6.5話(番外編) 冷たい情け
蓮也に向けて一直線に放たれた光弾は、大きな穴へと吸い込まれ、空中で爆発した。
その爆発音を聞き終えた悟は、はあ…と大きなため息をつく。
「殺さないって約束だったでしょ?」
「いや、すまん。ついつい頭に血が昇った。」
「ついついで撃っていい光弾じゃなかったよ。あれまともに撃たれてたら蓮也くんどころかこの街が壊滅しちゃうからね?」
悟は苦笑いでこう続け、灯と蓮也の方へと歩く。
革靴の音が廊下に響く。
「でもこいつ私の顔を撃ったんだぞ?顔の怪我は言い訳のしようがないじゃないか。1週間は学校を休まないと…。」
「まあ…それに関しては僕にも責任があるし…。」
悟は自分で空けた穴の方に目を向ける。あの時は灯を殺させない事しか考えておらず、人間の耐久力に関しては頭から抜けてしまっていたし、後のことも考えていなかった。今思えば地面に穴を開けるだけで良かった、と悟は自分の所業を後悔した。
灯は顔の銃痕に指を出しいれしながらうーん、と考え込んでいる。暫く考えたあと灯は仕方ないか、と言うように口角を上げた。
「分かった、1週間暇ができたと思うことにしよう。」
その後、ポケットからヘアゴムを取り出し、髪を結ぶ。すると彼女の変身は解け、いつも通り人間形態へと戻った。
「んで、こっからどうするんだ?」
「ああ、そっか。考えないと。気絶させる予定だったけど…死にかけてるしね。」
「というか死んでるんじゃないか?動かないし。」
灯はしゃがみこみ、気絶した蓮也の顔をつっつく。
蓮也の外傷は見るからに酷いものだったが、つつかれると同時に「う…」と微かに呻いているのを見ると、まだ死んでいないのだと解る。
「お、反応があった。さっきのは訂正するぞ。意外と人間の耐久力って凄いんだな。」
灯は感心したような表情をしているが、悟の表情は重かった。考え込むような動作をし、目を伏せている。
「いや…でもやっぱり。暗殺者全体に言えることだけど、この外傷でまだ生きてるなんて、何か…」
「ん、なにか思いついたのか?」
悟がなにか呟いたのを聞き、灯は悟の方を向いた。それに気づくと、悟は2度首を横に振り灯の言葉を否定した。
「いや、ただの独り言…。さっき、案を思いつきはしたけど。」
「お!?なんだなんだ、言ってみろ!」
キラキラと顔を輝かせ、灯は次の言葉を待っている。悟は歯切れの悪い言葉を繰り返すだけで、次の言葉を言おうとしない。
なんだよもったいつけやがって、と灯が頬を膨らませていると、足元に転がる蓮也(暗殺者)が、ひゅう、ひゅうとしゃくり上げる様な様子で呼吸をし始めた。
悟ははっ、と蓮也の方を向き厳しい表情になる。
「あー…死戦期呼吸だね。これはちょっとゆっくり他の案を考えてもいられないかも。僕はちょっと席を外すから、AED持ってきといて。あと、蓮也くんの腕とかきちんと元のとおりに固定しといて。」
「死戦期呼吸ってなんだ?」
「保健の授業で習ったでしょ、心停止の合図だよ。あ、あと。間違ってもAEDの代わりに灯の電気でやろうとか思わないでよ。」
悟のその言葉に灯はぎくっ、と肩を震わせる。どうやらそのつもりだったらしいが、専門知識がないまま電流を流せば蓮也に追い討ちをかけるだけだ。悟はまたため息をついた。
「う…分かった。任せとけ。」
「ありがと。」
そう言うと、悟は右手を目の前に出し、空間を歪めた。空間に穴が空き、穴の先には1年2組の教室が見えた。
「頼んだぞー」
灯が手を振っているのを見てから、悟はその穴へと入った。灯が心配ではあるが、そんなことも言ってられない。
1年2組の教室の中には1人しかおらず、そして悟が空間を歪めて入って来た事に、驚いてはいない様子だ。…怒鳴りはしているが。
「ちょっと悟!私前にその入り方やめてって言ったわよね。それに何よその血…。怪我とかしてないでしょうね。」
黒髪ショートヘアーの少女が、読んでいた本をぱたりと閉じ、悟の方へと歩く。
「ごめんって。今回は緊急事態なんだ。怪我はしてないから心配しないで。」
「別に…心配で聞いたわけじゃないわよ。んで…今回はどんな面倒事?」
少女は自分の腰に手を当て、悟の方を見上げて話す。悟は自分の帽子を取り、真面目な表情で少女の前に立つ。屈むと怒られる為、屈むことはしない。
「単刀直入に言うと…鈴ちゃんの回復魔法を暗殺者に使って欲しいんだよね。」
「はあ!?嫌よ。私人間嫌いだもの。」
少女……鈴は、ぶん、と擬音がつくほどに首を振り、悟から目を逸らした。腕は前に組み直し、明らかに怒っているといった様子だ。
それを見た悟が何も言わないでいると、鈴は悟から目を逸らしたまま視線を下に向けた。そして、ぼそぼそと話し出す。
「…それに、私の魔法は回復魔法じゃないわよ。コントロールを誤れば逆に殺すことになるし…大人しく保健室にでも連れていけば?」
鈴の表情も、悟の表情も暗い。
「保健室どころか人間の病院ではどうにもならない位に怪我させちゃって…」
「は!?なにやってんのよ!?てか…だったらもう殺しちゃえばいいじゃない。あんた達、その辺の隠蔽操作得意でしょ?」
それを聞いた悟は、今までで1番真面目な表情で鈴を見つめた。鈴は一瞬怯み、逸らしていた目線を彼の方に向けた。
「ちょっと殺せない事情があるんだ。…まあ僕のミスで殺しかけちゃったんだけどね。」
「事情…ってまさか暗殺者を仲間に引き入れようって話のこと?」
鈴も悟と同じような表情で、悟の方を見る。
「うん。それそれ。」
鈴はまた視線をそらし、口を結ぶ。腕を組みながら考え込んでいたが、暫くするとその手をゆっくりと下ろした。
「…分かったわよ。あんたの頼みじゃなかったら聞かないんだからね…。で、現場はどこ?」
「待ってて、空間をまた繋ぎ直すから…。よし、できた。」
悟達の目の前に大きな穴が出現し、旧校舎の1階へと空間が繋がった。鈴は躊躇なくそこに入り、きょろきょろと周りを確認する。悟も続いて中に入った。
「誰もいないわよね?」
「灯とれ…暗殺者ならいるよ。」
鈴はその様子を見て絶句した。殺さないようにしたというより、むしろ殺す気でやったとしか思えないような痛々しい傷痕の人間が目の前に転がっていたからだ。
そんな鈴を尻目に灯は心臓マッサージをし続けている。
「鈴!なるほど…そうか。確かに鈴の魔法ならこの状況をなんとかできるな!頼んだ!」
頼んだ、の時だけ灯はパッと鈴へと顔を向ける。鈴はきゅっと唇を結び、それらからくるりと背を向けた。
「……ごめん、やっぱ…私には無理かも」
鈴は顔を下に向ける。言葉と、握りしめた拳が震えている。怒り、と言うよりも恐れ、といった雰囲気だ。
「…どうしても、人間を回復させるのは嫌?」
悟の言葉に、鈴は首を何度も横に振る。
「ちがう…。人間が嫌いだからやりたくないってよりもさ、生殺与奪の権利が自分に渡るのが嫌なのよ…。こいつ、もし、魔法を間違えて、失敗したら、私が殺すことに…。」
そう鈴が言うと悟は鈴の方へと歩き、目の前に立つ。
「ねえ、鈴ちゃん。完全に死んだ生き物は、回復できない?」
「…分からないわよ。細胞が全部死滅したりとかして無ければ、出来るかもしれないけれど…」
「分かった。灯、ちょっとそこどいて。」
「お、なんだなんだ?何かわからんが、分かった。」
灯が蓮也の方からどくと、悟は鈴に手招きをした。
そして悟は、蓮也のリボルバーを拾い上げ、蓮也の心臓に銃を押し当て、引き金を引いた。
バン、と1度大きな音が、旧校舎へと響いた。
「ちょ…っと、何やって…」
「…これで鈴ちゃんが殺すことは無いよ。…お願い。」
鈴は顔面蒼白で、それらを見つめた。手は相変わらず震え、歯がガタガタと音を立てた。息が荒い。胸が張り裂けそうで、拳をぎゅっと握りしめる。
「…わ、かったわよ…」
震える足で、鈴はくるりと一回転をする。すると紫色の粉が舞い、紫色の、半透明のローブに、灰色のノースリーブ、黒色のショートパンツを着た姿に変わった。靴は黒いブーツ…先程よりもヒールが高く、すこしだけ身長が高く見える。
鈴は黒手袋を口で外し、右手…ではなく左手を暗殺者の額に押し当てた。
刹那、暗殺者は青紫色の光に包まれる。鈴が触れていた額から順番に傷が癒えていく。日が落ち、月が出る頃には蓮也の身体は元通りになり、呼吸も通常通りに戻っていた。
それが終わると、鈴は手袋をはめ、ふう、と息を吐いた。緊張が解けたのかぽろりと目から涙が溢れ出てきている。それを拭い、鈴は立ち上がった。そして、先程とは逆向きに回転する。すると鈴の見た目は元の制服姿へと戻った。
「でき、た…わよね?」
鈴のその言葉に灯と悟はうん、と頷く。鈴の手はまだ震えたままだ。鈴は1度深呼吸をし、少しだけ笑った。しかし不意に自分が回復させたのは人間である、ということを思い出し、蓮也と灯達の方を一瞥する。
「それで、こいつどうするの?私はもう手を貸さないわよ。」
と灯達に問いかける。灯は考える素振りもなく、何かを思いついたように手を打った。
「そうだな、私たちの部室とかでいいんじゃないか?あそこはあまり人が来ないし、鍵もあるぞ。拘束しておけば身動きも取れないだろ。」
「…分かったわ。それじゃ、早くこいつ拘束して。暴れられたら困るでしょ。」
「武器も全部取っておこうか。全裸じゃさすがに可哀想だから…制服は着せておこう。」
そう言うと悟は目を伏せ、やっと変身を解いた。灯は気を失った蓮也を担ぎあげ、階段を上っていく。鈴と悟も、それに続いた。
「それにしても…ダメかと思ったわよ。ほんとに心臓撃って、目の前で殺すんだから…。」
はあ、と鈴は小さく溜息をつくが、悟はただニコニコと笑っている。
「ああ、あれ?僕は蓮也くんの心臓なんか撃ってないよ。」
鈴は驚き、口を大きく開ける。
「え、は…?でも…」
「ちょっと空間を歪めて…銃の進行方向を僕の足にしたんだよね。ほら。」
悟が足の傷を見せそう笑うと、鈴は目を見開く。そういえばあの時、人が来るかもしれないってのに変身したままだったっけ…。鈴はだんだんムカつき、拳を握りしめ、ぎりぎりと歯を鳴らした。階段をかけ登り、悟より高い位置に行き、振り返り、叫ぶ。
「このバカ!アホ!クソ!最悪!最低!鬼!悪魔!あんたなんかもう知らない!!最悪!!」
「ごめん、ごめんって。でもあの時はそうするしかなくってさ…」
鈴に気圧され、悟は苦笑いで返答する。鈴はひとしきり怒鳴ったあと頬を膨らませ、腕を組む。鈴は顔を赤くし、ふんっ、と目を背ける。しかし悟が本当に申し訳なさそうにしているのを見て、ゆっくりとそちらの方へと目を向ける。
「ああ、もう!!そんな顔しないでよ!あんたがそんな顔してると気持ち悪い!分かったわよ!!帰り道にアイス奢んなさい!!いっっちばん高いやつ!いいわね!!!」
「分かったよ…いくらでも奢るから許してって…」
それを聞いたのか、灯はこちらに顔を向けた。
「お、そうなのか!?悟!私にもくれ!」
「やだよ。灯は回復させるどころか蓮也くんに光弾当てようとしてたじゃん。」
灯はしゅん、と落ち込んだ顔をし、蓮也をおぶる手を片手にした。そしてわざとらしく顔を撫で、
「顔の傷…」
と呟く。
「分かった、分かったから!!」
悟は焦ったように財布の中身を見て、1枚、2枚…と確認し出す。その様子を見た鈴はざまあみなさい、と鼻をならし、灯はゲラゲラと笑った。
「冗談だ、冗談!とりあえず蓮也拘束して早く帰るぞ。明日からが本番だ、なんとしても…蓮也をこちら側に引き入れないとな!」
それを聞いた悟と鈴は真面目な顔つきに戻り、灯に目を合わせ、1度首を縦に振った。
部室へとたどり着くと、制服は脱がさずに蓮也を拘束した。…彼の眼鏡だけは外したが。そして灯が部室の鍵を閉め、鍵は悟のポケットへと入れられた。
「あ、この事って千春達にも話したんだったか?」
「話したでしょ、勇斗くんも賛成してたじゃん。」
「愛理なんてむしろ乗り気だったわよ。私は今でもあんまり乗り気じゃないんだけど…。」
「そうだったな、忘れてたが…それなら良かった。」
灯は少しの間だけ真面目な顔つきで居たが、またいつものようににこりと笑う。
「明日が楽しみだ。」
灯は結んだ髪をかきあげる。
月の光に照らされ、灯の髪が輝いた。
書きためが無くなってしまいましたが、頑張って更新します。来週もよろしくお願いします。