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魔法青年は部室に集う  作者: 八科
1章 唯一にして最大の弱点
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6話 最初の試練

バン!と大きな音が鳴った。直撃していれば、目の前にはひとつ死体ができているはずだった。しかし現実はそう上手くは行かない。何故か銃弾は灯をすり抜け、後ろの壁に跡をつけていた。


いや、ありえない。


弾道は完璧だったし、このとおり灯はさっきから一歩も動いていない。変身もしていないため、灯が魔法で弾道を変えることも不可能だ。


青ざめ、何も言うことの出来ない蓮也に対し、灯はいつものように笑顔で、ただ首を傾けていた。銃声なんて聞き慣れているのかもしれない。

しかしこの状況で驚く素振りすら見せないのは、蓮也にとってあまりにも不気味すぎた。


灯の方は頬杖をつきながら弾痕をちらりと見た。そこから首を蓮也の方に向け、柔らかく笑った。


「どうした、蓮也。すごい顔してるぞ。いきなり銃声が鳴って驚いたのか?」


蓮也は慌てて拳銃を後ろに隠した。心臓の音がうるさい。やばい、やばい。失敗した時のために次の一手は沢山考えておいていたが、これはあまりにも予想外すぎる。いや、その…あの…というような、情けない言葉しか出てこない。

蓮也がその場で固まっていると、灯はその場にゆっくりと向かい、銃弾を拾い上げた。右手で投げてはキャッチし、投げてはキャッチしを繰り返している。


その動作をやめたかと思うと急に蓮也の方を向き、


「この銃弾…一昨日見たのと同じだな。ひょっとして、お前がやったのか?」


…………そう言って、銃弾を投げた。


投げた、といっても以前悟に鍵を投げた時のような様子ではない。拳銃から放たれる時と同じスピードで、それは蓮也の横を抜けていった。蓮也の後ろに、同じような弾痕が出来た。一瞬の出来事過ぎて、訳が分からなかった。


「…だったら、可笑しいですか。」


蓮也はあわてて椅子から立ち、後ずさり、灯の方に銃口を向けた。ウエストポーチも回収した。

それを見つめる灯に、いつものような、さっき迄の明るさは無い。完全に獲物を見る視線だった。


「そうか。それは…残念だな。」


その視線のまま、灯はぽつりと言葉を残し、

その場で、括っていた髪をゆっくりと解き始めた。

その仕草を合図に、金色の粉がどこからともなく現れ、灯の周りを包み込んだ。もうどうにも言い逃れはできない。


「残念なのはこっちですよ…僕だって…あなたが魔法青年でさえ無ければ…!」


その声が聞こえているのかいないのか、灯は気がつくと美しいドレスを纏った姿へと変身していた。キラキラと輝く金髪を、ゆっくりとかきあげている。

周りにはまだ、金色の粉がふわふわと舞っていた。

それは、一昨日見た姿とまるっきり同じで…人間ではありえないほどに、綺麗だった。


近くで見ると、一層そう感じてしまう。


「…」


恐怖も、感動も、悲しみも全部混ぜこぜになり、蓮也の頭はパンクしそうだった。こんな頭では、次の行動など考えられない。手が、震えた。足が、震えた。しかし拳銃だけは構えたままで、蓮也はただ、目の前を睨んだ。むしろ、それしか出来なかった。


灯はとっくに迎撃体制に入り、右手をくるくると回している。その指先には、電気が流れていた。パチパチ、という電流の音が聞こえている。……刹那。



バチッ。



さらに大きい音が鳴った。しかし、光は音より速い。音に気づいてから対応するのでは、遅すぎる。蓮也が気づいた時には既に、蓮也の脚に1発、光弾が命中していた。一昨日、蓮也が灯に撃った場所と、寸分変わらず同じ場所だ。


撃たれたのは脚だけなのに、痛みはそこを中心に、

全身へと渡った。各々の臓器にも痛みが伝わり、吐きそうだった。皮膚が焼けた。筋肉も焼け、骨も焼けた。恐る恐る見ると、穴は貫通していた。脚の穴から、床が見えた。

しばらくして、血が流れ出した。制服を赤く、じわじわと濡らしていく。


左脚から、蓮也は崩れ落ちた。手が滑り、拳銃も落ちた。すぐに立て直し、立ち上がったが、あまりの痛さに失神してしまいそうだった。歯を食いしばり、なんとか耐えている。


「お揃いだな。足を撃たれる気分はどうだ?」


灯は一昨日と同じ顔をしていた。全てを憂うようでいて、この場を楽しむ密かな狂気。蓮也はそこでなんとか、気持ちを切り替えた。このままでは絶対死ぬ。目の前にいるのは人を襲う化け物だ。今は、とにかく…任務を完遂することだけ考えないと。


「強いて言うなら…恐ろしいですね、死ぬほど。」


その言葉は、合図のように作用した。


まず、蓮也は右手に持っていた煙玉を投げ、灯の視界を奪った。自分も前が見えなくなるが、魔法青年からは常に光の粉が舞っているため、位置は特定できる。煙の中でも、光は見える。それに、蓮也はこれを使うために事前に図書室の物の配置、さらには旧校舎の物の配置まで全て頭に叩き込んでいた。旧校舎の中だけなら、目をつぶってでも正しく動くことが出来る。


次に、拳銃で天井の電球を2発撃った。バン!と2度、派手な音が鳴った。少し心が痛んだが、1番大きな音を立てるためには、これしか思いつかなかった。


灯も警戒しているとはいえ、視界を遮られた状態で大きな音がすれば、一瞬隙が出るのは明白だった。光の粉に大きな動きは無い。その隙に蓮也は後ろの扉を派手に開けた。煙が、廊下に漏れ出た。

そこから脱出する意図はなく、ただ開けただけだ。そのあとは図書室内へと戻り、ハンカチで傷口を抑えつつ、物音を立てないように細心の注意を払い、机の下へと隠れた。

予想通り、前の扉が開く音がした。光の塊も、そちらに移動して行った。その隙に蓮也は傷にハンカチを巻き付け、固定した。これで幾分か動きやすくなる。


両方の扉が開いたことにより、図書室内の煙が分散していった。視界が鮮明になった。灯はその際に、やっと自分の失態に気づいた。

蓮也はもう次の一手に出ていた。灯が教室内に入り、扉から離れた瞬間、蓮也は机の下から飛び出し、先程開けた扉から外に出た。またバチバチと音がし、案の定光弾が飛んできたが、扉を閉めて回避した。


廊下に出たあとは、煙玉をまた投げ、階段へと向かった。そのまま登ると遅いので、4段飛ばしで駆け上がり、手すりを使って回転し、登った。着地の際に、左脚が痛んだ。


階段の上には屋上の扉がある。廊下を渡って新校舎の方に行くよりはいいし、薄暗い中、光魔法を放てば大いに目立つ。しかし、それは後付けの理由だ。蓮也が図書室から離れることを選んだのは、


「やっぱり、あの場所で暴れるのは気が引けて…集中できない。」


ただ、そんな理由だった。

蓮也は屋上の鍵を閉めた。無駄だが、やらないよりはマシだ。それに、屋上と言ってもここは4階だ。5点着地を使えば降りられないこともない。蓮也は銃の準備をした。ついでに小型のリボルバーも、ズボンのバックポケットに突っ込んでおいた。


扉に耳をくっつけると、足音が聞こえた。灯は、普通に昇ってきていた。蓮也は扉から離れ、深呼吸をし、覚悟を決めた。ふと、その時…あの事を思い出した。


どうして弾道が逸れたんだ?


蓮也がなにか考える前に、光弾の音が数発鳴り、ドアそのものが、ガタン!!と前に倒された。よく見ると、蝶番が壊されている。もちろん、灯だ。ドアを踏みつけ、屋上へと入って来る。蓮也は即座に2発撃ったが、当然の如く避けられた。灯の人間離れした行動は何度も見てきたが、どうにも慣れない。


「こんなところに来て、どうするつもりだ?」


「決まってます。もちろん、貴方を殺すつもりです。」


「そうか。でも何故だ?」


「…魔法青年は、人間の害になるからです。」


それを聞いた灯の表情は、魔法青年のそれではなく、ただの高校3年生の、一ノ瀬灯のものへと変わった。


「…友人でも?」


蓮也は何も言うことが出来なかった。目の前の魔法青年が…あまりにもやさしい顔をしていたから。

答える代わりに、蓮也は下ろしていた拳銃を構え直した。残りは1発。脚に力を入れると、左脚が痛んだ。


「僕だって、せっかく出来た自分の居場所を壊す羽目になってるって分かってるんですよ!あの時図書室に案内して下さったことにも感謝してますし、図書室の内装について思ったことも全部本心です。でも…僕は魔法青年を殺さなければならないんです。」


「辛くないか?」


まただ。これは以前、悟にも言われていた。やはり、この言葉は心を蝕んでいる。でも、確かにそうかもしれない。蓮也は改めて、自分の弱さを痛感した。

客観的に見て、非情さが全く足りていない。補習を取ったのも、思えばそのせいだ。

これは試練なのかもしれない。これから暗殺者として生きていくために、必要な力(ルビ非情さ)を手に入れるための。蓮也は叫び、灯の方向へと急に跳躍した。


今まで見てきて思ったが、おそらく光弾を放つ際には予備動作がいる。急な行動には対応しきれないはずだと、蓮也はそう考えていた。魔法青年の力の強さも、掴まれなければ関係ない。脚が痛んだ。喉が涸れた。

案の定光弾は飛んでこない。灯の驚いた表情が見えた。


貰った。


蓮也は着地した瞬間、しっかりと左手で引き金を引いた。心臓と拳銃の差、わずか50cm。外すわけが無い。


なのに。

蓮也の撃った弾は心臓ではなく、灯の顔に当たった。


一瞬訳が分からなかったが、足元を見て蓮也はすぐに納得した。何故か自分の足下に、いきなり、1階まで貫通する大きな穴が開いたのだ。急に足場を無くしたせいで身体が空中に投げ出され、弾道がズレた。


いや、こんな事はありえない。

魔法青年はひとつしか魔法を使えないはずだ…


いや、そんなことはどうでもいい。今考えることは、即死を防ぐことだ。今、蓮也は1階へと落下している最中だ。自分で穴に落ちるならこのくらいの高さなどへでも無いが、急に穴に落とされては対応のしようがない。しかも、仰向けで落ちている。このままでは、背骨がやられる。

蓮也は空中で、右手が下になるように体を旋回させた。それはなんとか間一髪で間に合い、頭や首の損傷も軽度に終わったが、身体を強く打ったことに変わりはない。

先程の足の痛みと比べ物にならないほどの痛みが襲い、1ミリたりとも動けないほどに憔悴した。自分の血で、床が生暖かくなっていた。気持ちが悪い。吐き気がする…そうして吐いた唾と、血液が混ざった。持っていた拳銃は、跳ね飛び、どこかに行った。いつの間にか、意識が薄れて行った。30秒程、本当に意識を失った。


いや、だめだ。まだ…まだ死ねない。


勝負はまだ、終わっていない。

蓮也は意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がった。うう、と小さく声を漏らした。そして、恐る恐る、といったようにゆっくり上を見上げた。


目線の先には、灯の姿があった。顔の左側が、彼女自身の血で濡れている。今にも魔法を発動しようとしている、そんな雰囲気だった。


灯の身体の前に出された右手は蓮也の方を向き、直視できないほど眩しく輝いていた。身近なものに例えると、真昼の太陽位だ。灯から発せられるその光で、木製の古びた校内が照らされ、涼やかな風が吹いた。そのせいで、灯の長髪とドレスが揺れた。あまりにも幻想的な風景だった。


しかし蓮也には、そんなことを思う余裕はない。頭に過ぎるのは、[感電死]という単語のみ。逃げる、という単語すら頭には過ぎらなかった。


無理もない。拳銃が使い物にならなくなるまでの間に負った傷は、あまりにも多く、重すぎたのだから。そもそも立ち上がることすら困難に思える。すぐさま病院へ行かなければ、放っておいても死ぬだろう。


蓮也は、なにか助かる策はないかと考えていた。

目の前には魔法青年。自分の体はほぼ動かせない。そんな状況だが、まだ希望を持っていた。


そんな時、光弾が大きくなった。そこで暗殺者ははっ、と灯が屋上に現れる前のことを思い出した。


『そういえば、ポケットにリボルバーを入れたんだった…』


幸い、灯は超至近距離に居た。十分、銃弾が当たる距離だ。しかも、蓮也の左手(利き手)はまだ動かせた。


よし、まだいける。大丈夫だ。


蓮也は灯にバレないように、左手を動かし、痛む左脚のバックポケットから、なんとかリボルバーを取り出…


無い。


無い。どうして?


どこかに落とした?いや、さっきまではきちんと、ポケットに入っている感覚があったのに。


何故?


蓮也はパニックになり、もう動くことが出来なくなっていた。もうどうしようもなかった。逃げることも、反撃することも出来ず、ただ死ぬことを待つのみ。万事休す。目から涙が溢れ、今までの思い出が頭に浮かんだ。だが、楽しい思い出は全く思い浮かばない。今までずっと厳しい訓練ばかりだった。楽しい思い出などそもそも無いのだから、思い浮かぶはずがない。


何となく上を見上げたら、

あの眩しい光が目の前に迫ってきていた。


「あ…」


その瞬間1つだけ、楽しかったことを思い出した。あの時の、灯と悟との記憶だ。

蓮也が灯の正体に気づいておらず、

そして蓮也が、ただの一般人だと思われていた頃に、


共に、本を読んだこと。

初めて、友達と呼べるような存在になれたこと…


こんな状況なのに、蓮也は微笑んだ。

そんな表情を嘲笑うかのように、冷たい風が吹いた。こんな仕事をしていなければ、灯と悟と一緒に、明日も過ごせていたのかもしれない。そんな後悔が蓮也を襲った。数秒間の出来事だった。

気づいた時には目も眩むほどの輝きに包まれ、蓮也はまた意識を失った。


そんな彼の周りで、緑色の光の粉が舞い、消えた。

1章完結です。

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