識は今度は搭乗の時からどうしても気に入らないシートの座り心地をどうにかする方に向う。地上港と宇宙港を結ぶ定期シャトルのエコノミーのシートは硬かったし、幼い彼女にはどうしても身に余ってしまうから何とも座りが悪く落ち着かないのだ。

 大型のバケーションと時期が重なったためにシャトルの客室は満席で、気圏脱出を問題なく終えた直後でもあったために緊張の緩みからかかなりざわついていた。その中で一人マリスがもぞもぞと悪戦苦闘していると、横から丸めたコートが差し出された。片方の手がマリスの小柄な体を支え、もう一方の手が手早くコートを座席に敷く。再び座席に下ろされると、そのコートは優しく彼女を受け止めてくれる。マリスはきょとんとして手の主を見上げた。

「もう少し早く気付いてあげればよかった。ごめんね」

 マリスは首を横に振る。ノエルは悪くない。それどころか。

「魔法みたい」

「うん、有難う、マリス」

 声の主は隠すところのない笑顔をマリスに向けた。ノエル・マクノートン。幼いマリスの、姉のような保護者のような、そんな存在。

 ノエルはそっとマリスに頬をよせ、座席に設けられたコンソールのディスプレイに視線を向けた。そこには、先程ノエルが呼び出した『星霜』の姿が映し出されている。惑星、ビルシャナIIIスリーの巨大な陰に隠れ、軌道上を漂うデブリのような頼りない雨粒。これから、マリスが生活する場所。

「……おふね」

「うん、この船に乗るんだよ。これから、私達」

 耳元で囁かれるノエルの声はあくまで優しい。だけれど、そうやって改めて言われると、突然ふってわいて、まだマリスの中でふわふわと漂ってるだけだったこの話が急に現実味を帯びてすとんと目の前に突き付けられた心持になって。

「……うむ」

 ちょっと仰々し過ぎるおかしな頷き方をしてしまったものだから、マリスはノエルにくすりと笑われてしまった。

 マリス・A・ヒメノギの、宇宙に来て初めてのちょっとした失敗はそんな感じ。


 ・


 さて、宇宙に来たからと言ってそうやすやすと星々の旅に出発できるかというとそうでもない。マリス達が乗ってきたのは宇宙港までのシャトルで、そこからさらに目的の船までのシャトルに乗り継がないといけないし、その為には当然地上で行ったのと殆ど同じような煩雑な手続きや検査をもう一度踏まなければならない。加えて、今回の航行は星間航宙会社の宇宙船によるものではないので、レンタルシャトルを用意しなければならなかったから更に面倒極まりなかった。

 そして、ノエルがそれらに忙殺されている間に暇なのがマリスである。環状ステーションの外縁部の遠心力による人工重力は0.7Gに設定されており、比べてビルシャナIIIは1.1Gなのでかなり体が軽い。だから、しばらくの間はちょっとその辺りを飛び跳ねてみたりキャリングケースを持ち上げたりしてその違和感を楽しんでいたのだが、それにもすぐ飽きてしまった。ノエルに待っているように言われたベンチにすとんと腰を下ろし、足をばたばたさせてみるが、一向に彼女が帰ってくる気配はない。

 待合室はマリスのように誰かを待つ人や、シャトルの出立までの時間を潰す人の姿が多かった。それらの人は大抵みんなバケーションを利用した帰省だったり観光旅行だったりの目的でこのステーションを訪れた人達ばかりだったので、待たされているといっても雰囲気はゆったりしていたし、和やかだった。一度、黒スーツに身を包んだ見るからに厳つい男達が部屋に足を踏み入れた時、入り口近くにいた何人かの人間はぎょっとして言葉を失ったが、それも一時のこと。男達に隠れてよく見えないが何やら、一人のお偉いさんを護衛していたらしい。彼らも時間を余らせた側の人間らしく、ベンチの一角を占拠してそのまま、時間が来るのを待っていた。

 暇を持て余し気味だったマリスは、格好の興味の対象とばかりにしばらくその物珍しい男達を観察していたが、がっしりとした体格の彼らは少しも動こうとしなかったし、護衛されている人物の方は黒ス−ツの巨体に阻まれて良く見えなかったので、やがてつまらなくなって視線を外した。

 いつになるか解らないから喉が渇いたりしたらこれでジュースでも買ってね、とノエルから渡されたクレジット通貨をポシェットから出したり仕舞い込んだり。そろそろ彼女のなかの「うずうず」が暴れ出そうとしていた時のことである。

 彼女のいるすぐ傍から一発のどでかい爆発音が響き渡ったのは。


 ・


 ノエル・マクノートンは元々の気質や出自や生育環境その他もあって、割と気の長い性質を獲得しているのだが、それでも最後の手続き書の下端に確認済の判が押されたときには頭に上っていた血がすっと降りるのを感じた。いけないいけないと思いつつ、手荷物に不備がないか確認してから歩き始める。色々と手続きをしている間に何故かマリスのいる位置から環状ステーションを四半周も離れている場所に移動してしまったので、結構な距離をまた戻らなければならない。やれやれと軽く伸びをして両肩を叩いて、暇を持て余している筈のマリスの元へと足を急がせた。

 と。

 港というのは古来より人、モノ、そして情報の集積地点であるからして、ノエルのいるブロックも大勢の人間が足早に行き交いつつも手元のウェアラブルPCに目を向け、多数の電光掲示板が多種多様な情報を伝え、幾つかのアナウンスが独特のイントネーションで響き渡っていた。ノエルはほとんどそれらを意識していなかったし、これからのことについて一人考え事をしていたから、最初、響き渡った警報とアナウンスを耳から聞きいれたものの素通りさせてしまい、ついで、騒然とし始めた周囲に対して理解が遅れて、一瞬ぽかんと呆けてしまった。

 当ステーションBブロック第三エリア内で爆発が確認されました。Bブロックは一時閉鎖されます。当ステーション発着のシャトルは一時運行を停止します。詳細情報は不明ですが、追って報告します。このAブロックの気密及び安全は確保されておりますので、お客様におかれましては職員に従って冷静な行動を――――。

 Bブロックにはマリスがいる筈だった。

 一人が叫びながらどこかへと走り出すと、後は雪崩のようだった。緊急事態に直面しててんでばらばらに動き出そうとする人々と、Bブロックから逃げ出してきた人、それらをなんとか誘導、待機させようとする宇宙港職員でたちまちその場はパニックに陥った。ノエルはすぐにマリスの元へととって返そうとしたが、それにはBブロックから少しでも離れようとする大きな人の流れに逆らわねばならなかった。単なる少女にすぎないノエルにとってそれは暴風雨に巻き込まれたに等しい。鉄砲水のような人の波に飲み込まれ、翻弄されながらも声を張り上げて、ノエルはマリスの名を呼んだが、返事はない。混乱に呑まれないよう上げ続ける声が悲鳴に近くなっていくのを、ノエルは自覚していた。

 それでも、ノエルがBブロックへ通じるゲートの元へたどり着いてしまう頃には人波は疎らとなり、むしろそこは閑散としていた。隔壁はすでに降りてしまっている。ノエルと同じように家族や同行者とはぐれてしまったた人々が何人か隔壁を開けるよう職員に詰め寄っていたが、勿論そんなことで隔壁を開けてしまうわけにはいかない。宙間施設である以上当然だが、このようなブロックごとの隔壁とはつまり気密保持の為のエアロックである。爆発による火災が延焼してくる程度ならまだいい方で、Bブロックの気密に問題があった場合、Aブロックまで真空に晒されてしまう危険性があった。

 呆然と立ち尽くすノエルの目の前で、半狂乱になった女性が職員数人に引きずられるようにしてその場から連れて行かれる。どうやら、子供が隔壁の向こう側に置き去りにされてしまったらしい。

 焦燥がノエルの胸の中で渦巻く。ここに辿り着くまでにマリスを見付けることは出来なかった。マリスがいるのはこの先なのかもしれない。少なくとも、避難が完了しないうちに隔壁が降ろされたのは確かなのだ。

 爆発の原因は不明だがBブロックの内部の気圧はまだ正常値から動いていないと先程誰かが言っているのを聞いた。だけれど、それがいつまでの話かは解らないとも言っていた。そうでなくたって、爆発に巻き込まれ怪我をしているかもしれない。爆発のあったBブロックはAブロック以上の混乱が巻き起こったことだろう。そんなただ中に閉じ込められ取り残されて、怖い思いをしていないはずがない。不安に怯えていないはずがない。

 思考だけが疾走する。

 ……もしも、もしもマリスが。

 血がさあっと音を立てて頭の中から抜け落ちていく。頭の中が真っ白に埋め尽くされる。色を失った視界がちかちか瞬いて痛い。けれど目は閉じることを忘れたかのように見開かれたまま。腕は何に向けてのばされたのか、小刻みに震える指が空しく宙を掻く。喉はひくつくばかりで、呼吸がうまくいかない。苦しい。

「……もしもし、お客様、大丈夫ですか?」

「今から念の為に非常脱出艇にご案内します。こちらです」

「御連れの方とはぐれましたか?」

「もしかしたら、もう避難なさっているかもしれませんよ。そうなら、貴女のことをきっと御心配になっているはずです。早く行ってあげましょう」

「大丈夫です、当宇宙港は非常事態においても各エリアが独自に気密を保持出来るよう設計されています。御連れさんはきっと無事です」

「ですから早く行きましょう。私が肩を貸してあげますから、ほら早く――――」


 ・


 爆発したのは待合室の床だった。どんと腹に響くような音のすぐ後に、爆発音とともに床の一部がまるで水の逆流したマンホールの蓋のように吹きあがったのだ。このエリアの床はそのままステーションの外殻となっていて、すぐ外は宇宙であるはずだったが、入りこんできたのは真空ではなく、完全武装したサイボーグ兵達だった。

 目的の宇宙船内部に兵士を送り込むための、強襲揚陸ポット。円周上に配置されたパイルバンカーでポットと外殻を固定、撃ちこまれた杭に仕込まれた炸薬で外殻にミシン目状の亀裂を生じさせ、二度目の炸薬で外殻を切り抜き内側に吹き飛ばしたのだ。

 待合室に突入した兵士達は、周囲を確認。呆気にとられるしかない人々を無視して黒服の男達に向きなおった。彼らが咄嗟に胸ポケットの銃に手を伸ばすより、既に腰だめに構えられていた五つの四十ミリ口径プラズマガンが火を噴く方が早かった。男達の鍛え抜かれた身体は一瞬にして巨大な風穴に埋め尽くされ、燃え落ちて、くずぐずと火を上げる焼け焦げた肉塊となった。

 あっと言う間もなかった。今頃になって作動したスプリンクラーが、兵士達以外で一番早く反応出来た存在かもしれない。

 サイボーク兵達はそれを無視。五人いる内の四人が周囲を威圧し、残りの一人が死体の山をかき分ける。引きずり出したのは、プラズマの洗礼を浴びて下半身がちぎれてしまった老人の死骸。その顔をサイボーグ兵のカメラゴーグルが眺める。写真を撮るような気配。すぐさま作業のようにプラズマガンの銃口が動き、無事だった頭部は消し飛ばされた。もう一度、写真を撮る気配。そのまま、ポットには戻らず扉に向かう。待合室にいた人間は微動だに出来ず、それを見送るしかなかった。

 ただ一人、マリス・A・ヒメノギを除いて。

 サイボーグ兵の先頭に立っていた彼は、彼女を見て困惑するしかない。出口を背に立っているあの少女は、もしかして立ち塞がっているつもりなのか?

 完全武装のサイボーク兵というのはとにかく巨大。黒服のガードマン達など彼らに比べればジュニアスクールの華奢な少女のようなものだ。その体躯は二メートルを軽く超過し、そして着込むのは防弾ジャケットなどではない、本物の装甲。シルエットは人間から程遠い所にある。相対する少女は年の頃十もいかないだろう。その構図は、まるで童話の『森のくまさん』を彷彿とさせる程に不自然。

 マリスは好奇心の強さとその移ろいこそ激しいが、感情の起伏に乏しい子供だ。だからマリスの表情はいつもどこか呆けたような、薄い表情をしている。驚く時も、喜ぶ時も、そして、化け物に真っ向から対峙する時も。薄い表情が彼のカメラゴーグルを真正面から見据えてくる。

 スプリンクラーがまき散らす水が飛沫を作りだし、その場を無理やりな霧色に染め上げる。元から色素の乏しいマリス。ところどころ白く切り取られた視界の中にあって、まるで彼女が幻想の住人であるかのよう。

 疑問が一瞬だけ、彼の思考と行動を止めた。彼の認識ではそれは本当に一瞬だった。彼は躊躇なくプラズマガンの銃口を上げ、引き金を引こうとしたのだから。ただ、その直前に、一人の勇敢な若者が少女を脇へと引っ張り込み、少女が視界から消えたから、プラズマガンは少女の腹腔ではなく、扉の脇のパネルをぶち抜いた。

 外壁にあけられた穴を感知し気密保持の為にロックされた扉が、むずがりながらも開く。壊してでもロックが開かないとなると救援が行えず大惨事になる恐れがあるから、民間の施設ではこれは当然の仕様であるし、彼らの事前の調べでも確認されていること。

 部屋を出る時、彼はもう一度マリスを見た。へたりこんだ若者に抱きすくめられるようになりながらも、まだ彼女は素朴な表情で彼を見ていた。きょとんとした、何かを問いかけるような。彼は視線を外した。任務に関係のないことだからである。

 動く者のいなくなった室内をざあざあという水音が満たす。嵐のように彼らは現れ、吹き荒れ、そして去って行った。

 立って新聞を読んでいた壮年の男性が、腰を抜かしてへたり込んだのは、果たしてそれからどれだけの時間が経っていたのだろう。たらふく水を含んでいたカーペットは、べちゃと音を立て彼を迎えた。スプリンクラーの雨は、いつの間にか上がっていた。

 そして、鳴り響く警報に気付いた人々が凍りついた時を動かした。部屋の外の狂乱も、今更に伝わってきた。最初はぎこちなく、すぐに駆け足となって彼らも避難の列に加わり。

 これが爆発のあったビルシャナIII・星系間宇宙港、Bブロック、エリア3、待合室における事の顛末である。


 ・


 事態が整理されるまでには、しばらくの時間が必要だった。最初期の混乱がある程度収束してからも、ノエルを始めとするステーション利用者達はこの起っている事態が事故か事件かも知らなかったのだから。ただ、Bブロックから脱出に成功した者の中に、武装した巨大な人型ロボットを見たということを言い出す者がいたから、脱出艇の中には不安と恐怖が澱んだ渦を巻いていた。一度、一刻も早くこの脱出艇を宇宙港からパージするようにと職員に怒鳴り上げた者がいた。結局すぐにその彼は職員に説得されたものの、針でつつけば破裂するような緊張感がその場を満たしているのを、事態に怯える避難客にまざまざと認識させる結果となった。

 ノエルは祈るように膝に額をつける。祈るように手を合わせる。祈るように言葉を呟く。

「マリス」

 脱出艇にもマリスの姿を見つけることは出来なかった。それでも、既に他の脱出艇に乗った可能性もあるし、AブロックとはBブロックを挟んで逆のCブロックに避難した可能性だってあった。その時は。

 事態が整理され、この状況が事件であることが利用客達に知らされた。リデア星系の公使が、秘密裏に本星に戻ろうとしたところを武装集団に襲撃され、殺害されたのだという。そして、同行者とはぐれてしまった人達に、宇宙港側が現在把握している無事が確認された人々の名簿との照会が許された。しかしそこに、マリス・A・ヒメノギの名はなかったのだ。

「マリス……!」

 伏せられた顔はあげられることはなく、固く組み合わされた手は解かれることはなく。紡がれる言葉は途切れ途切れに途切れず。

 出来るのはただ祈ることだけ。

 だからノエル・マクノートンは、祈ることをやめなかった。


 ・


 Bブロックにはまだ大勢の利用客が取り残されていたが、外部の人間は未だ殆ど状況を知る事が出来ずにいた。事件の概要すら、武装集団からの連絡によってようやく輪郭が見えたという有り様である。

 在ビルシャナIII、リデアIV公使の殺害とその他の利用客の無事。それだけ告げて、一方的に犯人側からの連絡は途絶えた。犯行声明も人質を楯にした要求も一切なく。

 そして宇宙港警備隊、ビルシャナIII宇宙軍が有効な方策を見つけ出せぬままに事件は、急展開を迎える。環状ステーションの四半周分にあたるBブロックが、いきなりパズルのように細切れになり、宇宙にばらまかれたのである。

 ビルシャナIII・星系間宇宙港は非常事における利用客の安全の為に各部が独立した気密ブロックとなる事が出来、かつそれらをパージする事が出来る設計となっていた。それを今回犯人達は徹底的に利用したのだった。当然、その直後に彼等からの連絡。曰わく、パージされた全てのエリアに人質は存在し、かつ各エリアの酸素残量は救出に十分な時間のあることを保証出来ない、と。

 この不意打ちには宇宙軍も降参するしかなかった。人工重力の為に高速で自転するステーションから切り離されたブロックは広域に散り、急速に領域を広げていた。用意された全ての艦艇とその観測能力は救難者捕捉に振り向けざるを得ず、結果武装集団はまんまと脱出に成功したのである。

 そして。


 ・ intermission


 電子ペーパー。デジタル化された新聞。

 見出しは「死者六人 宇宙港襲撃事件、一応終結か」。

 大写しに掲載されているのは、外部から撮影されたステーションBブロックのむき出になった基礎フレーム。

 端の方におまけのように小さく載せられているのは、事件後再会した姉妹だろうか。幼い女の子を強く抱きしめる少女の姿。姉らしき少女がすがりつくようにして泣き崩れてしまっているのを、妹らしき女の子は優しく受けとめている。災禍の中にあっての、感動的な再開のワンシーンということなのだろう。

 宇宙港での爆発事故という報道からこちら不安に満たされていたビルシャナIII地上は、この速報によりまた再び普段の日常を取り戻したのだ。開拓時代の最終期に半ば無理やり植民が行われたリデア星系は当初の予測通り資源に乏しく、また歴史も浅かったから、政情は植民星系の中でも取り分け不安定。そこから来る飛び火は事の大小はあるにしろままあることだったので、マスコミもそれ以上騒ぎ立てることがなかった。

 手に取っていたそれをダッシュボードの上に投げる。男は記事には興味がない。事は自分の書いた筋書き通りに運び終結した。それをもう彼は知っているのだから。

「まさかお前が生きているとはな。どうにも知らぬ間に俺にもツキが向いてきたようだ」

 だから、それに目を通したのは正に偶然だった。その偶然がなければ、危険は彼女と非常に近い位置を歩きながらもすれ違い、彼女はそんなものとは全く関係ないところでまた平穏な生活を送ることになっていただろう。

 だが、そうはならなかった。それは一体誰の悪戯だったのか。こうも簡単なことで、運命は音を立てて変わっていく。

「……なあ、malice」

 写真の中で、少女は姉の頭をかき抱きながら、ただ静かに微笑んでいる――――。

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