4話 過信と確信は大違い
起こって欲しくないと思っている出来事というのは、そう思えば思うほどそれを引き寄せてしまうもののようで。翌朝重い気持ちで登校した蓮也は、下駄箱でばったり、今1番会いたくない人に会ってしまった。
「蓮也!下駄箱で会うのは初めてだな。」
「」
蓮也はなにか喋ろうとしたが、喉からヒュッ、みたいな音が鳴っただけで、声にならなかった。昨日の一連の出来事が無ければ、とてもうれしい出来事だったはずなのに。
現実とは非情である。しかも灯は蓮也より身長が低いため、会話する際には、蓮也は視線を下に向けざるを得ない。灯の左脚が見えてしまう。
蓮也はとにかく灯の左脚を見ないように、会話をしつつも視線をひたすら上に向けた。その様子を見た灯は、一緒になって天井を見上げた。
「なんだ、何も無いじゃないか?」
蓮也は怪しまれたか?と心配になり、少し灯の顔に目線をやった。灯は上目遣いで蓮也の方を見ていた。…すごく可愛いが、昨日の出来事のせいで、蓮也はそう思う気にはなれず、
「今日はちょっと上を見たい気分で…」
と苦しい言い訳をした。
「なるほど、前向きでいいと思うぞ。」
それを聞いた灯は、曇りの一切ない笑顔で答える。
蓮也はなんだか気まずくなり、灯の顔を見るつもりでうっかり下を見てしまった。
当然の如く、灯の左脚には包帯が巻かれていた。
しかもぴったり、蓮也が銃弾を当てた場所だ。確信してしまった。もう、確信せざるを得なかった。
「あ、足…」
何も言うつもりは無かったのに、蓮也の口は自然に動いた。慌てて、口を塞いだ。灯は蓮也のそんな様子を見て、にっ、と笑った。
「ん?これか?大した事ないぞ。昨日階段でちょっと転んだだけだ。擦り傷だからすぐ治る。」
灯は傷を気に止める素振りすらしない。階段でそんな場所だけピンポイントに怪我をするわけが無いのに。しかもそれを、「大した事ない」等と言って笑っている。自分より下手な言い訳を聞いた蓮也はさらに青ざめ、おそらく人生で一番程の速さで靴を替え、灯から距離をとった。
「お大事に…そしてお先に、失礼します!!!」
「ああ、また明日な!」
灯は大きく手を振り、蓮也を見送った。
その後、教室に着いた蓮也は自分の上履きに書かれた名前を見てまた青ざめた。上履きには、「白砂小雪」と書かれていた。後ろの席の奴のだった。サイズも全然違うし、焦りすぎだ。はあ、とため息をつき、また下駄箱に戻った。灯はもう居ない。
「あ、蓮也くん」
代わりに悟が居た。その瞬間、蓮也に昨日のことが思い浮かんだ。灯が魔法青年だと分かった今、近いうちに暗殺を仕掛けなければならない。依頼も受けているし、蓮也には学費を払うための金も必要だった。
つまり、灯が死ぬか、灯がまた人を殺すことになる。おそらく悟にとっては、どちらも辛いだろう。突然そうなるよりは、予告をしておいた方がいい。
友人が魔法青年だったらどうする?という程度には聞こうと思っていたが、それじゃだめだ。さっきもう確信してしまった。
「あの、悟さん。今日早めに来れますか?」
「来れるよ。…でもどうしたの?」
「どうしても、話しておかなければならない事がありまして。」
「分かった、いいよ。待ってるね。」
悟はひらひらと左手を振り、自分の教室へと向かって行った。それを見送った蓮也は、後ろの席の奴の上履きをしまい、自分の上履きへと履き替えた。
そういえば…後ろの席の奴は、蓮也が転校してきてから1度も登校していない。なにか事情でもあるのだろうか?と、蓮也は何となく考えていた。
昼休みになると、蓮也は急いで図書室へと向かった。図書室の鍵は既に開いており、それを見た蓮也は扉の前で1度止まった。そしてだいぶ大きなため息をつきながら、扉へと入った。悟はその様子を見て、わお、と小さく呟いた。
「顔色が悪いけど、どうしたの?」
椅子に座っていた悟はその場で立ち上がり、隣の椅子を引き、手のひらで指した。蓮也は軽く会釈をし、そこに座った。
「朝も言った通り…実は話したいことがありまして。灯さんのことなんですが…」
「そう来ると思ってたよ。」
悟はそれだけ言って、ただ微笑んでいる。予想外の返答をされ、蓮也は目を丸くした。
「知ってたんですか?」
「うん。てか出会った時から…そうなんじゃないかなって思ってた。あの時も言ったけどさ…僕らが幼馴染だからって、気にしなくても大丈夫だよ。」
まじか。と、蓮也は心の中で呟いた。
けれどよく考えてみれば、灯と幼馴染の悟が、より灯のことをわかっている…というのは当然の事だ。そんな蓮也の様子を見て悟はまた笑い、蓮也の方に身を乗り出した。
「で、蓮也くんは…灯のどこが好きになったの?」
「え」
蓮也はガクッと崩れ落ちた。なんだこのすれ違いコントみたいな会話は。紛らわしすぎる。そう脳内でツッコミを入れた。悟の方は、蓮也の突然の奇行に首を傾げていた。
「恋愛相談じゃないの?」
「違いますよ!そんな数日足らずでそんな感情は抱けないです!」
昨日のこともあるし…と蓮也は心の中で呟いた。
「ごめん、ごめんって!そういう切り出し方でよく灯への恋愛相談されるから…勘違いしちゃったよ。」
「それはご愁傷様です…で、悟さんはどうなんですか?灯さんの事…。」
なんとなく流れで聞いてしまい、蓮也はちょっと後悔したが、悟は動揺を一切見せなかった。
「いやあ、それよく聞かれるんだけどね?ずっと一緒に居すぎて、逆に恋愛対象に見れないんだよ。灯も多分そうだと思うな。」
「ほんとですかね?」
「本当、本当。」
そこから一気に話の流れは恋愛話になり、シリアスな雰囲気など影も形も消えていた。その後も世間話から趣味の話まで話題が飛びに飛びまくり、一気に気が抜け2人して笑い合った。しかし忘れてはならない。本題はまだ何一つ解決していない。
「笑い疲れて死にそう…ところで、本題なんだっけ?」
と悟が言い出し、やっと雰囲気が戻った。
「そうでした…」
蓮也の表情の変化を見て、悟は同じような表情をした。
「温度差で風邪引きそう…。そんなにやばい話なの?」
「…やばい話です」
「聞かせて。」
そう言われた蓮也は1度深呼吸をし、悟の方に向き直った。いつもとは違い、厳しい目付きだ。それを読み取ったか読み取らないかは分からなかったが、悟は背筋をぴんと伸ばしていた。
蓮也は頭の中で言葉を選ぼうとしたが、結局は辞め、率直に言った。
「昨日、灯さんが魔法を使うのを見たんです。恐らく…いえ間違いなく、灯さんは魔法青年です。」
悟の表情はよく分からない。蓮也には、いつも通りの表情に見えた。しばらくすると悟は天井に目をやり、またこちらを向いた。
「暗殺者に…通報はした?」
蓮也は言われる言葉を沢山予測していたが、そんなシンプルな言葉が帰ってくるとは思わなかった。
「まだです。」
「良かった…。いきなりお別れ、とかになったら辛いからね。」
悟は笑顔だった。無理やり笑っているように見えた。蓮也の胸は流石に痛んだ。ネクタイを握り、きちんと悟の方を見た。
「でも、それってほんとに確かな事なの?灯に見えて、実は別人だったとか、無い?」
「99%…ないと思います。」
本当は100%、灯は魔法青年なのだが…蓮也はなんとなく嘘をついてしまった。そんな言葉に、悟はため息をついた。
「…そっかあ。」
しばらくし、悟は足を組み、口を開いた。
「ところで…蓮也くんは魔法青年の事、どう思う?」
蓮也の中で、答えは決まっている。
「…人類の平和のため、殺されるべき存在だと思います。」
「まあ、それが健全な人間の反応だよねえ…」
そう、この世界では普通の事だ。世界の犯罪、殺人の大部分は魔法青年によるものだと考えられており、
しかも普通の人間には、魔法青年に太刀打ちするすべがない。そんな奴らが人間の振りをして隣にいたら…なんて考えるとそれだけで卒倒してしまうレベルだ。悟にもそんな反応をされるのではと思っていたが、この反応の方がよっぽど心に来た。
蓮也はもう、何も言うことが出来なかった。しばらく、沈黙が流れた。そんな中、先に沈黙を破ったのは、悟だった。
「…蓮也くんも辛かったでしょ。」
「え…?」
それを聞いた蓮也は、思わず身を乗り出した。「魔法青年は見つけ次第殺すべきだ」と言う人が多い中…悟の言葉は大分異質に聞こえ、そしてこんな人もいるのかと蓮也は驚いた。その時、予鈴が鳴った。
「お。なんか今日は早いね、予鈴。」
「そう、ですね」
先程の言葉の真意は読み取れない。だが、蓮也の心はその言葉に蝕まれた。辛かった、か。確かに辛かったのかもしれない。初仕事がこれだなんて。蓮也は込み上げるものを感じ、先程の悟のように天井を見上げた。その後鍵を閉め、歩き出すと、悟が後ろから話しかけてきた。
「蓮也くん」
「はい」
「この事は、僕らだけの秘密にしておかない?」
「…今のところは。」
悟は「ん。」と言い、頷いた。笑顔だった。蓮也は軽く会釈をし、鍵を持ち、ゆっくりと歩いて行った。後ろから、足音は聞こえない。
蓮也が廊下から消えた後も、悟は扉の前から動かない。彼の顔からは、笑顔が消えている。
「あーあ…図書室に筆箱置いてきちゃった。…仕方ないかあ。」
悟はそう独り言を呟いたかと思うと、いつも細めている目を見開いた。
それを合図に、彼の周りに緑色の光の粉が舞い始める。そして、悟はいつの間にか、白い燕尾服を着た姿に変わっていた。
悟はそのまま右手を思い切り前へと突き出す。そしていつも細めている目を見開くと、右手の先の空間が大きく歪み、穴が空いた。その穴を覗くと、図書室へと繋がっているのが見える。
空間操作魔法、名付けるならそんなものだろう。
「厄介なことになったよね、ほんとに。」
悟はまた笑った。カツンと靴のかかとを鳴らし、先程弄った空間の穴の中へと、入って行った。