2話 魔法のような現実
※脱文修正を行いました。
図書室の中に入ると、悟が窓のカーテンを開けた。それに照らし出された図書室は、写真で見た事のある「学校の図書室」とはあまりにも見た目が違いすぎた。図書室というより、骨董品のお店、古書店、映画に出てくる架空の魔法学校、と言った方が正しいような出で立ちだった。蓮也は言われたとおり驚き、目を丸くし、呆気に取られた。
カウンターと窓以外の、壁一面に色々な本が並んでいる。真ん中には洒落た丸机が置いてあり、その中心にはドライフラワーと何かの宝石の原石が飾られている。それらは太陽に照らされ、青色に輝いていた。
木の床を歩くとギシギシと鳴り、埃は目立たないものの、カビ臭い。しかしなかなか雰囲気が出ていた。
「おお…凄いですね、ファンタジーの世界みたいで、すごく好きです。」
蓮也が何気なく呟くと、灯と悟が、「でしょう!?」とほぼ同タイミングで同じ台詞を言った。
「本当にここ、雰囲気が良いよな。みんな新しく出来た図書室にばかり行くが…私はこっちの方が好きだ。」
灯は蓮也の方を見て、にへっと笑った。
目が合い微笑まれると、蓮也の心臓はどきりと鳴った。彼女の口調はだいぶ荒っぽいが、窓の光に照らされ、髪を撫でる姿は、性別関係なく人を虜にしてしまう魅力があった。
悟もそんな2人の方を見て微笑み、
「嬉しいなあ。知り合い以外で分かってくれた人、初めてだよ。」
と低めの声で呟いた。やはり、ミステリアス…そんな言葉が大いに似合っている。雰囲気は怪しげだが、魅力は灯と引けを取らない。男性にしては細く、怪我のない綺麗な手をしていた。怪我の絶えない蓮也は、自分の手を見て心の中でため息をついた。
それにしてもこんなに雰囲気があって良い場所なのに、(ドアの立て付けがカス程悪い、というのは置いておいて)どうしてこんなに人が来ないんだろうか。
蓮也は周りのものをあれこれ見渡しながら思い、聞いた。
「どうしてここにはあまり人が来ないんでしょうか…。」
蓮也がそれを口に出すと灯と悟の表情が曇った。
先に口を開いたのは悟だった。苦笑いをしている。
「まあ、この魔法っぽい雰囲気が嫌なんだろうね。…魔法青年を想起するから。」
「成程…」
悟から事情を聞いた蓮也は、納得した。
魔法青年に襲われたことがなくとも、死への恐怖、そんな存在が人間に化け、隣にいるかもしれないという恐怖により、大部分の人間は魔法青年を嫌っている。
魔法青年が嫌いだから、使う魔法も嫌いになる、というのは当たり前のことなのかもしれない。
しかし蓮也の考えは、そうではなかった。
いくら暗殺者をやっているとはいえ、魔法青年の出す魔法が綺麗なのは事実だ。普通に共生出来ていれば、世界はもっと楽しいものになるかもしれないと、本当はずっと心の奥底で考えていた。…そのせいで、補習を受ける羽目になってしまったのだが。
「でも僕は、魔法自体を嫌う風潮は…おかしいと思います。こんなに綺麗なのに。」
そう言うと、曇っていた2人の顔が明るくなり、蓮也が図書室の感想を言った時と同じ表情に戻った。
「そうだよな。…そう言ってくれて、嬉しいぞ。あまり共感されなかったから、なんだか新鮮だな。」
「僕も。灯に感謝だね。」
なんだか照れくさい、蓮也はそう思い、彼女らと同じように笑った。そして何となく…自分の伊達眼鏡を触った。こんな仕事をしているとバレたら、さっきの話の説得力が薄れてしまう。嘘だと思われ、石を投げられるかもしれない。
『絶対に、バレないようにしなければならない。』
そう、心に誓った。
それから彼らは、ほぼ毎日ここに来ていることや、この図書館の内装の話や、最近読んだ本の話や、魔法の話など、あらゆることを話した。
図書室では静かに、と言うが、人がいなければ関係ない。休み時間をどう過ごそうか悩んでいたはずなのに、いつの間にか、休み時間は残りだいぶ少なくなっていた。休み時間が足りないくらいだ。
「移動教室!」
そんな時、時計を見た悟がそう叫んだ。その声が意外と大きくて、灯と蓮也はびくっと肩を震わせた。
「ごめん僕、次体育だった…完全に忘れてた。鍵も返しに行かなきゃいけないのに。」
「鍵のことはいいから、早く行った方がいいと思うぞ。」
「そうです、僕らに任せて…」
蓮也がそう言うと、悟はぽかんと口を開けた。呆れているようにも見える。
「…蓮也くんって、1組だよね?転校生だし。」
「はい。でも、何か…?」
「まさか知らなかったの?今日の5時間目、時間割変更で僕のクラスと1-1の合同で体育祭練習だよ。」
悟はポケットからプリントをだし、該当箇所を指さした。確かに、2の1と1の1は時間割変更で体育祭練習…と書いてある。
「まじですか」
「マジ」
「そんなの誰も教えてくれな…」
そう言いかけて、蓮也はまた自己紹介の失態を思い出した。そりゃあ誰も教えてくれないでしょうよ。しかも朝礼は悩みながら聞いていたせいで内容を覚えていなかった。マジで危なかった。
「間に合いますか…?」
「今からダッシュで行けば普通に間に合うはず…。灯、鍵任せちゃっていい?」
「大丈夫だ。さっきも言ったが、早く行った方がいい。片付けもやっておくぞ。」
「ありがと。ごめん、助かる。」
悟がそう言うと、灯は両手ガッツポーズで蓮也たちに答えた。蓮也と悟はそれにまたガッツポーズで答え、図書室の扉から小走りで出た。
その際に蓮也はどうしても、この質問をしなければならなかった。
「明日もまたここに来てもいいですか?」
灯と悟はそれを聞き、笑顔になった。
「むしろ来てよ。今日、すごく楽しかった。」
「そうだな、よければ明日も来てくれ!」
蓮也は安心し、ありがとうございます!と横と、後ろを向いて言った。灯は腕を使ってこちらに手を振っていた。
渡り廊下をダッシュで駆け抜ける中、蓮也はふと、扉の立て付けが悪かったことを思い出した。自分でもなかなか開けるのが難しかったのに、やっぱり彼女にあの扉が閉められるとは思えない。
「すみません、僕ちょっと戻ります!」
「あ、ちょっと蓮也くん!?…」
蓮也は左足でブレーキをかけ、逆方向に走った。悟が何かを言ったが、蓮也には聞こえなかった。予鈴がなっていないため、扉を閉めて、教室に戻る時間はある。時計を見ながら、図書室への階段をかけ登った。
階段をかけ登った後は、だいぶ息が上がった。足が動かしにくく、よろよろと廊下を歩いた。灯の姿が見えた。軽く足を1度曲げてから、灯を呼ぼうと口を開こうと…
しかし蓮也の視界の先で、灯は軽々と図書室の扉を閉めた。立て付けの悪さなど全く感じさせないほど、スムーズに。そして、出会った時と同じく、鍵をくるくると回し始めた。扉を閉めるのに、苦労した素振りもない。
「え…」
蓮也は目を疑った。自分でも見ていた通り、経験した通り、あの扉はそう簡単に動かせるものではなかったはず…。いや、閉める時は、案外簡単に動くものだったりするのかも…
なんだか悪いものでも見たような気がして、蓮也は声をかけずにその場を立ち去った。
予鈴が鳴った。休み時間は、残り5分になっていた。